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6-6 トオル
大阪の海遊館 行こうかていう企画はあったが、アキちゃんが夏の犬事件以来、大阪に行きたがらんようになったから立ち消えてもうてたわ。
それを出会って二日の中一のお前が早くもクリアするて言うんか。許せないわ、キーッみたいな話やで。
しかし十三歳の人間の餓鬼 を睨 むわけにもいかず、俺は内心わなわなするだけで我慢 した。
断 れ、アキちゃん。無理やて言え。
「行ってもええけど……そんな暇 があればな。それに、自分で描かなあかんのやで」
アキちゃんはどう聞いても承諾 してるような事を言うてた。
えっ。なんで断 らへんの。なんでこんな餓鬼 と水族館行くんや。
顔可愛いくて色白 やからか。どこまでストライクゾーン広いねん。無限の彼方 まで拡 がってるんやないか。
「うんうん、ちゃんと自分で描くわ。行ってええやろ、お母ちゃん」
「好きにしたらよろし。秋津 の坊 が行ってやろて言うんやったら、ウチはどうでもよろし。せやけど竜太郎 、この坊 も決して暇 ではないんえ。無理言うたらあきません」
白いカップからコーヒーを啜 りつつ、蔦子 さんは許した。
なんで許すねん。危ないと思わへんのか母親として。
アキちゃん何するか分からへんのやで。もはや変態の外道 なんやから。
何かの気の迷いで中一でもよろめくかもしれへんやないか。まして、あんたの息子が媚 び媚 びなんやから。
一体お宅 では息子さんをどういう教育してますのん。うちの大事なアキちゃんに、変なちょっかい出さんといてくれへんか。俺のもんやねん。
「分かってる分かってる。アキ兄が用事ない日でええから。でも夏休み終わるまでのいつかにしてや。美術の宿題やねんから」
あんまり待たせんといてて、中一はストレートやった。
なんということや、学ぶべき点が多すぎる。
アキちゃんは竜太郎 の媚 びまくりの我 が儘 に、なんと素直 に頷 いていた。
アホや。なんで律儀 にこの餓鬼 に付き合 うてやらなあかんねん。
宿題なんか知るか。自分でやれっていうのが普通やろ。
えっ。普通やないか? しゃあない、俺も普通やないねん。
「お母ちゃん、今日はアキ兄 連れてどこ行くの。僕もついていってええか」
にっこり訊 ねてきた息子に、蔦子 さんはギョッとしてた。
「あきません。遊びで行くんとちがうんえ」
「分かってるやん、そんなん。鯰 の件やろ。僕かて行きたいわ。社会勉強やんか。アキ兄 がそうやて言うなら、僕かて海道 家の跡取 りなんやから、いろいろ知っといて損 はないやろ?」
鮮 やかなまでの方便 やった。
蔦子 さんは何か言い返そうとして、ぱくぱくしてた。
しかし竜太郎 はそんな劣勢 のおかんに反撃の余地 を与えへんかった。
「なあ、ええやん。お母ちゃん。僕も行きたい。行きたい、行きたい、行きたい……」
にこにこ笑って、中一は行きたい機関銃 の掃射 をおかんに浴びせた。
それに蔦子 さんは段々たじたじとなってきてた。
やがて、ううっ、て胃が痛いみたいにうめいて、蔦子 さんは陥落 した。
「分かりました。ついてきてよろしおす。せやけど邪魔 したらあかんえ」
な、なんて甘いおかんやねん、蔦子 さん。昨日、アキちゃんにビシビシ言うてた威勢 はどこへ消えたんや。虎 のまさかの大敗北で廃人 なってもうたんか。
俺は黙 ってられんようになって、思わず口を挟 んでた。
「いや、ちょっと待ってくれ、蔦子 さん。どこ行くか知らんけど、車で行くんやろ。アキちゃんと俺と、運転が赤毛で、蔦子 さんも乗るんやろ。俺ら後ろでこの中一と三人なんか」
俺はその三人での席配置 を検討 して、どれでも嫌 やって焦 った。
竜太郎 が真ん中はありえへん。アキちゃんが真ん中もまずい。それやと結局この餓鬼 の隣 やからな。
せやけど俺が真ん中も嫌 や。なんで俺がこんな糞生意気 な色白 の餓鬼 と並んで座らなあかんねん。
「そんな心配せんでよろし。あんたは留守番 なんやから」
蔦子 さんに、けろっと言われて、俺は呆然 やった。
えーっ。なにそれ、ちょっと待ってくれ。
俺はアキちゃんの大事なツレなんやで。離ればなれにせんといて。一緒にいたいねん。
アキちゃんかて、絶対そうやで。
そうやんな、って、チラ見したアキちゃんも、微 かに険 しい顔やった。
「なんで亨 は留守番 なんですか」
「行き先がカトリック教会やからどす。まあ一応、こういうのも礼儀 や。あちらは蛇 はお嫌いやろから」
な、なにぃ、みたいな感じやったわ。まさに青天 の霹靂 。
せやけどちょっと、やっぱりなみたいな衝撃 でもあった。
蔦子 さん、アキちゃんを教会に連れて行くつもりなんか。
それは、なんで。誰と会うんや。
それをわざわざ訊 くまでもなく、俺には何となくの予感があった。
きっとあの神父やで。なんて言うたかな。神楽遥 ? 神楽遙 ?
分からへんやないか、フリガナつけとけ霊振会 。
とにかくあのメルマガに載 ってた、あの金髪碧眼 の美形神父 に違いないって、俺は根拠 のない確信 を感じてた。
「黙 ってればバレへんのやないですか」
アキちゃんは渋々 やった。
そうや、もっと言え。俺を置いては一歩も動かへんて蔦子 さんに言うてやれ。
格好 いいアキちゃん。愛してる。
「バレへんわけありまへん。今日お会いする相手の方は、わざわざヴァチカンから遣 わされて来てはる悪魔祓 いの神父さんや。バレへんかったらモグリですやろ」
まじもんエクソシストやで。
あかん。それはあかんわ、確かに無理かもしれへんわ。正直行きたないもん、俺。
取 り止 め取 り止 め。会わんとこ、そんな怪 しいやつ。
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