51 / 928

6-6 トオル

 大阪の海遊館(かいゆうかん)行こうかていう企画はあったが、アキちゃんが夏の犬事件以来、大阪に行きたがらんようになったから立ち消えてもうてたわ。  それを出会って二日の中一のお前が早くもクリアするて言うんか。許せないわ、キーッみたいな話やで。  しかし十三歳の人間の餓鬼(がき)(にら)むわけにもいかず、俺は内心わなわなするだけで我慢(がまん)した。  (ことわ)れ、アキちゃん。無理やて言え。 「行ってもええけど……そんな(ひま)があればな。それに、自分で描かなあかんのやで」  アキちゃんはどう聞いても承諾(しょうだく)してるような事を言うてた。  えっ。なんで(ことわ)らへんの。なんでこんな餓鬼(がき)と水族館行くんや。  顔可愛いくて色白(いろじろ)やからか。どこまでストライクゾーン広いねん。無限の彼方(かなた)まで(ひろ)がってるんやないか。 「うんうん、ちゃんと自分で描くわ。行ってええやろ、お母ちゃん」 「好きにしたらよろし。秋津(あきつ)(ぼん)が行ってやろて言うんやったら、ウチはどうでもよろし。せやけど竜太郎(りゅうたろう)、この(ぼん)も決して(ひま)ではないんえ。無理言うたらあきません」  白いカップからコーヒーを(すす)りつつ、蔦子(つたこ)さんは許した。  なんで許すねん。危ないと思わへんのか母親として。  アキちゃん何するか分からへんのやで。もはや変態の外道(げどう)なんやから。  何かの気の迷いで中一でもよろめくかもしれへんやないか。まして、あんたの息子が()()びなんやから。  一体お(たく)では息子さんをどういう教育してますのん。うちの大事なアキちゃんに、変なちょっかい出さんといてくれへんか。俺のもんやねん。 「分かってる分かってる。アキ兄が用事ない日でええから。でも夏休み終わるまでのいつかにしてや。美術の宿題やねんから」  あんまり待たせんといてて、中一はストレートやった。  なんということや、学ぶべき点が多すぎる。  アキちゃんは竜太郎(りゅうたろう)()びまくりの()(まま)に、なんと素直(すなお)(うなず)いていた。  アホや。なんで律儀(りちぎ)にこの餓鬼(がき)に付き()うてやらなあかんねん。  宿題なんか知るか。自分でやれっていうのが普通やろ。  えっ。普通やないか? しゃあない、俺も普通やないねん。 「お母ちゃん、今日はアキ(にい)連れてどこ行くの。僕もついていってええか」  にっこり(たず)ねてきた息子に、蔦子(つたこ)さんはギョッとしてた。 「あきません。遊びで行くんとちがうんえ」 「分かってるやん、そんなん。(なまず)の件やろ。僕かて行きたいわ。社会勉強やんか。アキ(にい)がそうやて言うなら、僕かて海道(かいどう)家の跡取(あとと)りなんやから、いろいろ知っといて(そん)はないやろ?」  (あざ)やかなまでの方便(ほうべん)やった。  蔦子(つたこ)さんは何か言い返そうとして、ぱくぱくしてた。  しかし竜太郎(りゅうたろう)はそんな劣勢(れっせい)のおかんに反撃の余地(よち)を与えへんかった。 「なあ、ええやん。お母ちゃん。僕も行きたい。行きたい、行きたい、行きたい……」  にこにこ笑って、中一は行きたい機関銃(きかんじゅう)掃射(そうしゃ)をおかんに浴びせた。  それに蔦子(つたこ)さんは段々たじたじとなってきてた。  やがて、ううっ、て胃が痛いみたいにうめいて、蔦子(つたこ)さんは陥落(かんらく)した。 「分かりました。ついてきてよろしおす。せやけど邪魔(じゃま)したらあかんえ」  な、なんて甘いおかんやねん、蔦子(つたこ)さん。昨日、アキちゃんにビシビシ言うてた威勢(いせい)はどこへ消えたんや。(とら)のまさかの大敗北で廃人(はいじん)なってもうたんか。  俺は(だま)ってられんようになって、思わず口を(はさ)んでた。 「いや、ちょっと待ってくれ、蔦子(つたこ)さん。どこ行くか知らんけど、車で行くんやろ。アキちゃんと俺と、運転が赤毛で、蔦子(つたこ)さんも乗るんやろ。俺ら後ろでこの中一と三人なんか」  俺はその三人での席配置(せきはいち)検討(けんとう)して、どれでも(いや)やって(あせ)った。  竜太郎(りゅうたろう)が真ん中はありえへん。アキちゃんが真ん中もまずい。それやと結局この餓鬼(がき)(となり)やからな。  せやけど俺が真ん中も(いや)や。なんで俺がこんな糞生意気(くそなまいき)色白(いろじろ)餓鬼(がき)と並んで座らなあかんねん。 「そんな心配せんでよろし。あんたは留守番(るすばん)なんやから」  蔦子(つたこ)さんに、けろっと言われて、俺は呆然(ぼうぜん)やった。  えーっ。なにそれ、ちょっと待ってくれ。  俺はアキちゃんの大事なツレなんやで。離ればなれにせんといて。一緒にいたいねん。  アキちゃんかて、絶対そうやで。  そうやんな、って、チラ見したアキちゃんも、(かす)かに(けわ)しい顔やった。 「なんで(とおる)留守番(るすばん)なんですか」 「行き先がカトリック教会やからどす。まあ一応、こういうのも礼儀(れいぎ)や。あちらは(へび)はお嫌いやろから」  な、なにぃ、みたいな感じやったわ。まさに青天(せいてん)霹靂(へきれき)。  せやけどちょっと、やっぱりなみたいな衝撃(しょうげき)でもあった。  蔦子(つたこ)さん、アキちゃんを教会に連れて行くつもりなんか。  それは、なんで。誰と会うんや。  それをわざわざ()くまでもなく、俺には何となくの予感があった。  きっとあの神父やで。なんて言うたかな。神楽遥(かぐら よう)? 神楽遙(かぐら はるか)?  分からへんやないか、フリガナつけとけ霊振会(れいしんかい)。  とにかくあのメルマガに()ってた、あの金髪碧眼(きんぱつへきがん)美形神父(びけいしんぷ)に違いないって、俺は根拠(こんきょ)のない確信(かくしん)を感じてた。 「(だま)ってればバレへんのやないですか」  アキちゃんは渋々(しぶしぶ)やった。  そうや、もっと言え。俺を置いては一歩も動かへんて蔦子(つたこ)さんに言うてやれ。  格好(かっこ)いいアキちゃん。愛してる。 「バレへんわけありまへん。今日お会いする相手の方は、わざわざヴァチカンから(つか)わされて来てはる悪魔祓(あくまばら)いの神父さんや。バレへんかったらモグリですやろ」  まじもんエクソシストやで。  あかん。それはあかんわ、確かに無理かもしれへんわ。正直行きたないもん、俺。  ()()()()め。会わんとこ、そんな(あや)しいやつ。

ともだちにシェアしよう!