52 / 928

6-7 トオル

「会わなあかんのですか」  アキちゃんは、なおも(しぶ)る口調で(たず)ねてた。  蔦子(つたこ)さんはそれに、(まゆ)をひそめてた。 「会わな始まりません。前回の(なまず)封印(ふういん)は、最終的にカトリック教会が担当しはったんや。個人より、組織のほうがええやろということで。いずこも後継者(こうけいしゃ)育成(いくせい)には難儀(なんぎ)してますけども、大手(おおて)さんに人材が()きる可能性は低いやろからな」  大手(おおて)さんて。確かにそうや。  キリスト教は世界三大宗教のひとつで、日本では今イチ布教(ふきょう)不発(ふはつ)に終わってるんやけど、それでも世界規模で考えれば、信者も聖職者もうじゃうじゃ居てる。  不発や言うても、国教(こっきょう)になる(いきおい)いやないというだけで、日本国内にかて教会はいっぱいあるし、大阪には大司教(だいしきょう)がおるで。  カトリック教会で働く人らには序列(ヒエラルキー)があるねん。  会社で言うなら課長とか部長とか、そういうのやな。  教皇(きょうこう)を社長とすれば、大司教(だいしきょう)は部長みたいなもんか。  その地域の布教(ふきょう)や教会運営の責任者やねん。  厳格(げんかく)なピラミッド構造の中間管理職。その下について忠実に働く神の兵士が神父たちで、それぞれの性格や能力に合わせて、色んな仕事をしてる。  教会でミサやってる場合もあれば、孤児院(こじいん)院長(いんちょう)やったり、大学で教授(きょうじゅ)をやってる場合もある。  そして、悪魔祓い(エクソシスト)をやってることもある。  総本山(そうほんざん)であるヴァチカンで内密(ないみつ)養成(ようせい)されて、悪魔(サタン)と戦うことを専門としてる神父やねん。  そういう連中にはもちろん霊能力(れいのうりょく)があるわけや。悪魔(サタン)が見えな仕事にならへんやろ。  (だれ)でも(かれ)でも魔女(まじょ)悪魔憑(あくまつ)きやて言うて、火炙(ひあぶ)りにしていい時代とちゃうわ。ほんまに悪魔の()いてるやつだけやっつけへんかったら、時代の波に足もと(さら)われてまう。  それでも連中が悪魔(サタン)(はら)おうとしていることに変わりはないやろ。それは(やつ)らが(やつ)らの神から与えられた使命(しめい)やねん。  (けむ)たいわ、俺から見たら。  聖水(せいすい)ぶっかけたろかって追いかけ回されんのは気分悪い。  日本では古来(こらい)から、蛇神様(へびがみさま)()(がた)豊穣(ほうじょう)の神さんで、白蛇(しろへび)さんはそのお(つか)いや。大事にしてもらえることもあるやろけど、キリスト教世界では人を堕落(だらく)(さそ)悪魔(サタン)一派(いっぱ)やからな。評判(ひょうばん)悪いわ。  まったくとんだ言いがかりやで。俺が誰を堕落(だらく)(さそ)ったっていうねん。  アキちゃんか。ええやん、それでもアキちゃん幸せやて言うてんのやから。第三者が横からごちゃごちゃ言わんといてくれやわ。  せっかく上手(うま)くいってんのに。なんでここで悪魔祓い(エクソシスト)の神父かなあ。  話うますぎると思たわ。俺みたいなのが、アキちゃんと永遠にお幸せやなんて、やっぱり無理やってことなんちゃうか。  俺と一緒に()るせいで、またアキちゃん(こま)るんやろか。  悪魔祓い(エクソシスト)(へそ)曲げて、アキちゃんとは話されへんて言い出したら、それって俺のせいやないのか。  もしかして今ではすでに、アキちゃんも悪魔憑(あくまつ)きなんやないかと、俺には思えた。悪魔祓い(エクソシスト)の目で見たら、そういうことになるんかもしれへんやん。  場合によっては、もっと(ひど)くて、アキちゃん自身も(へび)眷属(けんぞく)やって、やっつけようとするかもしれへん。  俺の見る限りではアキちゃんは、邪悪(じゃあく)さとはほど遠い男やけども、それでも俺も常識からかけ離れた価値観の持ち主やからな。  実はアキちゃんかて、充分に邪悪(じゃあく)淫蕩(いんとう)なんかもしれへんで。  だって最近エロいしさあ、時々めちゃめちゃ意地悪(いじわる)なんやで。  それが元々の本性(ほんしょう)か、俺のせいかは分からへん。  せやけど遠い時代を()(かえ)ってみると、俺みたいなのと血を吸うたり吸われたりして、混ざってもうた人間たちは、お前も悪魔の(した)()やて言うて、真っ先に殺されていた。  お気の毒な話やで。外道(げどう)()れたばっかりに、命取られる羽目(はめ)になる。  アキちゃんまでそんな目に()うてもうたら、どないしよ。  行かへんほうがええんとちゃうか。  その神父、美形(びけい)やのうても危険やで。よろめくのとは全然別の方面でも。  蔦子(つたこ)さん、知らんのやないか。アキちゃんの肉体の変調(へんちょう)を。  俺は、アキちゃんのおかんには話したけども、このおばちゃまはどこまで話を聞いてんのか。  言うといたほうがええんやないか。最悪の事態になる前に。  そう思って、俺は重い口を開いた。バラしたら怒られるんやないか、アキちゃんに。 「あのな、蔦子(つたこ)さん。アキちゃんのおかんから、何も聞いてへんか、その、アキちゃん、夏から前とはちょっとばかし(ちご)うてもうてるんやけど」  俺のいきなりの暴露話(ばくろばなし)に、アキちゃんギョッとしてたわ。驚くような事ばかりやな、今朝は。  せやけど蔦子(つたこ)さんは、(おどろ)きもせん訳知(わけし)り顔やった。 「(ぞん)じてますえ。蛇憑(へびつ)きなんやろ。それはまあ、なったもんは仕方ありまへん。時々あることやし、それが家業(かぎょう)(さわ)りにはならへん。何と言うても秋津(あきつ)跡取(あとと)りや、向こうさんにも理解していただいて、相応(そうおう)礼儀(れいぎ)()くしてもらいますえ。この島を長年守ってきたのは、キリスト教の教会やのうて、土着(どちゃく)の神さんや(れい)や、それに(つか)える巫覡(ふげき)の力なんやから、先人(せんじん)には敬意(けいい)を払ってもらいます」  さすが秋津(あきつ)の非常識。蛇憑(へびつ)きくらいは楽々(らくらく)クリアか。  そういや、アキちゃんのおかんも、話聞いて(おどろ)いてたんは一瞬やったわ。  ええ、うちの跡取(あとと)りになんちゅうことしてくれたんや、でもまあええかみたいな、そんな軽くスルーするノリやった。

ともだちにシェアしよう!