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6-8 トオル
この血筋 の人ら、どういう神経してんのやろ。
何でもありか。巫覡 としての力に差 し障 りがなかったら、蛇 が憑 こうが悪魔 が憑 こうが、なんでもええのんか。
むしろどんどん憑 いてくださいみたいな世界か。
それは悪魔 やのうて式神 やって、そういう価値観 なんやから。
大変、助かるお話です。
そんな異常な血筋 の皆様のお陰様 で、俺も親公認 でアキちゃんとラブラブしてられるわけ。まさに望外 のパラダイスなんやけどな。
せやけど、アキちゃんは知らんのやないか。神父に会 うたことないて言うてたもん。
悪魔祓い がどういうもんか、分かってるようで分かってないんとちゃうか。
ホラー映画で観たことあるねん。「エクソシスト」っていう、そのまんまな内容の映画があって、アキちゃんそれを観たことあるから。
せやけど、まさか、自分が悪 モンの側 やって、想像ついてないんとちゃうか。
アキちゃんは俺とご同類 になったことを、ええことやって思ってくれてるみたい。
実はまだ、大して実感してないんやろ。それが意味することを。
何やよう分からんけど、亨 とずっと一緒に居 れるんやから、良かった良かったって、そんな可愛い安易 さやねん。
俺にはそれは嬉 しいんやけど、でも、もしも今日、蔦子 さんに連れられて教会なんか行って、そこの祭壇 の十字架 を見て、アキちゃんが悶 え苦しんだら、一体どうなんの。
街 に氾濫 する偽 もんの十字架 なんて、俺かて屁 でもないんやけど、今回のは祭壇 にあって、信者や神父が祈り崇 めてるモンなんやで。
ほんまもんなんや。悪魔 許すまじ、やっつけたるっていう神さんの、神威 の象徴 なんやで。
心配やから付いていきたいけど、こればっかりは俺の苦手系。行ったところで、十字架 を見て、悶 え苦しむのは俺のほうかもしれへん。
そしたらアキちゃん引いてまうやろ。それにまた、足を引っ張ることになる。
どうしても行くっていうんやったら、俺は大人しく留守番 してるしかないんかな。
「アキちゃん……どうしよ」
俺は暗い上目遣 いで、ご主人様にお伺 いを立てた。
「行くの嫌 なんか」
微 かに驚 いた気配 で、アキちゃんが俺に訊 いた。
「うん……嫌 やな、ちょっと。近所までなら行けるけど、教会の中までは無理かもしれへん。怖いねん」
「怖いって……なんでや。何も怖いことあらへんやろ」
「うん、でも、今日はおとなしく留守番 しとこかな?」
足引っ張りたくないねん。
俺は目を合わせてられんようになって、問いつめる表情のアキちゃんの目から逃 れ、食卓の上の自分の皿を見おろした。
「無理することおへん。永 のお別れやあるまいし。ひとりで行けますやろ、坊 」
ああもうそれで決まりやしって、面倒 くさそうに蔦子 さんは言うた。
「せやけど、平気やろか。誰も付いていかへんで。万が一、荒事 にでもなったら」
俺は未練 がましかった。行きたくないけど心配や。
アキちゃん、まさか、自分も外道 の身で、美形神父に惚 れてもうたらどうしよ。
「心配いらへん。寛太 が付いていく」
唐突 に、虎 の信太 に声をかけられ、俺はびっくりした。
そうや、こいつもいたんやって、また思い出して。
その横の席で、赤毛はさすがに草を食い終わってた。どことなく上 の空 で、窓 の外を眺 めながら、話を聞いてるんやら、どうやら、退屈 そうにしてた。
こんな奴 、何かの役に立つんやろか。集中力なさそうやで。
どうせやったら、タイガーが一緒に行ってくれればええのに。
アキちゃん気に食わんやろけど、でも、信太 のほうが強そうやもん。
でも、まさか信太 に、アキちゃんが美形神父によろめかんように見張れとは頼 まれへんしな。そんなん言うたら余計 にヤバそうやないか。
なんかそんな予感がするわ。俺の自惚 れかもしれへんけど。タイガーは俺を狙 ってる。そんなような気がするねん。
惚 れられたとか、そういうんやないやろうけど、蛇 もどんな味か一口食うてみたいわって、そういう感じか。
赤毛はどうやろ。こいつは俺の苦しい気分を、理解できるんやないか。
それとも無理か。頼 んでみる価値ぐらいはあるんかな。アキちゃん守ってやってくれって。
そうするしかない。
そんな結論になる俺は、よっぽど藁 にもすがる思いやったんやろ。
なりふり構 わずやな。恥 ずかしいと思わへんのやろか、俺は。
そう思うけど、でも、蔦子 さんと、中一の餓鬼 と、火吹く鳥の式神 とやったら、どう考えても式神 が仲間やろ。
中一は論外 やし、蔦子 さんは昨日、もっと式 を探せって言うてたような人なんやから。アキちゃんが浮気 するのを止めようとはせんやろ。そんなことする理由がないもん。
「ほんまに坊 は、なんも知らんようやなあ。鯰 については、トヨちゃんからちょっとも教えてもらわへんかったのか」
「あいにく、聞いたこともありません。鯰 が暴 れるから地震が起きるんやっていう、古い迷信 くらいは知ってますけど」
自信なさそうに言うアキちゃんの隣 で、まだまだ腕にぶら下がってる中学生が、興味深げに聞いていた。
「僕もそれ知ってる。せやけど学校では嘘 やて言うてたで」
「嘘 やおへん。世の中には色 んな物の見方 があるていうだけの事どす。鯰 はほんまに居 るんや。ウチもこの目で見ました。震災 のときに」
怖気 だったふうに身を縮 め、蔦子 さんは血筋 の跡取 りふたりに、それを教えた。
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