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6-10 トオル

「これと地震と何の関係が?」 「予兆(よちょう)ですのや。(なまず)は今、神戸(こうべ)近海(きんかい)の海底より、さらに地下に(ねむ)ってる。地下で何か起きてますのや。(なまず)が目を()ますような何か。それに、びっくりした海のモンたちが、(あわ)てて海面に逃げてくるような何かや」  何かって、なに?  でもそれは、蔦子(つたこ)さんにもまだ見当(けんとう)がついてないようやった。  もどかしそうな(けわ)しい表情で、蔦子(つたこ)さんは眉間(みけん)(しわ)。そして、この世の景色(けしき)ではないものを、じっと見つめてるような目をしてた。 「まだ、わかりまへん。でも、水か海と関係のある何かどす。途方(とほう)もなく大きい、なんか、長いもんや」 「(へび)?」  アキちゃんにとっては身近な連想やったんやろ。俺は横目にアキちゃんの顔を見た。 「(りゅう)やないか、アキ兄」  中一が、いくらか遠慮がちに口を(はさ)んできた。蔦子(つたこ)さんはそれを、(かす)かに首をかしげて、じっと見つめた。 「そうかもしれまへん。あんたには(りゅう)が見えますのんか」 「分からへん、お母ちゃん。何となくそんな気がしただけや」  アテにせんといてくれって、竜太郎(りゅうたろう)はそういう口ぶりやった。  自信持って言えるほどではなかったんやろ。せやけど蔦子(つたこ)さんは、じっと(するど)い目で息子を見つめたままやった。 「分からへんやおへん。早々(そうそう)に一人前になりたいんやったら、自分の()たモンには責任持たなあきまへんえ。分からんのやったら口に出したらあかん。分かりましたか」  蔦子(つたこ)さんの眼光(がんこう)(するど)かったで。  竜太郎(りゅうたろう)はそれに、素直に、はい、て言うてた。  (えら)そうで、()(まま)言うてても、結局はおかんに勝たれへんのやなって感じがした。  それも秋津(あきつ)芸風(げいふう)か。それとも、これはシャレやないって、蔦子(つたこ)さんが、そんな厳しい目をしてたせいか。  おかんの目やない。人並(ひとな)みではない力を(さず)かった者が、同じ道をやってくる我が子を(にら)むような目やないか。  嵐山(あらしやま)のおかんも、そんな顔してアキちゃん見てたわ。  この子は自分を(しの)ぐ力を(さず)かった、それでも()めさせへんで、ウチはあんたの先輩やっていう、そんな感じの気合いみなぎる背景オーラ。  そんな怖いオバチャンたちに、()け出しの小僧(こぞう)なんかが気合い勝負で(かな)うわけあらへん。  竜太郎(りゅうたろう)は結局チビや。そう思える静かさで、チビは椅子(いす)にちんまり座ってた。 「やれやれ。人の息子の世話してる場合やおへんわ。トヨちゃん何やってんのや、大事な跡取(あとと)りウチに押しつけて、海外旅行やなんて。ほんまにあの子にも(かな)わんわ、昔っから自分勝手で、自由奔放(じゆうほんぽう)やのよ。それでも仕方(しかた)ありまへん、よろしゅう頼まれて、(まか)せといてて()け合ったからには」  はあっ、て忌々(いまいま)しそうに深いため息ついて、蔦子(つたこ)さんは立ち上がった。 「行きましょか。行くんやったら支度(したく)おし、竜太郎(りゅうたろう)。車出しなはれ、寛太(かんた)。ウチでいちばん地味(じみ)なやつ」  ご主人様の命令を受けて、赤毛は(うなず)き、(だま)って立った。  その手を(とら)信太(しんた)(にぎ)ってたのを、俺は何となく意外で見つめた。  赤毛はぶらりと席を離れたが、(おも)いを残したような指で、手の届く限りは自分の手を取る信太(しんた)と指をからめてた。  この二人は、案外というか、見たまんまというか、普通にデキてんのやないかと、俺はその時やっと思った。  それでも(とら)は俺を(ねら)うのか。なんや、さっぱり、訳わからん。  アキちゃんは他人事ながら()ずかしそうに顔を()せてた。  他人のまで()ずかしいんか、お前は。ちゃんと見とけ。ああいうのが正解なんや。ちゃんと見習って、お前もあれをやれ。  飄々(ひょうひょう)と出ていく赤毛の後ろ姿を(なが)め、俺はちょっとプンスカしてた。  お前はちょっと、無感動すぎやないか。いかにもそれが当然みたいな、()()ない態度で。  それでええのか。心配やないのか。俺と信太(しんた)を後に残して、自分は出かけなあかんのやで。  やっぱり一言、言うとかなあかん。何か分からんけど、何か言いたい。  それで俺はそいつを追いかけとこうと思って、がたがた席を立つ他のに混じって、赤毛の行ったほうへ足を向けようとした。  でもその俺の腕をアキちゃんに取られ、引き()められた。 「ひとりで平気か、(とおる)」 「平気って何が。いっつもひとりで留守番(るすばん)してるやんか」  信じてへんのかって、俺はちょっと腹が立った。  信じてへんやろ、それは。    心配なんやろ、俺が(とら)のいる家に留守番(るすばん)してて、何やあるんやないかって。  そう思うアキちゃんは正常やし、信用でけへんて思われるのもしゃあない。俺はどうせそういう奴や。  それでも信じてほしい。俺はちゃんと分かってるつもり。それが悪いことやっていうのは。 「平気や、アキちゃん。早う帰ってきてくれ」  俺が(たの)むと、アキちゃんは困ったような難しい顔をして、うんうんて(うなず)いた。  (たの)まれても困るやろ、どういう予定なんか、蔦子(つたこ)さんは全然教えてくれてない。  それでもええねん。とにかくアキちゃんが、そうするって言うてくれれば、俺はそれでいい。  どうやろ、少々いちゃつきついでに、この場の皆さんの目の前で、抱きしめてキスのひとつもしてみたら。  それが無理なら、手を握るだけでもええんやけどな。  別にええんやないか、ここはそういう家らしいしな。なんも気にすることあらへん。  俺はそんな気合いで待つ顔やったけど、アキちゃんは結局気にした。なあんもせえへんかった。  まとわりつく足取りの中一のチビを連れて、水煙(すいえん)をとりに客間(きゃくま)に戻るって言うてたわ。  なんで連れて行くんか知らんけど、竜太郎(りゅうたろう)が一緒に行くって言うんやから、来るなとも言いにくかったんやろ。  とんだことやで、新たなお邪魔虫(じゃまむし)

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