57 / 928
6-12 トオル
それでも昨夜 、鬼畜 なアキちゃんの差 し金 で、虎 が怒濤 の連続ホームランを浴び、これはもう負けかという時にだけは、お前は悲しい顔してた。
それは何でや。虎 キチやからか。
ご主人様も虎キチで、負けたら蔦子 さん悲しむからか。
それとも信太 が愕然 と、床に伸 びてまうほどダメージ受けてたからか。
そちらはそちらで、畜生 、なにが連続ホームランやてキレて、お前を激しく責めたんか。
お互い、心中複雑なモンがある。
そのはずやけど、複雑なんは俺だけか、赤毛は俺になんの含みもない目をしてた。
なんやったっけ、こいつの名前。
「寛太 や。ほんまは別の名前やったんやけど、日本語の名前やなかったら呼びにくいて蔦子 さんが言うて、全員名前変えられた」
なんて呼ぼかて口ごもる俺に、にこにこ教えて、赤毛の寛太 は、今日は束 ねてない、濡 れた仕上げの髪が頬 にかかるのを、けだるそうに指で除 けた。
「何か用やろか」
「頼 みがあるねん」
回りくどく言うてもしゃあないと思って、俺は直球勝負で行くことにした。
「うちのツレ、面食 いやねん。今日会う神父 がどえらい綺麗 な顔してる。人間やけど、心配やねん。アキちゃんがよろめかんように、さり気 に邪魔 したってくれへんか」
俺がすらすら頼 み込むと、赤毛はよっぽど意外やったんか、きょとんとして、それから、うっふっふと火のない煙草 を銜 えながら、どことなく身を揉 むようにして笑った。
「変な話やな」
「変でも、ほっといてくれ。やってくれんのか、それとも嫌 なんか、返事だけ聞かせてくれたらええねん」
俺は正直、恥 ずかしかったわ。それで奥歯を食いしばってたわ。
お前は嫉妬 深 いなあって、そういう目して赤毛に見られた。
俺やのうて、お前が変やねん。嫉妬 が浅 すぎ。なんで平気なんや。
「やってもいいけど、保証 はしない。常 に張り付いてられるか分からへんし、邪魔 しても無駄 やったときに、責任はとれへん。それでもいいなら、やる」
そうか。それでええわ。おおきに、ありがとうやで。
って、それがどうも口を衝 いて出てこなくて、俺はむすっとうつむいて、押し黙 ってた。
赤毛はそれをじいっと見るだけで、気を悪くした様子もなかった。
指先にふっと火を灯 し、それで煙草 に火を入れて、六甲卸 に持って行かれる薄煙 を、赤毛は細く空中に吐 き出した。
「なんで平気なんやろ、お前は。俺が留守 の間に、お前の兄貴 とデキてもうてもええんか。何か頼 むことあるやろ、交換条件で」
思わず噛 みつく口調の俺を、赤毛は薄い笑みで見つめてた。
「ない。別に、ない」
「好きなんとちがうんか、あの虎 のこと」
「好きやけど、言うても無駄 やし、信太 の兄貴 は。別に気にならへん」
「妬 けるやろ。妬 けへんのか」
お前は火を吹く鳥なんやから、胸にメラメラ来るモンくらいあるんやないのか。俺は絶対そうやっていう期待で言うてた。
自分がさんざん苦しい思いをしてる、嫉妬 ってやつを、全然まったく感じないやつがいてるやなんて、俺はつらい。許せへん。そういう我 が儘 心 やった。
「妬 いたら、なんか、いいことあるのか」
「ない。ないけど、それが自然な心の流れやろ。感じへんのか、毛の先ほども悔 しくないんか、もし俺が今日、お前の虎 とよろしくやっても、全然かまへんのか」
「かまへん。兄貴 がそうしたいんやったら」
煙草 吸いつつ、赤毛はさらりと答えた。
本気で言うてるとしか思えへんような、肩 の力の抜けようやった。
悟 ってんのか、お前は。悟 りを開いた修行僧 かなんかか。
煩悩 はないのか。そんなら俺の煩悩 ちょっと貰 ってくれ。ありすぎて困 ってんねん。
「いや、俺は、そんなんせえへんから。アキちゃんと約束したし、妙 な邪推 はせんといてくれ。でもな、そんな、何の手応 えもない人形みたいな心の無いやつとやって、信太 は満足なんか。あいつの趣味 もおかしいと思うわ」
半分くらい嫌 みに入ってた。相手がけろっとしてるから、益々 悔 しくなってきたんやな。
「おかしいかなあ。誰でもええんやろ、兄貴 は。誰でも平気みたいやし。お前のことも、気に入ったって言うてたわ。可愛 いんやって。俺は可愛 くはないやろから、そういうのが欲しいときには、他のとやるんやろ」
確かに、お前は可愛 いなあと、赤毛ににこにこ言われたわ。
俺はそれに、ぱくぱくしてた。
自分の男が浮気心 を起こしてる相手に対して、お前は可愛 いなあて、微笑 ましそうに言うの、変やないか。
嫌 みで言うてるんやと、思われへん。ほんまに可愛 いなあと思われてる。そんな優しい上から目線 に、俺はむかっと赤い顔やった。
「ほんなら食うで、もしそういうことになってもうたら。それでええんやな。後で泣いても責任とらへんで」
「さっきと話が矛盾 しとうわ。秋津 の坊 と約束した件 は、どこ行ったんや」
ちょっと天然入ってんのか、赤毛はマジで俺に訊 いてた。それに益々 、恥 ずかしさがアップした。
「それはそれ、これはこれや。カマかけてんのやないか。ちょっとはお前が焦 るかと思って! 嘘 でちょっと言うてみただけ!」
「嘘 か……」
長い睫毛 のある目をぱちぱちさせて、赤毛は納得したように言った。
「心配せんでもええわ。俺と兄貴 はうまくいってる。それに万 が一 、俺が泣いても、兄貴 には、それが狙 いやないやろか」
煙草 を持ったままの指で、目頭 を掻 いて、赤毛は話した。
そういえばさっき、キスしてたこいつが何でか泣いて、信太 はその涙 を舐 めてた。
「不死鳥 やねん、俺は。涙 を飲むと、精 がつく」
不死鳥 の涙 は、生命力の源 で、死んだモンでも蘇 る。そういう話は聞いたことあるけど。
と、いうか、読んだことある。手塚 治虫 の漫画 で。
『火の鳥』やで。超面白い。
まさかほんまもんのフェニックスが近所におるなんて、想像もしてへんかった。
ともだちにシェアしよう!