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6-12 トオル

 それでも昨夜(ゆうべ)鬼畜(きちく)なアキちゃんの()(がね)で、(とら)怒濤(どとう)の連続ホームランを浴び、これはもう負けかという時にだけは、お前は悲しい顔してた。  それは何でや。(とら)キチやからか。  ご主人様も虎キチで、負けたら蔦子(つたこ)さん悲しむからか。  それとも信太(しんた)愕然(がくぜん)と、床に()びてまうほどダメージ受けてたからか。  そちらはそちらで、畜生(ちくしょう)、なにが連続ホームランやてキレて、お前を激しく責めたんか。  お互い、心中複雑なモンがある。  そのはずやけど、複雑なんは俺だけか、赤毛は俺になんの含みもない目をしてた。  なんやったっけ、こいつの名前。 「寛太(かんた)や。ほんまは別の名前やったんやけど、日本語の名前やなかったら呼びにくいて蔦子(つたこ)さんが言うて、全員名前変えられた」  なんて呼ぼかて口ごもる俺に、にこにこ教えて、赤毛の寛太(かんた)は、今日は(たば)ねてない、()れた仕上げの髪が(ほほ)にかかるのを、けだるそうに指で()けた。 「何か用やろか」 「(たの)みがあるねん」  回りくどく言うてもしゃあないと思って、俺は直球勝負で行くことにした。 「うちのツレ、面食(めんく)いやねん。今日会う神父(しんぷ)がどえらい綺麗(きれい)な顔してる。人間やけど、心配やねん。アキちゃんがよろめかんように、さり()邪魔(じゃま)したってくれへんか」  俺がすらすら(たの)み込むと、赤毛はよっぽど意外やったんか、きょとんとして、それから、うっふっふと火のない煙草(たばこ)(くわ)えながら、どことなく身を()むようにして笑った。 「変な話やな」 「変でも、ほっといてくれ。やってくれんのか、それとも(いや)なんか、返事だけ聞かせてくれたらええねん」  俺は正直、()ずかしかったわ。それで奥歯を食いしばってたわ。  お前は嫉妬(しっと)(ぶか)いなあって、そういう目して赤毛に見られた。  俺やのうて、お前が変やねん。嫉妬(しっと)(あさ)すぎ。なんで平気なんや。 「やってもいいけど、保証(ほしょう)はしない。(つね)に張り付いてられるか分からへんし、邪魔(じゃま)しても無駄(むだ)やったときに、責任はとれへん。それでもいいなら、やる」  そうか。それでええわ。おおきに、ありがとうやで。  って、それがどうも口を()いて出てこなくて、俺はむすっとうつむいて、押し(だま)ってた。  赤毛はそれをじいっと見るだけで、気を悪くした様子もなかった。  指先にふっと火を(とも)し、それで煙草(たばこ)に火を入れて、六甲卸(ろっこうおろし)に持って行かれる薄煙(うすけむり)を、赤毛は細く空中に()き出した。 「なんで平気なんやろ、お前は。俺が留守(るす)の間に、お前の兄貴(あにき)とデキてもうてもええんか。何か(たの)むことあるやろ、交換条件で」  思わず()みつく口調の俺を、赤毛は薄い笑みで見つめてた。 「ない。別に、ない」 「好きなんとちがうんか、あの(とら)のこと」 「好きやけど、言うても無駄(むだ)やし、信太(しんた)兄貴(あにき)は。別に気にならへん」 「()けるやろ。()けへんのか」  お前は火を吹く鳥なんやから、胸にメラメラ来るモンくらいあるんやないのか。俺は絶対そうやっていう期待で言うてた。  自分がさんざん苦しい思いをしてる、嫉妬(しっと)ってやつを、全然まったく感じないやつがいてるやなんて、俺はつらい。許せへん。そういう()(まま)(ごころ)やった。 「()いたら、なんか、いいことあるのか」 「ない。ないけど、それが自然な心の流れやろ。感じへんのか、毛の先ほども(くや)しくないんか、もし俺が今日、お前の(とら)とよろしくやっても、全然かまへんのか」 「かまへん。兄貴(あにき)がそうしたいんやったら」  煙草(たばこ)吸いつつ、赤毛はさらりと答えた。  本気で言うてるとしか思えへんような、(かた)の力の抜けようやった。  (さと)ってんのか、お前は。(さと)りを開いた修行僧(しゅぎょうそう)かなんかか。  煩悩(ぼんのう)はないのか。そんなら俺の煩悩(ぼんのう)ちょっと(もら)ってくれ。ありすぎて(こま)ってんねん。 「いや、俺は、そんなんせえへんから。アキちゃんと約束したし、(みょう)邪推(じゃすい)はせんといてくれ。でもな、そんな、何の手応(てごた)えもない人形みたいな心の無いやつとやって、信太(しんた)は満足なんか。あいつの趣味(しゅみ)もおかしいと思うわ」  半分くらい(いや)みに入ってた。相手がけろっとしてるから、益々(ますます)(くや)しくなってきたんやな。 「おかしいかなあ。誰でもええんやろ、兄貴(あにき)は。誰でも平気みたいやし。お前のことも、気に入ったって言うてたわ。可愛(かわい)いんやって。俺は可愛(かわい)くはないやろから、そういうのが欲しいときには、他のとやるんやろ」  確かに、お前は可愛(かわい)いなあと、赤毛ににこにこ言われたわ。  俺はそれに、ぱくぱくしてた。  自分の男が浮気心(うわきごころ)を起こしてる相手に対して、お前は可愛(かわい)いなあて、微笑(ほほえ)ましそうに言うの、変やないか。  (いや)みで言うてるんやと、思われへん。ほんまに可愛(かわい)いなあと思われてる。そんな優しい上から目線(めせん)に、俺はむかっと赤い顔やった。 「ほんなら食うで、もしそういうことになってもうたら。それでええんやな。後で泣いても責任とらへんで」 「さっきと話が矛盾(むじゅん)しとうわ。秋津(あきつ)(ぼん)と約束した(けん)は、どこ行ったんや」  ちょっと天然入ってんのか、赤毛はマジで俺に()いてた。それに益々(ますます)()ずかしさがアップした。 「それはそれ、これはこれや。カマかけてんのやないか。ちょっとはお前が(あせ)るかと思って! (うそ)でちょっと言うてみただけ!」 「(うそ)か……」  長い睫毛(まつげ)のある目をぱちぱちさせて、赤毛は納得したように言った。 「心配せんでもええわ。俺と兄貴(あにき)はうまくいってる。それに(まん)(いち)、俺が泣いても、兄貴(あにき)には、それが(ねら)いやないやろか」  煙草(たばこ)を持ったままの指で、目頭(めがしら)()いて、赤毛は話した。  そういえばさっき、キスしてたこいつが何でか泣いて、信太(しんた)はその(なみだ)()めてた。 「不死鳥(ふしちょう)やねん、俺は。(なみだ)を飲むと、(せい)がつく」  不死鳥(ふしちょう)(なみだ)は、生命力の(みなもと)で、死んだモンでも(よみがえ)る。そういう話は聞いたことあるけど。  と、いうか、読んだことある。手塚(てづか)治虫(おさむ)漫画(まんが)で。  『火の鳥』やで。超面白い。  まさかほんまもんのフェニックスが近所におるなんて、想像もしてへんかった。

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