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6-13 トオル
おお、すげえ。握手 して。
というか、変転 してみて、火の鳥に、って、一瞬でそんなミーハー心 に取り付かれ、思わず半笑 いで目がキラキラしてきた俺を、赤毛は変な奴っていう面白そうな顔で笑って眺 めた。
「どしたん、白蛇 の」
「どうもせん。ちょっと自分の世界に行ってもうただけ。想像上の生き物に出会うとは、予想してへんかったから」
「喚 ばれてん。神戸 に」
蘇 らなあかんねん、不死鳥 のように。フェニックス神戸 やからな、震災後 の復興 スローガンは。
せやけど心底 信じてる人ばかりかどうか、それは怪 しいところやわって、赤毛は言うた。
フェニックスなんつっても、やっぱり震災 の傷手 は深い。言うだけ無駄 やって、内心諦 めとう人らもおるわ。
それでも信じてもらわなあかん。信じてもらえるかどうかが、不死鳥 が実在するかどうかの分かれ目やねん。
信太 の兄貴 が俺を愛してるとしたら、それは神戸が好きやからや。
お前が復興 の命綱 って、望みをかけてる。
それで惜 しみなく俺に餌 をやる。虎 の聖地 で祈 る人たちの熱い思いを、俺に貢 いで頑張 らせようと、毎日毎晩必死やねん。
お前んちの先生とも、やれるんやったら行っとけと、昨日言われたんやけどな、お前のご主人様は、俺みたいなのは好みやろうかと、赤毛は真面目に俺に訊 いてた。
殺してええか、フェニックス。殺しても死なへんのやったっけ。
そんな恐ろしい敵が参戦 してきたら、俺はどうしよう。
あわあわしながら、俺は親 しげなような、天然ボケのフェニックスを虚 しく睨 んだ。
こいつ、アホなんや、きっと。
真性 のアホで、ついさっき俺が恥 をしのんで、美形 神父 からアキちゃんをガードしてくれって頼 んだ意味が、これっぽっちも分かってなかったんか。それとも、分かってるけど言うてんのか。
「ちょっとくらいええやん。別に付き合う訳やないから。一発やるだけ」
だからそれがあかんのや。
「絶対だめ」
「なんでや。ケチやなあ、お前。一発くらいええやん。それで世のため人のためなんやから」
しれっとそう言う赤毛は、どう見てもアキちゃんに惚 れてなかった。
信太 がやれって言うからやるんやっていうノリやった。
お前はおかしい。何度も言うけど、絶対どこか激 しくズレてる。
「ならへん、世のため人のためなんか。そんなんしたら、俺がお前をぶっ殺してまうから」
わなわな来ながら、俺はすごんだ。それにも赤毛は平気な面 やった。
「それは無理やで。俺は死なれへんから。だって不死鳥 なんやもん」
むかつく、こいつ。
本棚 にある『火の鳥』全巻セットを、帰ったら即刻 ゴミに出す。
「アキちゃんに、手を出すな。それから、神父 にも、手を出したり出されたりさせへんように見張 れ。ええな、わかったな。他にも顔の綺麗 そうな奴がおったら、百メートル手前 ぐらいから避 けさせてくれ。悲惨 なことに、今日はお前だけが頼 りやねん」
俺が頼 むと、赤毛はにっこりとした。
承知 したということらしい。
奴 は何の見返りも、俺に求めはしなかった。
恋敵 かもしれへん俺を、可哀想 やと思ったらしい。
それで優しくすることにした。
驚 くべき話やけども、不死鳥 は神の部類 や。穢 れなき神聖 な生き物やねん。
せやけど寛太 は若かった。見かけは二十歳 かそこら、俺と大差 なく見えてた。
しかも見た目のとおりの年齢 でな、実は経歴は浅かった。
震災 の後に生まれたらしい。神戸の街が、熱く幻影 のフェニックスを求めた時に、西の方から飛来 した。
虎 がそれを拾 うてきて、こいつは海道 家の家隷 の神に収まった。
たぶんどうでもよかったんやろ。右も左もわかってなくて。家に居 れって兄貴 が言うんで、ほんなら居 よかって、それだけの話。
人並 みの感情みたいなもんも、あるようで無い。
言わばこいつも、修行中 の身やねん。自分が何を感じているか、相手が何を感じているか、全然分かってへん。
薄情 なまでに鈍 く寛大 な神の鳥を、夜な夜な貪 り食って慈 しんでた虎 が、一体何を考えてたのか、それを知るのには、まだ日数 がいる。
他愛 もない脇道 の草のようでいて、これはこの時、再びの大災害 の危機に瀕 してた神戸に与えられた、奇跡 のごとき縁 やった。
愛の喜びも苦痛も醜 さも知らない不感症 の鳥が、それに目覚めたのは、この夏の終わり。
俺は事の次第 を全部知ってるはずやけど、ここで一気に語るのは止 そうと思う。
まあ、ちょっとずつ、小出 しに行こか。あまりに早く、この物語を語り終えてしまわんように。
せっかくここまで聞いてもろた縁 やしな。俺も多情 や、皆が他人と思えんようになってきた。
せやから、ちょっとでも長く、語っていようか、神戸 での日々を。
エンジンかけてた車の中は、ギンギンに冷えてた。
赤毛は蔦子 さんやアキちゃん達を呼びに、玄関 の方へ戻っていった。
俺は海道 家の門前 で、ほな行くわというアキちゃんを、ただ見送った。
手も握 らず、手も振 らず、走り去る車のナンバープレートをじっと睨 んでた。
海道 家のおかん、あれで案外、猛烈 なヨン様ファンやった。
ナンバーが、43−00やった。つまりな、ヨン様・LOVE ・LOVE なんや。
後で確かめたら、本人が、そうどすえって言うてた。そんなオチかと、がっくり来てまうこの日の始まりの話は、これで終わりなんやけど、これまたけっこう長い一日やった。
しかし、待て次号。次章に続く。しばし待たれよ皆 の衆 。
うちの相方 の、若干 キレ芸ぎみの涼 やかな語り口調でも聞いて、次に待ってる俺の話を、楽しみにしといてくれ。
お別れのキスは無しやけど、信じる心があれば、皆にも見えるはず。俺がこの美しい顔で微笑 み、バイバイまたねって、手を振っているのが。
信じる者にだけ見える、信じるからこそ実在する、そういうものが、この世にはあるねん。それが案外、大事やねんで。
フェニックスが生きるか死ぬか、それは信心 しだい。人に信じてもらうことによって、神は神になれる。これはそういう物語やねん。
以上、次回予告でした。それではこれで、ほんまにさよなら。
また会いましょう、港神戸 は恋の街 にて。六甲卸 と海風 に、甘く優しく嬲 られながら。
――第6話 おわり――
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