fujossyは18歳以上の方を対象とした、無料のBL作品投稿サイトです。
私は18歳以上です
三都幻妖夜話(3)神戸編 7-1 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
7-1 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
59 / 928
7-1 アキヒコ
寛太
(
かんた
)
とかいう、赤毛の
式神
(
しきがみ
)
の運転は、かなり
大人
(
おとな
)
しかった。 ゆっくり
加速
(
かそく
)
して、静かなブレーキを
踏
(
ふ
)
む。決して黄色信号に
突入
(
とつにゅう
)
したりしない。
極
(
きわ
)
めて安全運転で、
名
(
めい
)
ドライバーと言えた。 運転には、ハンドル
握
(
にぎ
)
ってるやつの性格が出るもんらしい。 そやから俺は赤毛を
見直
(
みなお
)
した。 えらい
派手
(
はで
)
な
格好
(
かっこう
)
して、
髪
(
かみ
)
も
真
(
ま
)
っ
赤
(
か
)
っかやし、
初対面
(
しょたいめん
)
が
虎虎
(
とらとら
)
タイガースの
応援
(
おうえん
)
ルックやったもんやから、どんなむかつく
奴
(
やつ
)
かと思うてたんやけど、落ち着いて顔見たら大人しそうな
面
(
つら
)
してた。 時々バックミラー
越
(
ご
)
しに目が合った。合ったような気がしただけかもしれへん。 ほんまやったら見えへんはずの、長い
睫毛
(
まつげ
)
が重そうな目が、
興味
(
きょうみ
)
ありげに
瞬
(
またた
)
いて、ミラーの中の俺を見上げているのが、なんでか見えるような気がしてた。 しんと静まりかえったような黒い目で、長い
睫毛
(
まつげ
)
がけむるような、
神秘的
(
しんぴてき
)
な目元をしてた。 何考えてんのか、さっぱり分からん。もしかしたら、何も考えてへんのやないかって、そんな
印象
(
いんしょう
)
がする目や。
虎
(
とら
)
にキスされて泣いた、その時にだけ、
得体
(
えたい
)
の知れん表情があった。 見てないつもりで、俺はそれを見てた。
野生
(
やせい
)
の
鹿
(
しか
)
かなんかが、
猛獣
(
もうじゅう
)
に食われる時に
涙
(
なみだ
)
を流す映像を、子供のころに見たことがある。こいつが泣くのを見て、それを思い出してた。 感情のないような無表情やのに、
喉笛
(
のどぶえ
)
噛
(
か
)
まれて
鹿
(
しか
)
は泣く。 食われてまうわって悲しいのかもしれへんけど、それはどうにも
恍惚
(
こうこつ
)
とした目に見える。
見開
(
みひら
)
かれて何も見てへん。それでも
愉悦
(
ゆえつ
)
のような表情が浮かんでる。 見たらあかんもんを見た。俺はその時、その
結論
(
けつろん
)
に
達
(
たっ
)
した。これは危険なコース。急いで
撤収
(
てっしゅう
)
せなあかん。 こぼれた
涙
(
なみだ
)
を
虎
(
とら
)
に吸わせてる、それを平気で許す姿を見て、俺は
淫蕩
(
いんとう
)
やと腹が立ってた。なんでか
嫉妬
(
しっと
)
が
湧
(
わ
)
いて。 昨日の夜、
客間
(
きゃくま
)
に案内してきたときの
去
(
さ
)
り
際
(
ぎわ
)
、赤毛はじっと俺を見た。 なんや
値踏
(
ねぶ
)
みされてるようやった。
虎
(
とら
)
とこいつは、どっちがええやろって、そんな感じの比べる視線で。 それでもこいつは、
未練
(
みれん
)
もなく去った。まあええわって、そんな
無感動
(
むかんどう
)
さで。 その前の一瞬、ほんの一瞬やけど、明らかな
欲情
(
よくじょう
)
めいた表情が、黒い冷たい目の奥に
湧
(
わ
)
いてた。 抱いてみるかって、そんな
誘
(
さそ
)
うような目をして、こいつは俺を見たけど、気が変わったらしい。
虎
(
とら
)
の方がええわって、お前は思ったんやろ。
喘
(
あえ
)
ぐような声が、かすかに夜の
静寂
(
しじま
)
に聞こえてた。自分たちの
絡
(
から
)
み合う息の音に
紛
(
まぎ
)
れて、それはちょっと、くうくう
鳩
(
はと
)
の鳴くような、切なそうな声やった。 ぼけっとしたこいつが、そんな声で鳴くなんて、それを思うとなんでか俺はつらい。 一瞬で
値踏
(
ねぶ
)
みされ、一瞬で
振
(
ふ
)
られたような気がしてん。 そのオチが、今朝のタイガーとのお熱いキスシーンで、しかにも首には山ほどキスマークつけてる。 見せつけられてる。そんな気がした。 キスされながら、赤毛はじっと俺を見ていた。なんで見てたんか分からんのやけど、たぶん、ざまあみろという意味やないかな。
去
(
さ
)
り
際
(
ぎわ
)
、
欲情
(
よくじょう
)
した目で見られ、俺がぞくっとしたのを、こいつはちゃんと気がついてたんやろ。それで俺に、
復讐
(
ふくしゅう
)
をすることにした。たぶん、連続ホームランの。 やっぱやめるわって
素
(
そ
)
っ
気
(
け
)
なく立ち去って、
虎
(
とら
)
とやってる声を俺に聞かせた。正直、
胸苦
(
むなぐる
)
しかったわ。なんで俺はこんなに耳が良くなってもうたんやろかって、それを
恨
(
うら
)
んだ。 その声を聞くと、火をつけられたようにめちゃめちゃ燃えた。俺のほうがすごい。そんな
対抗意識
(
たいこういしき
)
で。 アホです。どうせ俺は。
海道家
(
かいどうけ
)
の
餓鬼
(
がき
)
んちょに
指摘
(
してき
)
されるまでもなく、俺はヘタレで、ものすごいアホ。それに
面食
(
めんく
)
い
野郎
(
やろう
)
で
浮気者
(
うわきもの
)
。
亨
(
とおる
)
に殺されてもしゃあない。 見れば赤毛の男は仏教美術のような顔をしていた。ガンダーラ仏みたいな、アジア系の顔立ちやのに、
彫
(
ほ
)
りも深くて、常にうっすらとアルカイックに
微笑
(
ほほえ
)
んだような、有り難い感じのお顔立ち。 まあ、何というかやな、言うたらあかんとは思うが。美しい。 古い映画やけどな、『
敦煌
(
とんこう
)
』ていう、昔の中国が舞台の作品があって、そこに絵を書くことに
魅入
(
みい
)
られた男が出てくる。 戦争の
後遺症
(
こうしょう
)
で足も悪くして、精神的にもちょっとおかしい。そいつが、もう
戦火
(
せんか
)
が
迫
(
せま
)
ってきてて、逃げんと死ぬってなってんのに、自分が描いてる
仏画
(
ぶつが
)
に必死で、仲間が逃げようと
激
(
はげ
)
しく
訴
(
うった
)
えかけても、絵筆を
握
(
にぎ
)
って
離
(
はな
)
さへん。 なんか、そういう
執念
(
しゅうねん
)
を
掻
(
か
)
き立てる美が、仏教美術にはあるらしい。 わかるような気がするわ、って、今回ちょっと学んだな。 学んだら、あかんかったかな。また、学んだらあかんことを学んでしもた。 どうしよ。俺が
暇
(
ひま
)
になった
暁
(
あかつき
)
に、仏教美術みたいな絵ばっかり描いてたら、それで
亨
(
とおる
)
にバレてまうやろか。 バレバレやろな。そして、ぎったんぎったんになるんや、俺は。 そんなん、とっとと
吐
(
は
)
いて、とっとと
土下座
(
どげざ
)
しといたほうがええやろか。そのほうがいっそ、
潔
(
いさぎよ
)
いかもしれへんで。 それでも俺はお前が好きや、許してくれって言うしかあらへん。
調子
(
ちょうし
)
いいこと言いやがってって、怒られるかもしれへんけど、でもそれが
本音
(
ほんね
)
なんやもん。
嘘
(
うそ
)
やないねん。 これはもう、ヤバいから。俺をちらちら見るな、赤い鳥。
前へ
59 / 928
次へ
ともだちにシェアしよう!
ツイート
椎堂かおる
ログイン
しおり一覧