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7-2 アキヒコ
黒い床 に写ってた、お前の華奢 な鳥の足が、なんでか忘れられへん。
その赤い羽根をバリバリ毟 って、虎 が食うてる妄想 が、ついつい深い脳裏 に浮かぶ。
忘れたい。俺は。
もしも俺もまだ小学生か、中一の餓鬼 やったら、たぶん、おかんに強請 ってたやろ。
俺も赤い鳥欲しい。
せやけどあかん、これはよそん家 のもんやし、俺には亨 がおるんやから。我慢 。我慢 や。
そんなことを、つらつら思いつつ、俺は外見上 は呆然 として見えたやろ。なんかそんな気分やった。
俺ってほんまに、どうしようもない奴なんやないか。
男でもええんや、ほんまに。関係ないんや、男でも、鳥でも。顔さえ好きなら、むらむらするんや。
もう絶対 、油断 したらあかん。ちょっとでも顔好きやと思う奴からは、全力で逃げなあかん。亨 と永遠に一緒にいたいんやったら。
いっそ目が見えんようになればええんやないかって思ったけど、それはどうせ本気やなかった。失明 したら絵が描かれへんやんか。
それに肝心 の亨 の顔かて、見られへんようになる。そんな一生、悲しすぎるやろ。
悲しい。せやけど、度々 あいつを泣かせて生きていくよりマシなんやないか。自分の目が見えへん悲しさの方が。
と、そんな、悲惨 すぎる結論 になったところで、俺はパタパタ飛んできた白い封筒 が自分の膝 に落ちるのに気づいて、それを捕 まえた。
宛名 は、アキ兄 へ、となっていた。
後部座席 の隣 を見ると、にこにこ笑った海道 竜太郎 が、ハサミと紙を持って座ってた。
なんでお前は、蔦子 さんやのうて、俺と隣 で座りたいんや。そんなの変やろ。
俺が助手席 行くからって、出発する時にひと揉 めあった。
せやけど、様々 な事情が絡 み合い、こういう席配置になったんや。
まず第一に、蔦子 さんは助手席 が好き。自分では運転せえへんけど、フロントの窓 からの景色 を見るのが好きなんやって。
そして俺は、助手席 で赤毛の隣 に座るのが気まずい。
ミラー越 しに見られてる気がするだけでビビってんのに、隣 の席からちらちら見てくる横顔と目が合ってもうたら、それは非常に困る。
さらに最終的に、竜太郎 は俺に、車内で道々 、手紙の飛ばし方を教えてやろうと言うた。
例の、霊能力便 みたいなやつ。うちの親たちが俺に、頻繁 に送ってくる、じたばた羽 ばたく手紙や。
その封筒 の中には、喋 る紙人形が入っている。そいつが送った本人と同じ声で、伝言 を伝えてくる。そういう術 やねん。
膝 に飛んできた封筒 を開くと、それにも中には紙人形が入っていた。ぺろんと現れ、いくぶん頭でっかちの、子供っぽい紙工作みたいなのが、ぴょんと飛んできて俺の肩に乗り、耳打 ちし始めた。
封筒 に入れる前、竜太郎 は紙人形に、ひそひそ囁 くようにして、伝言 を伝えていたから、この術 で送られてくる人形は、囁 けば囁 くし、叫 べば叫 ぶのかもしれへん。
録音 するとき気つけなあかん。うちの親から来たやつには、時には二枚の紙人形が入ってて、それがいちゃつきながら、おとんとおかんの声で話した。とんだ恥 さらしやないか。
囁 く紙人形が、俺に用件 を伝えてきた。
聞こえますか、アキ兄 と、笑ったような声で人形が話し、見ると隣 の席の竜太郎 はまた、紙人形を切っていた。
この手紙は、別に難 しいもんやない。人形作って、相手に伝言 を伝えてくれって、頼 めばいいだけ。
そしたら、人形がこっちの話を、ふんふんて聞いて憶 えて、封筒 に入れて宛名 を書いてやると、勝手に飛んでいく。
宛名 の相手がおるところでしか、人形は口きかへんし、本人以外に秘密の話やったら、こんなふうに内緒話 で教えればええねん。
耳元で、そう囁 く声は、吐 きかかる息づかいまで克明 に再現 してた。それでもただの紙やから、呼吸してるわけやない。そういう音がしてるだけ。
用件 を伝え終わったんか、紙人形は、ふわりと力を失って落ちてきた。
おかんが送ってきた人形は、話した後もしばらく暇 そうに家ん中をうろうろしてたりしてたもんやったけど、この違いは何やろか。
術者 の持ってる力の差かと、俺はなんとなく推察 した。
竜太郎 はまた新しい紙人形に、ひそひそ何かを話してた。それが今度は封筒 に入るのも面倒やと思うたんか、ひょいひょい歩いて、俺のとこまでやってきた。
それが腕をよじ登 ってきて、耳打 ちし始めるのに、俺は耳を傾 けた。
今度は何の話やろ。まだ続きがあったんやろかって、真面目 な顔して聞いていると、人形は竜太郎 の声で、ちょっと恥 ずかしそうに囁 いた。
あのな、アキ兄 、僕もアキ兄 と、キスしてみたい。頼 めば信太 も啓太 も、してくれるけど、ちゅっ、て軽くするだけやねん。
そういうのやのうて、昨日の夜にしてたみたいなのがいい。誰にも絶対話さへんから、今夜、僕の部屋に来て。って、人形は一気に話した。
俺はそれを聞きつつ、眉間 に皺 やった。
正直、激 しくショック受けてた。
昨日の夜って。何の話や。
確かに俺は亨 を抱くとき、結界 を張らへんかった。
むかついててん。聞くなら聞け、見たけりゃ見ろって、そういうやけっぱちやったんや。
まさか人間の子供がいるなんて、俺は気がついてへんかった。
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