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7-3 アキヒコ
言い訳するわけやないけど、竜太郎 は人間やないみたいに見えた。
最初に見た時も、式神 に混じって、そのうちの一人みたいな面 して座ってたし、人間としての気配 が薄 い。
これは、後から分かったことやったけど、竜太郎 のおとんの血筋 は、大昔に神と交 わって始まったもんらしい。
竜と巫女 とが結ばれて、子供ができて、それが一族の祖 や。
せやから代々の跡取 り息子には竜にまつわる名前をつけてる。ちなみに竜太郎 のおとんも、海道 龍悟 という名前やった。
血が混ざってんねん。人外 のと。
それで人ではないような気配 がするときがある。
幾世代 を経 ても消えない神威 が、その血の中にあるらしい。
そういう男やったら、うちのおとんの後釜 になれんこともないと、蔦子 さんは思ったらしい。
半神半人 や。実際には半分も神の血は残ってないのやろけど、それでも並みの人間とは違う。
そんな体質もあって、竜太郎 は自分は学校で会う人間の餓鬼 より、家におる式神 のほうに近いんやと思うてるらしい。それであの群 れに混じってたんや。
紛 らわしいことせんといてくれへんか。お前が自分の又従兄弟 やって、昨夜 のうちに教えてもらえてたら、せめて結界 ぐらい張った。俺かてそこまで変態 やないわ。
見たんか。お前は。
どっからどこまで見てたんや。何もかも全部見てもうたんか。
それを考えた瞬間、ものすごい目眩 に襲 われて、俺は頭を抱 えた。
「返事は? 練習やし、アキ兄 も返事出してみて」
はにかむような小声で、竜太郎 は紙とハサミを差し出してきたけど、俺にはそれを受け取る気力はなかった。
返事するも何も。俺には言葉もないわ。
誘 えばしてくれるやろって、こいつは思ってるんやろか。
ありえへんやろ、そんなの。
そんなん、したらあかんのやで。
お前は遠いとはいえ親類 なんやし、それにまだまだ子供なんやし、しかも男やないか。誰もお前に、そんな普通のモラルを、教えてくれてへんのか。
「竜太郎 、手紙はもうええわ。あのな、お前はもっとちゃんと学校通え。そこでしか学ばれへんことはあるんや。ちゃんと友達作れ。俺みたいになるな」
俺は思わず、叱 りつけるような口調やったやろか。竜太郎 はビビった顔してた。
人様 の子に、いきなり言いすぎたかと、俺は助手席 の蔦子 さんを見たが、なんと蔦子 さんは寝てた。
なに寝とんねん、大事なところやないか。
おかんやねんから、ちゃんと面倒 見たらなあかんやないか、蔦子 さん。
それでもそれは、非常識なうちの一族のモンには、無理な相談やったかもしれへん。
蔦子 さんも多分、一般常識では推 し量 れないような人物なんや。
おかんの従姉 で親友で、その上、うちのおとんの婚約者やったっていうんやから。
俺も大概 、非まとも系やけども、秋津 の血筋 を汲 む人間の中では、かなり常識ある部類 やと思う。
そうや、気が付いてみれば俺はまともや。その路線 へ行けないだけで、何が普通かは知っている。
俺が教えへんかったら、竜太郎 は実はものすご非常識のままなんやないか。
それで学校でも友達でけへんのや。
せやから夏休み終わっても学校行きたくないんや。
もしかしたら、虐 められてんのやないか。
俺が何とかしたらなあかん。親戚 の兄ちゃんなんやし、こいつは弟みたいなもん、てな。
悪い癖 やったな。悪い癖 の発動や。俺もつくづく学習せえへん男。
「でも僕は、アキ兄 みたいになりたいねん。友達なんか要 らへん。アキ兄 が好き。ほんまに好きやねん。お願いやから、僕のことも、好きやって言うて……昨日の夜、式神 に言うてやってたみたいに」
もはや笑ってない、必死の顔の囁 き声で、竜太郎 は俺に頼 んだ。
その切羽詰 まったような口調に聞き覚えがあって、俺はまたショックを受けた。
まるでお前は勝呂 瑞希 やで。勝呂 にそっくり。
可愛 いような童顔 も、ほんまに児童なんやから当然やろけど、なんとなく勝呂 を思い出させた。
俺はあいつに、済 まないことをした。つれない甲斐性 無 しやった。
もう憎んでない。お前が悪いとは、俺はもう思ってない。
全部俺が悪かったんや。俺はもうお前のことを、嫌いではない。たぶん今でも好きやと思う。
亨 を好きなのとは、ぜんぜん違うふうやけど、弟みたいやったお前が、俺は可愛 かった。
なのに俺は、お前を酷 い目にあわせた。どうしようもない男やで。
拙 く口説 く竜太郎 を見て、勝呂 が蘇 ったんかと、一瞬思った。俺も実はけっこう、悩 んでたんやろ。
どうしたらええんやって、実際悩 んでた。なんて答えればええのか分からへん。
それは無理やって言えば済 む簡単な話が、別件の余波 でねじれてた。
黙 り込む俺に耐 えかねた空気で、竜太郎 がまた口を開いた。
「寂 しいねん、アキ兄 。僕、ひとりで寂 しいんや。手紙で頼 んだこと、嫌 なんやったら、別にいいねん。代わりに僕の、お兄ちゃんになって。僕とも時々遊んで。一緒にゲームしたり、どっか行ったりするだけでええねん」
何かを伝えてあったんか、手から逃げ出した紙人形が、俺のほうに来ようとするのを、竜太郎 はわしっと掴 んで、嫌 や言わせてくれって暴 れてるそれを、話しながらびりびり破 いた。
命はないはずの紙人形から、断末魔 の悲鳴が聞こえるかのようやった。
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