61 / 928

7-3 アキヒコ

 言い訳するわけやないけど、竜太郎(りゅうたろう)は人間やないみたいに見えた。  最初に見た時も、式神(しきがみ)に混じって、そのうちの一人みたいな(つら)して座ってたし、人間としての気配(けはい)(うす)い。  これは、後から分かったことやったけど、竜太郎(りゅうたろう)のおとんの血筋(ちすじ)は、大昔に神と(まじ)わって始まったもんらしい。  竜と巫女(みこ)とが結ばれて、子供ができて、それが一族の()や。  せやから代々の跡取(あとと)り息子には竜にまつわる名前をつけてる。ちなみに竜太郎(りゅうたろう)のおとんも、海道(かいどう)龍悟(りゅうご)という名前やった。  血が混ざってんねん。人外(じんがい)のと。  それで人ではないような気配(けはい)がするときがある。  幾世代(いくせだい)()ても消えない神威(しんい)が、その血の中にあるらしい。  そういう男やったら、うちのおとんの後釜(あとがま)になれんこともないと、蔦子(つたこ)さんは思ったらしい。  半神半人(はんしんはんじん)や。実際には半分も神の血は残ってないのやろけど、それでも並みの人間とは違う。  そんな体質もあって、竜太郎(りゅうたろう)は自分は学校で会う人間の餓鬼(がき)より、家におる式神(しきがみ)のほうに近いんやと思うてるらしい。それであの()れに混じってたんや。  (まぎ)らわしいことせんといてくれへんか。お前が自分の又従兄弟(またいとこ)やって、昨夜(ゆうべ)のうちに教えてもらえてたら、せめて結界(けっかい)ぐらい張った。俺かてそこまで変態(へんたい)やないわ。  見たんか。お前は。  どっからどこまで見てたんや。何もかも全部見てもうたんか。  それを考えた瞬間、ものすごい目眩(めまい)(おそ)われて、俺は頭を(かか)えた。 「返事は? 練習やし、アキ(にい)も返事出してみて」  はにかむような小声で、竜太郎(りゅうたろう)は紙とハサミを差し出してきたけど、俺にはそれを受け取る気力はなかった。  返事するも何も。俺には言葉もないわ。  (さそ)えばしてくれるやろって、こいつは思ってるんやろか。  ありえへんやろ、そんなの。  そんなん、したらあかんのやで。  お前は遠いとはいえ親類(しんるい)なんやし、それにまだまだ子供なんやし、しかも男やないか。誰もお前に、そんな普通のモラルを、教えてくれてへんのか。 「竜太郎(りゅうたろう)、手紙はもうええわ。あのな、お前はもっとちゃんと学校通え。そこでしか学ばれへんことはあるんや。ちゃんと友達作れ。俺みたいになるな」  俺は思わず、(しか)りつけるような口調やったやろか。竜太郎(りゅうたろう)はビビった顔してた。  人様(ひとさま)の子に、いきなり言いすぎたかと、俺は助手席(じょしゅせき)蔦子(つたこ)さんを見たが、なんと蔦子(つたこ)さんは寝てた。  なに寝とんねん、大事なところやないか。  おかんやねんから、ちゃんと面倒(めんどう)見たらなあかんやないか、蔦子(つたこ)さん。  それでもそれは、非常識なうちの一族のモンには、無理な相談やったかもしれへん。  蔦子(つたこ)さんも多分、一般常識では()(はか)れないような人物なんや。  おかんの従姉(いとこ)で親友で、その上、うちのおとんの婚約者やったっていうんやから。  俺も大概(たいがい)、非まとも系やけども、秋津(あきつ)血筋(ちすじ)()む人間の中では、かなり常識ある部類(ぶるい)やと思う。  そうや、気が付いてみれば俺はまともや。その路線(ろせん)へ行けないだけで、何が普通かは知っている。  俺が教えへんかったら、竜太郎(りゅうたろう)は実はものすご非常識のままなんやないか。  それで学校でも友達でけへんのや。  せやから夏休み終わっても学校行きたくないんや。  もしかしたら、(いじ)められてんのやないか。  俺が何とかしたらなあかん。親戚(しんせき)の兄ちゃんなんやし、こいつは弟みたいなもん、てな。  悪い(くせ)やったな。悪い(くせ)の発動や。俺もつくづく学習せえへん男。 「でも僕は、アキ(にい)みたいになりたいねん。友達なんか()らへん。アキ(にい)が好き。ほんまに好きやねん。お願いやから、僕のことも、好きやって言うて……昨日の夜、式神(しきがみ)に言うてやってたみたいに」  もはや笑ってない、必死の顔の(ささや)き声で、竜太郎(りゅうたろう)は俺に(たの)んだ。  その切羽詰(せっぱつ)まったような口調に聞き覚えがあって、俺はまたショックを受けた。  まるでお前は勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)やで。勝呂(すぐろ)にそっくり。  可愛(かわ)いような童顔(どうがん)も、ほんまに児童なんやから当然やろけど、なんとなく勝呂(すぐろ)を思い出させた。  俺はあいつに、()まないことをした。つれない甲斐性(かいしょう)()しやった。  もう憎んでない。お前が悪いとは、俺はもう思ってない。  全部俺が悪かったんや。俺はもうお前のことを、嫌いではない。たぶん今でも好きやと思う。  (とおる)を好きなのとは、ぜんぜん違うふうやけど、弟みたいやったお前が、俺は可愛(かわい)かった。  なのに俺は、お前を(ひど)い目にあわせた。どうしようもない男やで。  (つたな)口説(くど)竜太郎(りゅうたろう)を見て、勝呂(すぐろ)(よみがえ)ったんかと、一瞬思った。俺も実はけっこう、(なや)んでたんやろ。  どうしたらええんやって、実際(なや)んでた。なんて答えればええのか分からへん。  それは無理やって言えば()む簡単な話が、別件の余波(よは)でねじれてた。  (だま)り込む俺に()えかねた空気で、竜太郎(りゅうたろう)がまた口を開いた。 「(さび)しいねん、アキ(にい)。僕、ひとりで(さび)しいんや。手紙で(たの)んだこと、(いや)なんやったら、別にいいねん。代わりに僕の、お兄ちゃんになって。僕とも時々遊んで。一緒にゲームしたり、どっか行ったりするだけでええねん」  何かを伝えてあったんか、手から逃げ出した紙人形が、俺のほうに来ようとするのを、竜太郎(りゅうたろう)はわしっと(つか)んで、(いや)や言わせてくれって(あば)れてるそれを、話しながらびりびり(やぶ)いた。  命はないはずの紙人形から、断末魔(だんまつま)の悲鳴が聞こえるかのようやった。

ともだちにシェアしよう!