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7-7 アキヒコ
なんか、増えてるで、勝呂 。前にはなかった追加部品が。
案外 、似合 うてるけど、天使か悪魔かわからんような顔してる。まるで、怒ってるみたいな。
俺のこと、怒ってても当然やけど、でも、天使って、怒ってることもあんのかな。あんまりイメージないんやけど。
無言で手を伸ばしてきて、勝呂 はするりとフロントガラスをすり抜けた。そして、なおも這 って、俺の腕を掴 んだままやった赤毛の指を、ひん剥 くように外 させた。
「もう蛇 とは別れてもうたんですか、先輩 」
咎 めてるとしか思えないような口調やった。
俺はあんぐりとして、見知った顔と向き合った。
勝呂 。お前。臍 まで見えてるで。そんなポーズしてたらあかんわ。
ごめんやけど見た。たぶん三秒くらい見た。
なんというウエストライン浅めのパンツや。着てない方がよっぽどエロないわ。
そして腹にも傷があった。ほんまもんや。
「ひどいやないか。よっぽど好きなんやって思たから、諦 めたのに。誰でも良かったんやったら、俺でも良かったんやないか。こいつ鳥ですよ、鳥!」
責 める勝呂 の話に、うんうんと、俺は気圧 されて頷 いた。
確かに赤毛は鳥やと思うわ。そういう気がする、俺も。
せやけどこいつは俺の新しい相手ではないです。今でも蛇 とは切れてないから。
相変わらず、べったりやから。今日はたまたま、留守番 させてるだけやねん。
そんなこと、怖くて、言うに言えへんかった。後光 が射 してたんやもん。勝呂 から。
「お告げがあります!」
どう聞いても怒声 やっていう早口で、あたかも天使なような勝呂 は言うた。
「神 の戸 の、岩戸 より、死の舞踏 が訪 れる。力ある者は備 えよ。万軍 の神なる主 に栄光 。天のいと高きところにホザンナ! アーメン!!」
なに言うてんのや、お前。死んだショックで頭おかしなったんか、って、俺は顔真っ青になってた。
勝呂 は上目遣 いの睨 む目で、ぎろっと俺を見て、そして赤毛の鳥を睨 んだ。
「触るな」
びしりと言い置く勝呂 に、赤毛はこくこくと頷 いていた。気圧 された訳やのうて、こっちは言われたから頷 いただけみたいやったで。
「先輩、仕事あるから行かなあかん。長くは居 られへんねん。また来ますから……」
一転して、可愛 いような声やった。
俺はあんぐりしてて、すぐには言葉が出えへんかった。
やっと出たのは、アホみたいな台詞 だけやった。
「勝呂 ……お前、死んだんやんな?」
「死にました。でもその後、いろいろあって、天使になってもうてん。話せば長いような短いようなですけど、もう行かなあかん、先輩。免停 ……残念でしたね。無事故 無違反 やのに」
残念やったな。その部分は、なんともならへんのか。
ならへんのやな。どんな奇跡 を以 てしても無理なんか。
「キスしてもええか、先輩」
切 なそうに伏 し目 になって、勝呂 は小声で訊 いた。
いいも悪いも、さらに寄ってきた勝呂 の唇 が、もう触 れそうやった。
どうしようか、って、俺は胸苦 しく悩 んだけど、悩 む必要はぜんぜんなかった。
赤毛が俺の髪 を掴 んで、遠慮 会釈 なく頭を引き寄せたからやった。
「痛い痛い痛い! 首折れるから!」
ほんまに殺されそう。そう思って焦 る俺の頭を、赤毛はびっくりしたように、ぽいっと手放した。
それでお前の膝 の上に倒 れる羽目 になったんやないか。そして勝呂 にめちゃくちゃ怖い目で睨 まれる羽目 になったんや。
「何をするんや、お前は……」
恨 んでる。そういう気持ちが良く伝わるように、俺はそういう声で赤毛に訊 いた。
「だって、止めへんかったら、キスしてまいそうやったから。邪魔 せなあかんと思って」
「お前が止めへんでも、ちゃんと断った」
俺は断言した。せやけど、お膝 の上で凄 んでも、ぜんぜん凄 みはない。
「嘘 やん」
赤毛も真顔で断言してた。成り行きで、俺を膝 に抱きながら。
「またもや出遅れたようで」
唸 る犬の声で、勝呂 がコメントをくれた。暗い目で睨 む勝呂 の視線の先には、赤毛の首元に無数についてた赤いキスマークがあった。
違うねん、誤解 やで、勝呂 。こいつとは何でもない。俺がつけた痕 やない。
その誤解 を解いても、状況に何か変わりがあるわけやないけど、でも誤解 せんといてくれ。こいつはただ、俺を踏 みにじってるだけのデカい鳥やねん。
「それでも俺、諦 めませんから。こいつにはまだ、負けたわけやない。先輩、俺は今でも、先輩のこと……」
なんやねん、勝呂 。俺のこと、今でも、何や。
アホやと思うてる?
ぷしゅん、と、立体映像が消えるみたいに消滅 した勝呂 のいた辺りを、俺は睨 みつけて思った。
お前、なんで肝心 のとこ言う前に消えんねん。
はい時間切れ、みたいな消え方やった。百円入れたら続き見れんのかみたいな。
そんなわけない。お告げの天使のご光臨 やったんや。どうも話せる持ち時間があるみたいやわ。
そんなんやったら肝心 なことから順 に話せ、お前は話の順序 がおかしいんや。前かてそうやったやろ。
車を包んでた白い光が消え、また激 しく始まったスピンの続きに、ぐるぐる回りだした景色で目を回しそうになりつつ、俺は祈 った。
死んでたまるか。
アホみたいすぎる。
我 を生みし天地 よ、我 を助け給 えって祈 ったわ。
奇跡 を起こせるのんは、別にキリスト教の神さんだけやない。俺かて起こせる。
本気で祈 れば、事故ぐらい止められる。
ということに、この時初めて気がついた。
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