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7-8 アキヒコ
激しく橋脚 に激突するはずやった車は、むにゃんと柔 らかく、ゴムか蒟蒻 にでもぶち当たってもうたみたいに、やんわりと跳 ね返 されて車線に戻り、そして、漫画 みたいに、バラバラっと崩 れた。
この車が大破 するという運命までは、変えられなかったんやろ。
それでも、車と共に大破 するはずやった俺の肉体のほうは、救 われた。痛いのは、赤毛に捻 られた首だけやった。
あまりの出来事に硬直 してもうたんか、赤毛はあんぐりして、膝 に抱いてた俺をさらにきつく抱きしめた。
嬉 しくない。もう。でも、ちょっと気持ちいい。
そんな正直すぎる無事 だった体を、俺が泣きながら実感してると、ものすごいサイレンの音が駆 けつけてきた。
「大丈夫か、怪我 しとうか」
血相 変えた神戸弁の白バイお巡 りさんは、まずそんな優しい事を言うてくれた。アホか死んで来いて言われても、ぜんぜん不思議ではなかったんやけどな。
「免許 見せなさい」
どう見ても無事 らしい俺と赤毛のことを、不気味 やという目で見ながら、お巡 りさんはそう求めた。
赤毛は俺を膝 に抱いたまま、ごそごそとパンツのポケットを探り、免許証 を差し出した。
持ってた、免許 。びっくりやったで。
「海道 寛太 、二十歳 ?」
写真と見比べられながら訊 ねられ、赤毛はこくこくと頷 いてた。
「救急車呼ぶから、まず病院へ。それから事情聴取 があるから、わかったね」
それには寛太 は顔をしかめた。たぶん、病院がまずかったんやろ。
せやけど逃げようもないやんか、車は鉄くず、相手はお巡 りさんやで。よもや一年に三回も、警察のお世話になるとはな。俺もつくづく悪い子なったわ。
もうどうにでもしてくれって、俺がぐったりしたところに、キイッとタイヤを鳴らして、一台のグレーの車が横付けしてきた。バタンとドアの開く音がして、血相 変えたような蔦子 さんの声がした。
「寛太 ! 怪我 してへんか!」
俺は、蔦子 さん。俺は死んでてもええんか。
裾 を乱 して鉄くずの中に駆 け寄ってきた蔦子 さんは、ほんまに心配そうに寛太 の顔を両手で包 んだ。
「怪我 してへん。本間 先生が、なんとかしてくれた」
にこにこ笑うて、鳥はやはり、けろっとしてた。
「ああ、そうなんか。どうもおおきに、坊 。この子はほんまに大事な子なんや」
俺の手を握 って、蔦子 さんは涙ながらに感謝 してくれた。赤毛はそれにも、ぼけっとしていた。
「連れて帰ります」
ぽかんと見てた白バイのお巡 りさんに、蔦子 さんは断言した。
いやいや、それは無理やから。常識的に考えて、こんな事故起こして、ほな帰りますわって訳にはいかへん。
しかし海道 蔦子 の辞書 に常識の文字はない。それはたぶん秋津 の血筋 や。
ますます、ぽかんとしてもうてるお巡 りさん二人に、ご苦労さんどすと挨拶 をして、蔦子 さんは俺と赤毛を立たせ、横付けした車に乗りうつらせようとした。
「ちょ……ちょっと、待ってください、奥さん」
我に返って慌 てたお巡 りさんは、手を宙に浮かせて、声を上ずらせてた。
蔦子 さんはそれを、振 り返りもせずに、寛太 を後部座席に押し込むと、俺にも乗れと促 した。
車内には、後部座席の奥に青い顔した竜太郎 がいて、そして運転席には、初めて見る顔が乗っていた。
厳密 には、初めてやない。写真を見たことがある。
例の神父 やった。金髪 で、碧眼 の。
ここに来る前に教会 で見た、人の良さそうな神父 と同じ、黒い祭服 を着て、襟 には白いカラーをしてたけど、何とはなしに、冷たい感じのする人物やった。
淡 いブルーの目で、神父はじっと俺を見てから、運転席のドアを開けて、車道に降り立った。
そして突然にこやかになり、呆然 としてるお巡 りさんの片方に、名刺 のようなもんを差し出した。
「私はこういう者です。どなたか他に事故に巻き込まれて、怪我 をされた方はおいででしょうか。私には治療 の心得 があります。必要のある方がおいででしたら、治します」
すらすら流 ちょうな日本語で、金髪の神父 は喋 ってた。
微笑 む目に力があるようで、それで見つめられたお巡 りさんたちは、いやあ、特に怪我人 はいません。不幸中の幸 いでした。と、頭を掻 きつつ話した。
「それは、きっと、神のご加護 があったのでしょう。ついでですので、道も片付けていきます。ご迷惑 をおかけしまして、申し訳ありませんでした」
小さく頭を下げて見せて、それから神父は道に散乱 した、元は車やった部品の数々 を眺 めた。
「いと高き神の御名 において命 ずる、消えよ」
誰にも聞こえないような、囁 く小声で、神父の口がそう言うのが、俺には聞こえた。そして道に散らばっていた鉄くずが、ふっと掻 き消えるのを見た。
後には何も残されてはいなかった。急ブレーキをかけたタイヤの跡さえ、残っていない。
ただひとつ、車についてたナンバープレートを除 いて。
神父はそれを拾 いにいって、板に書かれた数字を面白そうに眺 めてから、蔦子 さんに返してやっていた。
それから歩いて戻り、にこやかにお巡 りさんと顔を見合わせて、優しく呟 いた。
「もう帰ってよろしい」
そう言われて、お巡 りさん達は、どことなく、ぼんやりと幻惑 されたような目つきでいた。
そのまま何も答えず、白バイに跨 ってエンジンをかけて、二人は去っていってもうた。
俺はその光景 に呆然 としてた。
お前は、ジェダイ騎士 か。理力 が使えるんか。
映画「スター・ウォーズ」の世界を地 でいってる。
どんなんしたらできるんやろ。そんなこと現実に可能なんやったら、俺もしたいわ。
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