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7-9 アキヒコ

 どうせなるなら霊能者(れいのうしゃ)よりジェダイ騎士(ナイツ)やろ。それは霊能者(れいのうしゃ)差別(さべつ)か。  可能なんやったら水煙(すいえん)にライト・セイバーになれって(たの)もうか。アホかって言われるだけか。  でもあいつは一度、おとんに太刀(たち)から軍刀(ぐんとう)に作り替えられてるんやから、一回も二回も同じやろ。  それに絶対、軍刀(ぐんとう)よりライト・セイバーのほうが携帯(けいたい)に便利やって。使わへんときには、カラオケマイクくらいの大きさやんか。ストラップついてるみたいやし、それならお前を毎日連れ回してやれるんやけどな。  まあ、どっちにしろ普通ではない。毎日、サーベルを持ち歩く男も、ライト・セイバーを持ち歩く男も。  (さいわ)いにして水煙(すいえん)が、普通の人間には見えないというのが、俺にとっては(すく)いや。  そういえば水煙(すいえん)は、って、今(あせ)った人は、注意深く話を聞いてるタイプかもしれへん。  水煙(すいえん)は俺と一緒に車に乗っていたか。そして一緒に事故にあって、鉄くずと共に神父(しんぷ)消滅(しょうめつ)させられたのか。  (ちが)う。まさか、俺もそこまで薄情(はくじょう)やない。  水煙(すいえん)は、俺とは一緒に出かけたくないと言った。いや、厳密(げんみつ)には、何も口利(くちき)いてくれへんかった。  さあ出かけようという時になって、俺は気づいた。新開(しんかい)道場(どうじょう)のガレージで俺がキレて怒鳴(どな)りつけて以来、あいつが一言も口利(くちき)いてないことを。  何を怒鳴(どな)ったか、ろくに憶えてへん。何か、よっぽど腹立つようなこと言うてもうたんかな。  昨日はすまんかった。今日は蔦子(つたこ)さんと、(なまず)の話をしに、神父(しんぷ)んとこ行くんやけど、お前も来るかって、客間(きゃくま)に戻って()いたら、無視された。  無視されてんのに、そう何度も食い下がるのも、格好(かっこう)つかへん。それで(あきら)めて、置いてきた(わけ)や。  あいつは一体、何を怒ってんのやろ。思い当たる事が一杯(いっぱい)ありすぎて、どこから解決していいかわからへん。  昨夜(ゆうべ)もまたうっかり、あいつをベッドに放置したまま忘れて、(とおる)()がせて、あんなことやこんなことや。  ……くらくらしてきた。自分の最低さに。  ライト・セイバーとか言うてる場合やないで。ほんまに愛想(あいそう)つかされる。ジュニア、餓鬼(がき)の遊びやあらへんでって。  俺はこの当時、ほんまに餓鬼(がき)やったんやと思うわ。車乗り回して、酒飲んで、好きな相手と抱き合って寝て、それで大人になったようなつもりでも、言うてもたったの二十一歳やからな。  まだ大学も出てへんかったんや。(まち)ひとつが抱えてる、何千何万という人の命を背負(せお)うには、あまりにも自覚(じかく)(うす)かった。  そやけど、後になってから思うけど、そんな自覚(じかく)を持てる人間なんて、今時(いまどき)の世の二十一歳に、いったい何人おるやろ。  俺が言うのも変やけど、俺はあくまで普通の子やった。自分の幸せ、自分の家族の幸せ、自分の恋人の、自分が顔を知っている人たちの幸せぐらいまでしか、本気の本気では(いの)られへんかった。  (まち)を愛するという気持ちは、わからんでもない。俺は故郷(こきょう)を愛してた。自分が生まれ育った京都の街を。  そやけど神戸(こうべ)は見知らぬ街で、そこに住むのもほとんどが赤の他人や。  そんな街のために命を捨てて戦えと言われて、はい、そうですか、誠心誠意(せいしんせいい)頑張(がんば)りますなんてな、そんな事、咄嗟(とっさ)に思えるわけがない。  自分の幸せが大事やった。  いつも通り大学で絵を描いて、時々映画観て、(とおる)と飯食って、そういうのが幸せで、それが永遠に続けばええなって、そういう安易(あんい)な幸福を夢見てた。  なんで俺が、見ず知らずの赤の他人達のために、それを犠牲(ぎせい)にせなあかんのや。  まあ、言うなればそれが、子供の考え。そのままでは俺は、永遠におとんには勝たれへん。  おとんは(よわい)二十一にして、国のために死ぬ覚悟(かくご)を決めた。そして実際に死んだ。そんな話は、昔は全然(めずら)しくもなかった。  おとんも死にたくはなかったやろ。(いと)しい家族と一緒にいたかったやろ。生まれ育った京都の街が好きやったやろ。  それでも、やむをえぬ大義(たいぎ)と行き合ってもうて、それが()血筋(ちすじ)(つと)めと覚悟(かくご)を決めて、故郷(こきょう)を遠く離れた異国の海で戦って死んだ。  それが大人の男ってもんやった。別に死ぬ必要はないんやけどな、自分の幸福を、赤の他人の幸福ために犠牲(ぎせい)として(ささ)げる勇気があるかどうか、それが男気(おとこぎ)というものや。  ()しくも俺も、おとんと同じ二十一歳やった。  お前のおとんにできて、なんでお前にできないはずがあろうかという、そんな天地(あめつち)思惑(おもわく)か。俺は(ため)されようとしてた。大人になれるかどうかをな。  なんで俺がという()いには、明解(めいかい)な答えがあった。勝呂(すぐろ)が伝えに来た、神さんからのお()げにも、その答えがあったやんか。  力ある者は(そな)えよと。  人にはない力を、俺は(さず)かった。戦える力のある者が戦う。それは当然のことや。  力ある血筋(ちすじ)に生まれついた俺にとって、それは義務(ぎむ)やった。  お()げの天使(てんし)は、この時期、様々(さまざま)な人のところに姿を現した。  目に見える形で、あるいは目には見えへん形で、それぞれの取るべき道を教えた。総勢(そうぜい)一丸(いちがん)となって、この危機(きき)を乗り越えよと。  神父(しんぷ)は車の(わき)に突っ立っていた俺に、歩み寄って挨拶(あいさつ)をし、自分は神楽(かぐら)(よう)であると名乗(なの)った。  ヴァチカンから特派(とくは)された悪魔祓い(エクソシスト)で、襲来(らいしゅう)予言(とげん)されている悪魔(サタン)と戦うために来た。  その大事(だいじ)の前には小事(しょうじ)にはこだわらない。力を貸して欲しいと、俺に頭を下げた。  俺はあまりの訳のわからなさに、答礼(とうれい)もせずに、ぼけっと突っ立っていた。まだまだそんな若造(わかぞう)やった。  困惑顔(こんわくがお)の俺を見て、神楽遙(かぐらよう)はにっこりと笑った。  それは、俺でなくても、うっとり見とれるような顔やった。 ――第7話 おわり――

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