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8-4 トオル

 でも、できへんかった。一遍(いっぺん)だけ、辛抱(しんぼう)たまらず血を吸うてやったら、この化け物めみたいな目で見られたわ。  俺はそれに、ものすごく傷ついた。  そう思うのは、当然やろけど、あの人は俺を悪魔(サタン)にする男。そういう目で見てた。  アキちゃんみたいに、お前は綺麗(きれい)やなあって、血を吸う俺をうっとり見たりせえへんねん。それはそれで、まともなんやろけど、まともな男なんか欲しないわ。  俺に狂っててほしいんや。骨の(ずい)まで俺のもの。一緒に永遠に生きてくれるようなのを、俺はずっと求めてた。  そんな男とやっと出会えて、俺は幸せ。今度こそハッピーエンドやって、ちょっと前まで思えてたのにな。  難しい、愛って。  お前が欲しいって、なりふり(かま)わず貪欲(どんよく)に求めて、やっとアキちゃんを手に入れた。もう誰にも(わた)さへん、全部俺のもんやって、満足してみて気がついた。  俺はアキちゃんを深く愛してる。  アキちゃんを不幸にするのが、もしも自分やったら、俺は自分であっても殺したい。アキちゃんが、俺がいないほうが幸せになれるんやったら、どこかに消えたい。そう思ってた、最初から。  俺は本来、そういう深情(ふかなさ)けやったんかもしれへん。  俺といると、人間は誰でも不幸になる。幸運は(さず)かるし、金も集まる。  それが幸せかっていうと、そうとは限らん。  アキちゃんみたいに絵を描く奴とも、しばらく一緒にいたことあるけど、俺のお(かげ)か売れない画家が、急にめちゃめちゃ売れ始め、(ざい)に狂ったようになってきて、まともな絵なんか描けへんようになった。  何これみたいな落書きを、目の飛び出るような金額で売り飛ばして、夢のような堕落(だらく)生活。  そんな男に愛想が()きて、可哀想(かわいそう)やと思うてトンズラこいたら、半年()たずに落ちぶれて、高級ホテルの最上階の部屋(ペントハウス)でピストル自殺やった。  そいつは死ぬとき俺の名を、叫んだらしい。  死ぬとき部屋におった、お金で買える愛を売ってるやつが、そう話してた。お前は悪魔(サタン)と、俺を憎む目で。  どこへ行ってもそうやねん。俺は悪魔(サタン)。  神様になったのは、アキちゃんのとこが初めて。  どっ派手な花火みたいな贅沢(ぜいたく)がなくても、手を(つな)いで歩けば幸せ。そんなの俺には初めてで、アキちゃんが好き。  俺のせいで不幸になってほしくないんや。 「どしたん、(とおる)ちゃん。(せつ)ない顔して。『冬ソナ』ハマってもうたんか。それとも、本間(ほんま)先生に置いてけぼり食わされて、(さび)しなってきたんか」  からかう声で、(とら)()かれて、俺は我に返ってた。  (さび)しい。そうやな。めちゃめちゃ(さび)しい。アキちゃんとずっと、一緒に()りたい。 「うん……(さび)しいわ、俺は」  素直(すなお)にそれを(みと)めると、(とら)は俺を見て顔を(くず)し、ふっふっふと面白(おもしろ)そうに笑った。 「ほんまに可愛(かわい)いな、お前は。先生はついてる。お前みたいなのを(はべ)らせて」 「そうやろか」  ほんまにそう思うかって、俺は信太(しんた)(すが)りたいような気持ちがしてた。  アキちゃんは俺といて、幸せそうに見えてるか。 「そら、そうやろ。抱いてやったら、好きや好きやて(あえ)いでくれて、(さび)しい顔して帰りを待っててくれてたら、それで文句なしやろ」  まるで文句があるみたいな言い様で、信太(しんた)苦笑(くしょう)していた。 「言わへんの、あいつ。信太(しんた)のこと、好きやって」 「言わへんなあ。聞いたことない。何してやっても言わへん」  燃え()きた煙草(たばこ)灰皿(はいざら)に押しつけて、信太(しんた)は二本目に手を出していた。  それにはどうも、独特の香木(こうぼく)が含まれている。外道(げどう)にとっては()うような、甘い(にお)いがしてた。  見たことないパッケージやったし、わざわざ注文して作らせてるようなモンかもしれへん。  その香りを()いで、俺も何とはなしにうっとり来てた。いい(にお)い。  寛太(かんた)はこれも、平然(へいぜん)と吸ってたけど、あいつはほんまに不感症(ふかんしょう)なんとちゃうか。何も感じない体なんやないのか。 「俺には言うてたで、お前のこと好きやって」  その朝、家の前で話したことを思い出し、俺は信太(しんた)に教えてやった。 「ほんまか。それは」  (うそ)やろっていう苦笑(にがわら)いで、信太(しんた)()れていた。俺の話を素直(すなお)には信じられへんけど、(うれ)しいことは(うれ)しいらしい。  二本目に火を入れようとするオイルライターを見て、俺は気がついた。それが、(つばさ)(たた)み込みながら()()りたばかりのような、細く長い足をした鳥のレリーフで装飾(そうしょく)されていることを。  お前、それも作ったな。赤い鳥グッズを。えらいラブラブですやん。  お前のほうから、言えばええやん。好きなんやったら、好きやって、言うてやればええやんか。  お前のツレは、お前は誰でもええんやって思うてる。たまたま自分を抱いてくるけど、それには意味がないんやと思ってる。大勢(おおぜい)いるうちの一人なんやって。 「寛太(かんた)にお前のことな、可愛(かわい)い奴やったって教えてやってん。抱きたいわ、俺もあんなんがええなあ、って。そしたらあいつ、そうか、って、平気でにこにこしてたで。普通、怒るんやないか、やってる最中(さいちゅう)の話なんやで」  それは激痛(げきつう)の走る話やな、信太(しんた)。お前のイケてなさに。  なんで、わざわざ選んで、そんな話するんや。  ()かせたいんか、あいつを。どうせそんなとこやろ。  でも、そんなことのために、他のを口説(くど)くってのは、どういうもんやろ。見た目平気でにこにこしてても、傷ついてるかもしれへんで。  そうでなくても、お前は(きず)ついてる。  向こうが全然()かへんことに、(きず)ついてるように見えるけどな。

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