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8-5 トオル
「あいつは俺を、好きは好きやろ。でも誰でもええねん。今日は啓太 とやれって言うたら、平気でやりよるし、それでも気持ちええらしいわ。誰がやっても同じ声で鳴 いて、同じようにイクんやから、あいつは無節操 やねん。俺が横で見てても全然気にせえへん」
腹立たしそうに、信太 は話してた。
でもそれに、お前が怒れる立場かな。
お前がやれっていうから、やってるだけなんやで、きっと。
三人でやんのかって、客間 に俺らを送ってきたとき、寛太 は皮肉 な笑 みやった。
水煙 をよそへやらないアキちゃんを見て、そういうふうに思ったんやろ。こいつも同じか、って。
「そんなん、やらせたらあかんよ、信太 。お前はそれが好きなんか?」
「いいや。見てると妬 け死にそう」
変態 かお前。
うつむいて煙草 吸ってる信太 の、マジでつらいという顔を見て、俺は呆 れた。
「でも、あいつはまだまだ不安定で弱いし、精 つけさせてやらなあかん。俺も夏場 は絶好調 やけど、冬には啓太 のほうがイケてるしな。あいつは氷雪 の精 やねん。ちょい冷たいけどな、無茶苦茶 せえへんから、安心やわ」
てめえは無茶苦茶 してるらしいのに、信太 はそんなことを言うて、それでも心配やから、ついつい横で見ててまうんやと自嘲 の顔をした。
「寛太 は不死鳥 で、実体 のない、想像上のもんやからな、弱ると消えてもうて、それっきりやねん。俺は怖いんや、あいつが消えてしまうんやないかと思って」
不死鳥 って、名前だけ? ほんまは死ぬのか。
知らんかった、殺さんといて良かったわ。
色っぽいのとは別の意味で、虎 と一戦交 える羽目 になってたかもしれへん。
「あいつはまだ、目覚めてへんみたいやわ。愛とは何か、全然分かってへん。それが分からんでは神にはなられへん。誰でもええねん、愛してくれれば……」
「お前じゃあかんの」
わかってないふうな虎 に、俺は一応訊 いといた。
お前らちょっと、すれ違 ってないか。
若干、韓流 ドラマ入ってないか。
甘く切なく、すれ違う愛、みたいなやつ。
どうせやったら臭 い台詞 も入れとけばええのに。
お前ももっと、蔦子 さんと泣きながら『冬ソナ』見とけばよかったのに、信太 。これ若干 、愛のバイブルやで。
「俺か。俺やったらええけどな」
照 れた風 に呟 いて、信太 はそれでも苦笑の顔やった。
「お前やろ」
俺は念 のため、アホでも分かるように言うてやった。信太 はそれにも、とぼけていた。
わざとか。わざとやってるんとちゃうか。
分かるやろ普通。俺かな、みたいな、そんな手応 えくらいは掴 んでるんやろ。
敢 えてすれ違っているとしか思えない。
まさかと思うけど、照 れてんのか。恥 ずかしいのか。あいつが自分のこと愛してるんやって結論するのが。愛してくれって、頼 むのが。
「飯 行こか、亨 ちゃん。元町 の南京町 行って、フカヒレラーメン食わせたろ」
「ちょっと待て、話逸 らすな。そこが逃げたらあかんとこやないか」
さあ行こう、みたいな元気さで、すっくと立ち上がってた信太 を、俺は思わず足に縋 って引き留 めていた。
フカヒレラーメンより大事なことが世界にはあるやろ。
「やめてくれ……俺はもうけっこういいトシやねん。恥 ずかしい、あんなお肌 つるつるの奴に惚 れるのは」
いややいやや、絶対無理やみたいに、信太 は首を振 っていた。
「いや、もう手遅れやから。お前、客観的に見てベタ惚 れくさいから。往生 しろ」
ポケットを掴 む俺の手を、信太 は焦 ったみたいに振 り払 ってきた。それで俺は、がっくり床 に崩 れ落ちてた。ご無体 な。
「いいや、そんなことない。俺はそんな純情 な男ではない。今日かてお前とデートするし、隙 あらば食うてまうつもりやから」
「やめとけ、そんなん。お互 いツレのある身やないか。操 を立てろ、虎 」
俺は説得 したが、信太 はいくぶん青い顔して、ぶんぶん首を振 っていた。
「いいや、そんなことせえへん。車出すから、赤いオープンカーで行ってまうから。しかも二人乗りのスポーツタイプで、エンジンぶんぶん改造 してあるやつやから」
「そんなんええねん、普通のセダンでええねん。無駄 に悪い子ぶるな、素直 になればええねん」
素直 に、なれたら、こんなの、十年もやってへんて、信太 はほとんど身悶 えつつ頭掻 きむしってた。
なんやねん、お前。不器用 な不良 みたいな。
そういうノリか。顔だけにしとけ、そんなん。
それでも信太 はもう俺の素直 のススメには取り合わず、言うてたとおりの真っ赤な車の助手席に、俺を座らせエンジンをかけた。
ぶるん、て、ヤケクソみたいな音がした。
それで真 っ直 ぐな道をぶっとばすと、最高に気持ちよかったけど、風がうるそうて話にならへん。
逃げるな、戦えと、俺は説得 を続けたが、信太 はカーステをがんがんにかけ、俺は聞かんの構えやった。
動揺 を読まれたくないんか、真っ黒いサングラスまでかけてもうて、蕩 けたバターみたいな目を隠 してた。
こいつはいつも、どんな顔してあの鳥を見てんのやろ。
アホみたいに進歩なく、おんなじところをぐるぐる回って、溶 けてバターになっちゃった、みたいな。そんな話か。
ぼけっとしてる赤い鳥さんを、蕩 けたような目をして見ているこいつが、何となく想像がついて、俺は悔 やんだ。
寛太 が妬 かへんのは、こいつが自分に惚 れてることを、どこかで分かってるからやないか。
それとも妬 けるけど、素知 らぬ顔をしてるのか。意地悪 したろって、ほったらかしてやって、向こうが折 れて泣きついてくんのを、気長に待ってるんとちゃうか。
白亜 の長安門 をくぐった先のチャイナタウンの食堂で、仲良く二階の個室に引きこもってフカヒレラーメンとフカヒレまんを食らいつつ、俺がそう説得 すると、虎 はうつむき、わなわな来てた。
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