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8-6 トオル
「あのなあ、亨 ちゃん。せっかく来たんやし、デートに集中しよか。美味 いやろ、フカヒレラーメン」
「うん、美味 い。それでな、どうして信太 はやるとき鳥を噛 むんや」
激 ウマのスープで炊いたフカヒレが、たっぷり詰まった饅頭 を囓 りつつ、信太 は泣きそうな顔してた。
「なんで訊 くの、そんなん。知ってどないすんの」
「いやいや、俺も噛 まれたら困 るし、誰でも噛 むのかなと思いまして」
にこにこ訊 ねる俺に、虎 はくうっと小さく泣いて、廊下 で番 してるおばあちゃんに、中国語で怒鳴 った。どうも追加注文をしたみたいやった。
愛想 のいい満面 の営業スマイルを浮かべた華僑 のお婆 ちゃんが、ゴマ団子 と桃饅頭 を持って現れ、ほかほか湯気 をあげるそれを、翡翠 の腕輪 をしたしわしわの手でテーブルに並 べた。
信太 はそれを一人でがつがつ食らい、俺には一個もくれへんかった。
せめて桃 マン一個くれよ。俺それ好きやのに。
「誰でもなんか噛 まへん。心配すんな」
鉄観音 をぐびくび飲んでから、信太 は気合いを入れた声でやっと答えた。
「あれはな……あれは、なんでか噛 んでまうんや。あいつな、誰とやっても一緒やけどな、俺が抱いた時だけ、気持ちいいって、ぽろぽろ泣くんや。それが可愛 いねん、堪 らんのです。それで気がつくと、がじがじ噛 んでまうんや。癖 やねん、たぶん……その、めちゃめちゃ燃えた時の」
言うてもうた、もっとなんか食おかって、虎 は悔 やんで、またお婆 ちゃんに何か叫 んでた。
やけ食いするほど困 ることないやんか。別に普通に話せば。
「俺のことは、噛 まんといて。アキちゃんに、殺されるから」
「心配すんな。滅多に噛 まへん。千年に一人ぐらいや」
最後の桃饅頭 を食いつつ言って、信太 はきゅうに、ぼんやりとした。
「どしたん」
俺が微笑 んで訊 ねると、信太 はため息をついた。
「なんや、急にムラムラ来たわ。帰って、寛太 とやりたい」
ほんまにそれが切 なそうな言い方で、俺は笑 けてきた。
「ほな、そうしたら。俺はアキちゃんとやるし」
「いや、それやと、連れ出した手前 、格好 がつかへん。キスぐらいしとこか」
真面目 な顔でそう言って、信太 は茶を飲み、それからおもむろに、テーブルの斜 に座る俺の顔を引き寄せて、唇 を塞 いだ。
それは不思議 なもんやった。微 かにざらつくような猫科 の感触 がある舌で、信太 は俺の舌を吸ってた。
そのキスは巧 みやったけど、俺は特に何も感じへんかった。
相当 遊んでんなあ、こいつって、思うだけ。
じっと見つめ合って、しばらく舌を絡 めて、それから信太 は苦笑 いした顔で、俺を離 した。
「なんともないんか」
「なんともないな……」
アキちゃんとする時みたいに、うっとりけえへんわ。
「自信なくすわ」
くすくす笑って、信太 はまた茶を飲んだ。
そして、負 け惜 しみなんか、照 れ隠 しなんか、小声 で吐 いた。
「でも俺も、実はなんにも感じないんや。寛太 がええわ。あいつとする時が、一番気持ちいい」
そういうもんなんやなあと、俺は初めて気がついた。
アキちゃんと出会ってから、他のやつとキスしたの、これが初めて。
それまでは、誰とやっても同じやと、何となく擦 れていた俺が、アキちゃんに抱かれて、熱くキスされると、それだけで初心 な子みたいに、ぶるぶる震 えてる。
アキちゃんを他と、比 べようがない。たぶん、それくらい好きやねん。
「ごめんな、嫌 やったか」
信太 は済 まなそうにそう詫 びてきたけど、俺は一種爽 やかな気持ちでにこにこしてた。
「いや、ええわ。勉強になった」
「何の」
「深淵 なる愛の世界の」
俺がにやにや答えると、信太 もにやにや苦笑していた。
「何や腹立つ。俺より、あの先生の、どこがええんや」
悔 しいらしかった。分かる気はする。それは男の性 や。
「お前の舌はな、微妙に痛いねん。ちょっと獣 すぎへんか。本性 出過ぎ」
俺は自分の舌を見せてやり、それを指さして教えた。
亨 ちゃんは蛇 やけど、別に舌先 が二つに割れていたりはせえへんで。好きな子相手とそれ以外とで、声色 違う二枚舌かもしれへんけどな、見た目は普通。
せやからキスした感触 かて、普通というか、普通以上や。
言うとくけど俺は、長い時をかけて、自分の体を恋愛体質に特化 してきてる。ほぼ全ての精力 をその方面に傾 けてる。
人並 み外 れた磨 きかけてるでえ。それにいろいろ器用 やからな、アキちゃん悶絶 するわけですよ。
外道 がどんな姿をしてるかは、そいつの性格でもあるんや。なにを重視 してるかがな、表に出てくる。
信太 はあくまでタイガーで、それに誇 りを持っていた。そういう気分が滲 み出てる。
「ええやん別に、獣 すぎでも。この舌もこれはこれで、ええもんなんやで」
「なんで。皿からミルク舐 める時に便利とかか」
「いやいや。乳首舐 める時とか。他もいろいろ。慣 れると泣ける悦 さらしいで」
ああ食った食ったみたいに煙草 を一本取り出しながら、信太 は真顔 で言うてた。
まったく誰から聞いた感想や。わかるけど想像させんといてくれ。俺までムラムラしてくるやんか。
「何なら亨 ちゃんも体感 しとく? いっとく? この場で少々体験版 を」
まだ火のついてない煙草を口の端 に銜 えたまんま、信太 はマジなんか冗談 か、よう分からん口調で言うて、アキちゃんが一番上まで留 めてた俺の服のボタンを、上から順に外してきた。
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