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8-11 トオル

 つまりな、皆さんお住まいの秋津島(あきつしま)には元来(がんらい)、神の善玉(ぜんだま)悪玉(あくだま)をキッパリと区別する考え方がない。  人間と一緒で、一柱(ひとはしら)の神の性格にも、良い面と悪い面があるんやろ(てき)な見方をしてる。  せやから()れてる神さんも、お(まつ)りしてご機嫌(きげん)うるわしゅうなっていただいて、できたら人間様の生活の助けもちょこっとしてくれたらええなあって、そういう、(ゆる)うい世界で暮らしてる。  神でも鬼でもいっしょくた。  強大な力を持った超常(ちょうじょう)の存在が神で、そこそこのやつは妖怪(ようかい)とかな、ぱっと見(こわ)かったら(おに)怨霊(おんりょう)か、それでも改心(かいしん)して、ええモンになってまえば、やっぱり神さんや、みたいな。  ええかげんやねん、いい意味でアバウト。  決めつけたらあかんねん。人間かてそうやろ。  お前は悪いやつやって決めつけられたら、ほんまに不良(ふりょう)になってまうねん。  周囲の愛と理解が重要やねんて。神が()れるも(めぐ)むも、それは人間しだいやねん。  俺をもっともっと愛してよ、アキちゃん。  ほんまにもう、俺がムカつくことせんといてくれ。  俺はお前が好きなんやから。俺を悪魔(サタン)にせんといて。ずっとイイ子で()りたいねん、お前の(そば)で、永遠に幸せで、ご機嫌(きげん)うるわしゅうしていたい。 「アキちゃん……お前が先に俺に(あやま)れ」  蛇体(じゃたい)のまま、俺は命令した。  アキちゃんはそんな俺を、(ひる)まず(にら)んで答えてきた。 「(いや)や。なんで俺が先や。お前が先に(あやま)れ」  絶対(いや)や。なんで俺が先やねん。  やるしかないようやな。  神と(げき)との、痴情(ちじょう)がもつれたデスマッチを。 「やめなはれ、ほんまにもう、二人とも! アホやと思わへんのか」  渋々(しぶしぶ)やけど、巫女(みこ)血筋(ちすじ)を引く海道(かいどう)蔦子(つたこ)さんが、(しず)まり(たま)えと俺を(おが)んでくれた。  でも悪いけど、蔦子(つたこ)さん、それはアキちゃんの仕事やねん。  アホは俺やのうて、俺のツレのほうやねん。あいつに俺を(おが)ませろ。  ()れた弱みで下手(したて)に出てりゃ、()()がりやがって。  この際、俺の恐ろしさを思い知らせて、向こう百年の布石(ふせき)としてやるんや。  (しり)()いてやる。  そう決心して、俺はアキちゃんを、(しり)()きはせえへんかったけど、ぐるぐる巻きにしてやった。  そして、食べちゃうぞみたいに(すご)んで見せたんやけど、アキちゃんは(まい)ったような顔やなかった。  それどころか、ちょっと(まぶ)しいわみたいな顔された。  しまった、そうやった。  うちのツレはちょっと変態(へんたい)で、蛇体(じゃやい)の俺が好きなんやった。  美しいなて思うらしい。しかも何やら(みょう)なエロスを感じるらしい。  いやあん、みたいな。  普段はそれでええねんけどな、アキちゃん、今は喧嘩(けんか)してんねんから。  何やってんのか分からんようになる。せやからそんな目で見んといて。  俺もうっとり来てまうやんか。  それで何や()ずかしくなってきて、さんざん海道家(かいどうけ)居間(いま)をのたうち回った()()、俺は気がついた。  奥の(はな)れに続く廊下(ろうか)から、何事かという顔で現れた金髪碧眼(きんぱつへきがん)黒衣(こくい)の男が、そのお綺麗(きれい)女顔(おんながお)で、ぎょっとして俺を(にら)み、一瞬、アキちゃんと同じ、魅入(みい)られたような目をしたのを。  そいつは神父(しんぷ)と思われた。写真で見たのと、同じ顔してる。  それにそいつは、はっと(われ)に返る顔で胸から下げた銀の十字架(じゅうじか)(にぎ)り、俺に向かって(さけ)ぶ声になった。 「いと高き神の御名(みな)において(めい)ずる、悪魔(サタン)よ去れ!」  (いや)と言うほど聞き覚えのあるそのフレーズに、俺は条件反射(じょうけんはんしゃ)で、ひいいいってなってもうて、一瞬にして人型(ひとがた)に戻り、それまで蛇体(じゃたい)に抱いていたアキちゃんに、今度は逆に抱きついた。 「助けて、助けてアキちゃん、悪魔祓い(エクソシスト)や!」  ムカついて、いろいろみなぎったせいか、俺はすっかり元気になっていた。  声かて、すっかり元の通りの、可愛(かわ)いような美声(びせい)やで。しかもちょっぴり甘え声。  海道家(かいどうけ)の皆さんは、散々(さんざん)(あば)れた俺を()けて、蔦子(つたこ)さんも(ふく)めた全員が居間(いま)(かべ)に張り付いていた。  その迷惑顔(めいわくがお)のど真ん中で抱き合って、俺はアキちゃんの首に(すが)り付いてた。 「怖いよう。俺、何にもしてへんのに、こいつら俺が悪魔(サタン)やって言うねん。お願い、アキちゃん、俺のこと守って」  泣きつく俺を見て、アキちゃんはほんまに呆然(ぼうぜん)というか、開いた口がふさがらんという顔やった。  部屋にあったでっかいテレビも調度品(ちょうどひん)もボロボロで、ガラスの茶器(ちゃき)(くだ)()り、見る影もなく()れた居間(いま)のそこかしこから、なんか冷たい視線が俺を()してた。  あれれ。なんでやろ。俺って今、実は(わる)モン?  そんなことない、イイ子やろ? めっちゃイイ子やで?  アキちゃん、愛してる。お願い、助けて。俺のこと、愛してるやろ?  俺が必死にそう(ささや)くと、首に俺を抱きつかせたまま、アキちゃんは泣くみたいに、ふふふと笑った。 「残念やけど、愛してるみたい」  自分の心とじっくり相談してから、アキちゃんは嫌々(いやいや)みたいに答えてきた。  それでも一応、俺を抱いててくれた。  せやし、まあええかと、俺は思った。    アキちゃん大好き。気持ちええわあ、もっと強く抱いて。  そして、(おそ)(おそ)る神父を見つめた。  神父は青い顔で、俺を見ていた。  それが神楽(かぐら)(よう)と俺との、初対面(しょたいめん)。  まずは、最悪の第一印象と言えた。 ――第8話 おわり――

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