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9-1 アキヒコ
「蛇 ですよ、本間 さん」
神楽 神父 はカッチカチの標準語で俺にそう言った。
亨 がズタボロにした海道家 の居間 に座り、蛇 から人型 に戻った亨 を抱いている俺を、十字架 握 って、廊下 に佇 み、じっと睨 みつけながら。
「そうです、蛇 ですけど、神楽 さん。こいつは俺の式神 なんです」
それに真面目 に答えつつ、なんでこの人、標準語なんやろって、俺はまたそれを思った。
神楽 神父 は、事故現場から海道家 への道々 、にこやかにハンドルを握 りつつ、自分は神戸出身やと言うた。
たぶん俺らが暗かったからやろ。そんなに明るい性格には見えへん人やのに、ずっとひたすらにこやかで、当たり障 りのない身の上話を、俺を相手に話してくれていた。
後部座席 では顔面蒼白 の竜太郎 が端 にいて、真ん中に赤い鳥が、俺は最後に乗ったせいで、右端の席に。
しかしこうなるともう、竜太郎 の隣 でも、鳥の隣 でも、気まずさの度合いなんか似たようなもんや。
事故を起こした鳥だけが、にこにこのんきに微笑 んでいて、蔦子 さんも竜太郎 も青い顔。
俺は俺で、首が痛いのもあって、耐 えようとは思うものの、どうにも苦虫 かみつぶしてた。
霊能者 の勘 か、神父は鳥には話しかけへんかった。これが人ではないということは、神楽 神父にも分かったらしい。
せやけども、邪悪 さの欠片 もない赤い鳥のことを、どう判断したもんか、悪魔祓い は決めかねた。それで無視した。そういう事みたいやった。
昔、六甲 あたりに住んでいたと、神楽 神父は俺に話した。聞いてるように見えるのが、俺だけやからやった。
それでも努 めて気さくに話す神父はどうも、俺らを励 まそうとしているようやった。
見るからに、真面目 そうな奴。
せやけど綺麗 な顔に似合わず、性格が暗そう。
写真だけでは分からなかったその事実を、俺は肌で感じて、無理して話さんでもええのにと、何や気の毒になった。
だって蔦子 さんも竜太郎 も、たぶん鳥もや、恐ろしいほど話聞いてへん。さすがは海道家 のメンバー。なんて自由な人々や。
聞いた話はこうやった。
父親が貿易 の仕事をするイタリア人で、家具を扱う商売やったけど、地元神戸の女性を見初 めて結婚し、自分は半分日本人やと言うた。
二十一までは二重国籍 で、ほんまに半分日本人、半分イタリア人やったんやけど、今の日本の法律で、国籍 をふたつ持つことはできない。せやから悩んで悩んで、母方の日本国籍 をとることにした。
だから今、自分の名前は神楽遙 である。
しかし元々のフルネームは、ロレンツォ・遙 ・神楽 ・スフォルツァである。
日本を離れたのが十歳のころで、それからずっとロレンツォなので、新しい名前にまだ慣 れない。
そう言う神父は今、二十二歳になりたてやと言うた。
せやから、ほとんど同い年やねん。
しかし神父はアホでヘタレの俺とは違い、ほんまもんの秀才 やった。
十歳で日本を離れ、それから飛 び級 飛 び級 で、あっと言う間に大学を出た。
医学を修 めつつ、子供の頃からの希望やった神学 も同時進行で学び、最近卒業したので、神父になった。そして悪魔祓い に。
子供のころからカトリック信者 の父に連れられ教会通いで、いつも世話になってた神父さんから、この子は誰か師 を得た方がよいと忠告されていた。
天使や聖霊 が見えたからやった。
聖霊 というのはキリスト教の神さんの息みたいなもんらしい。それについては訳 の分からん話で、俺は聞いても煙 に巻 かれたような話やと思った。
三位一体 って、なに。
キリスト教って、めったやたらと理屈っぽくて、俺にはさっぱりピンと来 いひん。
とにかく神楽 神父には、子供の頃から天使が見えた。それから悪魔 も見えたんや。
それを通 っていた教会の神父に懺悔室 で告白すると、すぐにもっと力のある師 についたほうがよいと父親が呼ばれた。
せやけど父親は現実的な人やった。はいはいと神父の忠告を有り難く聞くふりはしたが、聖霊 が見えるという息子を、嘘 つきやと思った。
きっと何か不満があって、そんな途方 もない話をしてみせ、周 りの気を引こうという腹やと疑 って、そんな我 が儘 な息子をますます厳 しく躾 けることにした。
しかし躾 で霊能力 が消えるわけはない。
信じてくれへん親への反発もあって、神楽 少年はますます天使や悪魔 を見るようになった。主に悪魔 を。
見つめれば悪魔 も、神楽 少年をじっと見つめた。そして気づけば立派な悪魔憑 きで、時には趣味のいい家具で飾られた、おとんご自慢 の居間 を、騒ぐ悪霊 がめちゃくちゃにした。
それで父親は諦 めて、日本での商売を部下に任せて、妻子とともにイタリアに帰ることにした。
そこにはヴァチカンがあり、悪魔祓 いの専門家が居 るからやった。
神楽 少年はヴァチカンにおいて、悪魔祓 いを受けた。そして医者に助けられた子が、本人も医者になるノリで、自分もその道を志 したというわけや。
自分のように、悪魔 に苦しめられる人々を救 ってやるのが、神が自分に与 えたもうた使命 やと思った。
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