79 / 928

9-1 アキヒコ

(へび)ですよ、本間(ほんま)さん」  神楽(かぐら)神父(しんぷ)はカッチカチの標準語で俺にそう言った。  (とおる)がズタボロにした海道家(かいどうけ)居間(いま)に座り、(へび)から人型(ひとがた)に戻った(とおる)を抱いている俺を、十字架(じゅうじか)(にぎ)って、廊下(ろうか)(たたず)み、じっと(にら)みつけながら。 「そうです、(へび)ですけど、神楽(かぐら)さん。こいつは俺の式神(しきがみ)なんです」  それに真面目(まじめ)に答えつつ、なんでこの人、標準語なんやろって、俺はまたそれを思った。  神楽(かぐら)神父(しんぷ)は、事故現場から海道家(かいどうけ)への道々(みちみち)、にこやかにハンドルを(にぎ)りつつ、自分は神戸出身やと言うた。  たぶん俺らが暗かったからやろ。そんなに明るい性格には見えへん人やのに、ずっとひたすらにこやかで、当たり(さわ)りのない身の上話を、俺を相手に話してくれていた。  後部座席(こうぶざせき)では顔面蒼白(がんめんそうはく)竜太郎(りゅうたろう)(はし)にいて、真ん中に赤い鳥が、俺は最後に乗ったせいで、右端の席に。  しかしこうなるともう、竜太郎(りゅうたろう)(となり)でも、鳥の(となり)でも、気まずさの度合いなんか似たようなもんや。  事故を起こした鳥だけが、にこにこのんきに微笑(ほほえ)んでいて、蔦子(つたこ)さんも竜太郎(りゅうたろう)も青い顔。  俺は俺で、首が痛いのもあって、()えようとは思うものの、どうにも苦虫(にがむし)かみつぶしてた。  霊能者(れいのうしゃ)(かん)か、神父は鳥には話しかけへんかった。これが人ではないということは、神楽(かぐら)神父にも分かったらしい。  せやけども、邪悪(じゃあく)さの欠片(かけら)もない赤い鳥のことを、どう判断したもんか、悪魔祓い(エクソシスト)は決めかねた。それで無視した。そういう事みたいやった。  昔、六甲(ろっこう)あたりに住んでいたと、神楽(かぐら)神父は俺に話した。聞いてるように見えるのが、俺だけやからやった。  それでも(つと)めて気さくに話す神父はどうも、俺らを(はげ)まそうとしているようやった。  見るからに、真面目(まじめ)そうな奴。  せやけど綺麗(きれい)な顔に似合わず、性格が暗そう。  写真だけでは分からなかったその事実を、俺は肌で感じて、無理して話さんでもええのにと、何や気の毒になった。  だって蔦子(つたこ)さんも竜太郎(りゅうたろう)も、たぶん鳥もや、恐ろしいほど話聞いてへん。さすがは海道家(かいどうけ)のメンバー。なんて自由な人々や。  聞いた話はこうやった。  父親が貿易(ぼうえき)の仕事をするイタリア人で、家具を扱う商売やったけど、地元神戸の女性を見初(みそ)めて結婚し、自分は半分日本人やと言うた。  二十一までは二重国籍(にじゅこくせき)で、ほんまに半分日本人、半分イタリア人やったんやけど、今の日本の法律で、国籍(こくせき)をふたつ持つことはできない。せやから悩んで悩んで、母方の日本国籍(こくせき)をとることにした。  だから今、自分の名前は神楽遙(かぐらよう)である。  しかし元々のフルネームは、ロレンツォ・(よう)神楽(かぐら)・スフォルツァである。  日本を離れたのが十歳のころで、それからずっとロレンツォなので、新しい名前にまだ()れない。  そう言う神父は今、二十二歳になりたてやと言うた。  せやから、ほとんど同い年やねん。  しかし神父はアホでヘタレの俺とは違い、ほんまもんの秀才(しゅうさい)やった。  十歳で日本を離れ、それから()(きゅう)()(きゅう)で、あっと言う間に大学を出た。  医学を(おさ)めつつ、子供の頃からの希望やった神学(しんがく)も同時進行で学び、最近卒業したので、神父になった。そして悪魔祓い(エクソシスト)に。  子供のころからカトリック信者(しんじゃ)の父に連れられ教会通いで、いつも世話になってた神父さんから、この子は誰か()を得た方がよいと忠告されていた。  天使や聖霊(せいれい)が見えたからやった。  聖霊(せいれい)というのはキリスト教の神さんの息みたいなもんらしい。それについては(わけ)の分からん話で、俺は聞いても(けむ)()かれたような話やと思った。  三位一体(さんみいったい)って、なに。  キリスト教って、めったやたらと理屈っぽくて、俺にはさっぱりピンと()いひん。  とにかく神楽(かぐら)神父には、子供の頃から天使が見えた。それから悪魔(サタン)も見えたんや。  それを(かよ)っていた教会の神父に懺悔室(ざんげしつ)で告白すると、すぐにもっと力のある()についたほうがよいと父親が呼ばれた。  せやけど父親は現実的な人やった。はいはいと神父の忠告を有り難く聞くふりはしたが、聖霊(せいれい)が見えるという息子を、(うそ)つきやと思った。  きっと何か不満があって、そんな途方(とほう)もない話をしてみせ、(まわ)りの気を引こうという腹やと(うたが)って、そんな()(まま)な息子をますます(きび)しく(しつ)けることにした。  しかし(しつけ)霊能力(れいのうりょく)が消えるわけはない。  信じてくれへん親への反発もあって、神楽(かぐら)少年はますます天使や悪魔(サタン)を見るようになった。主に悪魔(サタン)を。  見つめれば悪魔(サタン)も、神楽(かぐら)少年をじっと見つめた。そして気づけば立派な悪魔憑(あくまつ)きで、時には趣味のいい家具で飾られた、おとんご自慢(じまん)居間(いま)を、騒ぐ悪霊(ポルターガイスト)がめちゃくちゃにした。  それで父親は(あきら)めて、日本での商売を部下に任せて、妻子とともにイタリアに帰ることにした。  そこにはヴァチカンがあり、悪魔祓(あくまばら)いの専門家が()るからやった。  神楽(かぐら)少年はヴァチカンにおいて、悪魔祓(あくまばら)いを受けた。そして医者に助けられた子が、本人も医者になるノリで、自分もその道を(こころざ)したというわけや。  自分のように、悪魔(サタン)に苦しめられる人々を(すく)ってやるのが、神が自分に(あた)えたもうた使命(しめい)やと思った。

ともだちにシェアしよう!