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9-3 アキヒコ

 (とおる)はその血によって、自分の持っている性質も、俺にばっちり(うつ)してくれてた。  貪欲(どんよく)残忍(ざんにん)多情(たじょう)()(まま)、そして血を吸う性質と、不死(ふし)の肉体を。 「大丈夫なんか、(とおる)。その……どっこも、何ともないか」  (おそ)(おそ)る、俺は(たず)ねた。  (とおる)はぴんぴんしていた。見かけはそうやった。  でもさっきは、すごい顔色してたで。どう見ても死体のようやった。  もともと白いこいつの顔が、ほんまに血の気のない、蝋細工(ろうざいく)みたいな真っ白で、金色の目が暗く爛々(らんらん)としてた。  それが今はもう、いつも通りの綺麗(きれい)な顔で、にこにこしてる。  さっきまであんなに怒ってたのに、今はけろっと頬染(ほほそ)めて、俺だけが(たよ)りみたいな可愛(かわい)い顔して、キスを強請(ねだ)るようなうるっと()れた薄茶(うすちゃ)の目で見つめ、俺にべったり抱きついていた。 「何ともないよ。もう再生(さいせい)してん。気合い入れたら、ざっとこんなもん」  俺の首にさらにぎゅうっと抱きついてきて、(とおる)耳打(みみう)ちする声になった。 「(すご)いやろ。アキちゃんもやで。やろうと思えば、もっと(すご)究極(きゅうきょく)プレイもやれそうなあ」  ありえへん。その方面には俺は、行きたくないわ。  それでも(とおる)は、ねっとり淫靡(いんび)(くちびる)を寄せてきて、俺の耳にキスをした。  ああもうあかんわ、って、俺はやっと自覚(じかく)した。俺はもう、ほんまに人でなしなんや。  そのうち俺まで(とおる)みたいな、悪趣味(あくしゅみ)変態(へんたい)のエロエロ妖怪に堕落(だらく)するんや。  そしてそれを、何とも思わへんようになる。  自分も悪魔(サタン)やのに、なんで皆そう思うんやろ、俺はイイ子やのにって、そんな無自覚(むじかく)恥知(はじし)らずになるんや。  もう、なってんのかもしれへんわ。  なってたらどうしよう。 「今すぐ(はな)れなさい」  きっぱり命じるような声で、それでも何となく(あせ)ったふうに、神楽(かぐら)神父が俺に忠告(ちゅうこく)した。  それともそれは、(とおる)に言うてんのかもしれへんかった。悪魔(サタン)()れって、そんな口調やった。  (とおる)はむっとしたように、俺の耳に(くちびる)を寄せたまま、神楽(かぐら)神父を(にら)んだ。 「なんで(はな)れなあかんのや。アキちゃんは俺のもんやねん。美形(びけい)神父やからって(えら)そうに、俺らのラブラブの邪魔(じゃま)せんといてくれ」  (とおる)に言われた話の意味を、理解したくないという衝撃(しょうげき)の顔で、神楽(かぐら)神父は俺と(とおる)素早(すばや)見比(みくら)べた。 「ラブラブ?」  およそ口にした(ため)しが無さそうなその言葉を、明らかに異物感(いぶつかん)ありありの口調で、神楽(かぐら)神父は()り返してた。  (とおる)はそれに何も答えへんかった。俺かて何も言い(よう)がない。  海道家(かいどうけ)の自由な人々に、なにか意見があるはずもなく、みんな、それが何、ていう顔で(だま)っているばかりや。 「それは……(ゆる)されていません」  青い顔して、神楽(かぐら)神父は言うた。  誰に言ってんのか、すでにもう、よう分からへん。(つぶや)くような言い方やった。 「神は同性愛(どうせいあい)を禁じています。聖書に、明確(めいかく)記述(きじゅつ)があります」 「知らんやん、そんな神」  (とおる)素早(すばや)一蹴(いっしゅう)していた。  そんな神、おるんやと、俺は内心青ざめた。  わざわざ書いて、(きん)じなあかんような世界があるんや。  (くわ)しく知らんけど、神社の神さんが、男どうしでやったらあかんでって言うてたという話は聞かん。  そんなこと、どうでもええんやろ、秋津島(あきつしま)の神様にとっては。  ちゃんとお(まつ)りして、敬意(けいい)(はら)(かぎ)りは、いちいち人間のやることに口出ししはらへんのや。 「本間(ほんま)さん……」  呆然(ぼうぜん)(ただよ)うような口調で、神楽(かぐら)神父は俺の名を呼んだ。  はい、すいませんて、俺は思わず(あやま)りそうになった。  なんで俺がこの人にゴメンナサイて言わなあかんねん。  でも言わなあかんような、()められてる気配(けはい)がむんむんしてた。 「心配いりません。私がこの悪魔(サタン)を追い(はら)います。必ず助かりますから、(あきら)めないでください」  もう(あきら)めてる。ていうか、追い(はら)わんといてください。俺のツレやねん。  俺はたぶん、こいつが()らんと生きていかれへんねん。すんません、惚気(のろけ)ですけど、でも残念ながら事実やねん。  こいつがちょっと浮気したかもみたいな話を聞くだけで、一瞬でテンパってもうて、頭の(しん)からブチキレてる。それだけでももう、お前は終わってるわって感じやないか。  終了してる。全ての過程(かてい)が。俺と(とおる)はもう、とっくの昔に、序盤(じょばん)過程(かてい)を終了してる。もしも結婚できるんやったら、すでにゴールインしてる。  だって俺は、こいつの他の誰かと人生をシェアするつもりがないんやもん。  キリスト教風に言うんやったら、死が二人を()かつまでやで、お(たが)いを愛して守ることを(ちか)ってる間柄(あいだがら)やねん。  しかも死は二人を()かつことがない。だって不死(ふし)なんやから。  死んでも全然平気みたいやったで、さっきの(とおる)見てたら。見事(みごと)(よみがえ)りまくりやもん。  言葉に出して(ちか)ったことはないけど、少なくとも俺は、そのつもり。  せやのになんで、こいつの首()めたりしたんや。  急にその後悔(こうかい)(はげ)しく脳天(のうてん)に来て、俺はぐったりと項垂(うなだ)れた。 「もうあかんわ、俺は。ほんまにどうしようもない。俺が悪かった。許してくれ、(とおる)」  ぐんにゃりしたまま(ひら)(あやま)ると、(とおる)は、えっ、なんやっていう、きょとんとした顔をした。 「何の話?」 「何の話って、さっきお前の首()めたやんか……」 「ああ、あれか。もうええわ。ちょっと苦しかったけど、でも、アキちゃんそれぐらい怒ってたんやろ。俺のこと、それぐらい好きやってことやろ。殺したいほど愛してんのやろ?」  えっ。まあ。そうなん?

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