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9-4 アキヒコ

 そういうことで、ええのかと、俺は動揺(どうよう)したが、(とおる)はもう人生バラ色みたいな目つきやった。うっとり俺を見てた。 「いややなあ、アキちゃん。情熱的すぎて、俺、()()えや」 「いやいや、ちょっと待て。そんなんで通りすぎてええのか。お前、俺にえらい目に()わされたんやで」  チューしよかみたいな(とおる)を、とりあえず押しとどめて、俺は話を戻してみた。  それでも、すでに自分の世界に入ってる(とおる)は、いまいち聞いてるような顔やなかった。 「ええねんええねん、時には窒息(ちっそく)プレイもありということで。ああもう殺してみたいな世界やねんて。ほんまに死ぬわけないんやから、アキちゃん」 「えええ……」  俺は若干(じゃっかん)、引いていた。ドン引きまでは行かないところがまたヤバい。  俺は(とおる)には、(くわ)しくは言えないような、ありとあらゆることをやらされていた。  (いや)やって、新ネタ出るたびに抵抗(ていこう)してきたが、それは全部(むな)しかったし、結局めちゃめちゃ燃えてる自分がいたような気がしなくもない。  深くは追求(ついきゅう)せんといてくれ。  せやから自信がなかってん。自分がまともな神経(しんけい)かどうか。  悪魔(サタン)調教(ちょうきょう)された()()、なんでも燃えますみたいな心と体になってたら、どうしよう。それこそもう、完全な人でなしやで。 「本間(ほんま)さん……」  またさっきの(とが)める声で、なおいっそう青い顔した神楽(かぐら)神父が声かけてきた。 「は、はい……?」  無視するわけにもいかず、俺は(うわ)ずった返事やった。 「あなたはいつ頃から、その悪魔(サタン)()かれているのですか」  悪魔(サタン)やないです。(しき)やから、って、何か言いづらい雰囲気(ふんいき)。まあええか、神でも鬼でも悪魔(サタン)でも、なんて呼ぼうが(とおる)(とおる)やし。神楽(かぐら)さんの呼びやすいように呼べばって、俺は妥協(だきょう)した。 「去年の十二月からですけど」 「クリスマス・イブの夜からやで。運命の出会いやねん」  (とおる)がすかさず、()らん補足(ほそく)をした。  言わんでええねん、そこまでは。()ずかしいやないか。 「ではまだ傷が浅いです。必ず助かります」  変態(へんたい)部分だけ治してもらえないですか、先生。俺は思わずそう言いそうになった。  でも言われへんかった。言うたら自分がそうやっていうのをカミングアウトすることになる。  それに部分的治癒(ちゆ)はありえへんような気もした。(とおる)が好きやった時点でもうアウトやないか。男に一目惚(ひとめぼ)れしたんやから、その時点からもう確実にアブノーマルな世界やで。  そろそろ(みと)めろみたいな話になってくる。(とおる)のせいやのうて、俺はもともとそうやったんや。  男でも良かったんや。というか、男も好きやったんや。そういう血筋(ちすじ)やねん。  だって、おとん大明神(だいみょうじん)がカミングアウトしてた。自分の式神(しきがみ)は、全部男やったって。  そんな血が流れてるから、(とおる)口説(くど)いたんや。初対面(しょたいめん)で、男やし、人間ですらないのに、顔が好きや、(さわ)りたいって、それだけのことで一目惚(ひとめぼ)れして、さっそくお持ち帰り。  アキちゃんが俺を(さそ)ったんやでって、(とおる)は最初からずっと、そこだけは(ゆず)らへん。いくら俺が否定しても、()れへんかった。  きっとそれが、事実なんやろ。こいつは式神(しきがみ)として、俺の支配を受けてて、俺には(うそ)がつかれへんのや。  (とおる)が俺を選んだんやのうて、俺がこいつに()れただけ。そうやって始まったプロセスやねん。  こいつが俺に取り()いてるんやない。俺が(とおる)(つか)まえてるだけ。  逃げんな、浮気すんな、俺だけを見ろって、そういう横暴(おうぼう)さで。 「助かりません、もう。それについては、ほっといてください。(こま)ってませんから」  ある意味、全然(こま)ってない。(とおる)()ると、(こま)ることばっかりやけど、でも(こま)ってへん。  こいつが()らんようになるほうが、よっぽど(こま)る。 「しかし……」 「仕事の話してください」  俺は(たの)む口調で制圧(せいあつ)した。  神楽(かぐら)神父は、少々むっとしたような、困惑(こんわく)の顔をした。  この人には自分の道なりの、こだわりがあるんやろ。執念(しゅうねん)というか。  悪魔(サタン)()かれて(こま)ってる人らを(すく)うのが、自分の使命やと思うてる。悪魔祓い(エクソシスト)やねんから。  (へび)()かれてると知りつつ、俺を見捨てるんは、その信念(しんねん)(はん)するんやろ。  せやけど世の中には、いろんな都合(つごう)があるねん。いろんな神様がいてる。  神楽(かぐら)さんの世界では、(とおる)悪魔(サタン)かもしれへんけど、俺の世界では神様やねん。 「大事(だいじ)の前の小事(しょうじ)ですやろ」  あんた、そう言うてたやんて、念押(ねんお)しするつもりで、俺はそれを持ち出した。 「小事(しょうじ)なんですか、あなたにとっては。邪悪(じゃあく)(へび)に取り()かれて、自分もいずれは悪魔(サタン)一党(いっとう)になるということが?」 「こいつは確かに(へび)やけど、邪悪(じゃあく)ではないです。なんも悪さしてません」  ()める口調の神父に俺が反論(はんろん)すると、(とおる)が甘いような息で(うめ)いて、さらに俺に抱きついてきた。  何となく、うっすら笑っている気配(けはい)がした。 「(へび)は存在そのものが邪悪(じゃあく)なのです。人を堕落(だらく)させ、悪事(あくじ)を行わせるのです。たとえば、その………………」  めちゃくちゃ長く、神楽(かぐら)さんは口ごもってた。  そしてその息詰(いきづ)まる感じが、居間(いま)()る全員の息を()まらせかけたとき、やっと早口に神父は言うた。 「淫行(いんこう)などです」  さっと言うなり神父は赤くなってた。  俺はその逆に、それを聞いて、青くなってきた。

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