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9-5 アキヒコ

 なんでこの人、それくらいの話で()れんのやろって怖くなってきて。  それにその話は、俺にとってはかなり青ざめるような話や。  淫行(いんこう)なあ。確かにやらされてる。  初めは確かに、(おこな)わされてる感じやったんやけどな、それも年越(としこ)すあたりまでやで。  思えばほんの半月(はんつき)ばかりやったで、俺がこいつの淫行(いんこう)しましょうみたいな押せ押せムードに無駄(むだ)抵抗(ていこう)をしてたんは。  最近、してへんなあ、抵抗(ていこう)。せなあかんかな、時にはまた。  人の子としてまずいか、夜やって朝やって昼やってみたいなのは。  どう考えても最近、絶倫(ぜつりん)すぎる。夏休みでずっと家に()ったのがあかんのや。完全に、(とおる)のペースで淫行(いんこう)しまくり。 「お(だま)り、この童貞(どうてい)神父が」  いきなり(とおる)がそんなこと言うたもんで、俺は自戒(じかい)中断(ちゅうだん)し、ギャーッて(さけ)びそうになった。  何言うてんのや、お前。なんでそんなこと分かるねん、当てずっぽうか。  確信に()ちて言う(とおる)の視線の先で、神楽(かぐら)神父はグサッと来てた。  グサッと来てる。ということは、ほんまにそうなんや。図星(ずぼし)やったんや。  (とおる)は向こうの返事も待たず、引き続きずけずけ言い()した。 「てめえは淫行(いんこう)(いた)したこともないくせに、それが(あく)やって何で分かるねん。(あく)やないで。何やったら見せたろか? 俺とアキちゃんがめちゃめちゃやるとこ。すごいでえ、ほんまにすごい……」 「いや、ちょっと待て、(とおる)。お前は(だま)っといてくれ」  さっき青ざめたのが治る()もなく、俺はまた青ざめたくなった。 「なんでやアキちゃん。アキちゃんも言うてやれ。俺とやってる時、めちゃめちゃ気持ちええやろ? ほんで、幸せなんやろ? 愛でココロがいっぱいになるんやろ?」  神様、お助け。  うっかり俺はそう(いの)りそうになり、それを中断した。  あかんわ、神頼(かみだの)みしたら、あかん。  おとん大明神(だいみょうじん)が地球の(うら)から()けつけてきたらどないすんねん。ますます話ややこしなるわ。  それに、一人でブラジルに取り残されてもうたら、おかんも(こま)るんやから。 「いや、あのな、(とおる)、そういう事は人様(ひとさま)の耳に入れるもんやないから。(だま)っとこか?」  俺はちょっと、下手(したて)に出てた。  さっきは()まんことをしたという反省もあって、幾分(いくぶん)(しり)()かれてた。 「なんで? ええやんか別にケチらんでも。あのな、童貞(どうてい)神父、言うとくけどな、アキちゃんは俺を愛してるんや。お前やないで。アキちゃんイクときはいつも俺のこと、好きや好きや、愛してるっていっぱい言うで。お前ら愛の宗教やろ。ほんならそれでええんとちゃうんかい」  どぎつく(すご)(とおる)の声に、ぐっと怒りをこらえたような顔をして、神楽(かぐら)神父は答えた。 「その、愛では、ないです」 「ほんならどの愛やねん。お(たく)の神さんの教えには、愛に差別があるのですか」  明らかにからかう口調で(とおる)は聞いたが、神楽(かぐら)神父は律儀(りちぎ)に答えようとしてた。  無視すりゃええのに。真面目(まじめ)なのが(たた)っている感じがする。めっちゃ早口やった。 「とにかく神は同性愛(どうせいあい)を禁じておいでです。結婚の後に子をもうける目的以外での(まじ)わりも禁じられています。い……淫行(いんこう)などはもってのほかです」 「淫行(いんこう)ごときで、どもるな」  (とおる)はぴしゃりと指摘(してき)した。  お前もう、(だま)っといたほうがええで。性格悪いのバレバレやないか。  どんなに性根(しょうね)が悪くても、俺はもう、今さらお前を嫌いにはなられへんけど、初対面(しょたいめん)の人は別やで。  悪魔(サタン)やないからっていう説得(せっとく)をせなあかんのやろ。なるべくイイ子にしとかなあかんやないか。どう見ても悪魔(サタン)みたいになってまうやろ。  しかし(とおる)は、そんな俺の気持ちには全く気がつく気配(けはい)もなく、ガンガン行ってた。 「(うそ)やと思うんやったら、(だま)されたと思て、お前もいっぺんやってみ? 同性愛(どうせいあい)。そして淫行(いんこう)。めちゃめちゃ()えで。そうやろ、鳥さん、お前もなんか言え」  (とおる)にいきなり話を()られた赤い鳥は、まったく話を聞いてなかった。  信太(しんた)にいまだに抱かれたまんま、えっ、て、気の抜けきった返事をしてきた。  ついさっき、愛の劇場(げきじょう)を見せつけられたばっかりで、なんとも複雑な気持ちやったんで、俺はこいつらをなるべく見ないようにしてた。  未練(みれん)などない。この赤い鳥に。それでもなぜか、コノヤロウと思う。  きっと俺は(とら)のほうにムカついているんや。だってこいつが(とおる)(おそ)った(とら)なんやから。  ほんまにムカつく。そのせいに決まっている。(ゆる)(がた)光景(こうけい)や。  鳥の寛太(かんた)はぐちゃぐちゃの赤い髪を(とら)の指に()でつけられつつ、(ゆか)にごろ寝してにこにこしていた。  さあテレビでも見よかみたいなダラケっぷりやった。  実際、テレビでも見るみたいに、海道家(かいどうけ)の皆さんは、ぽかんと俺ら三人を見守っていた。 「なんの話や、白蛇(しろへび)の」  聞いてるこっちまで、まったりしてきそうな声で、赤い鳥はゆっくり(とおる)()いた。 「エロの話や。淫行(いんこう)の。お前、信太(しんた)とやるとき気持ちええのか。他のとやるよりええんやろ。泣くほど(よろこ)んでまうんやろ。なんでええねん。童貞(どうてい)神父に教えてやれ」  きびきび言う(とおる)の声に、鳥は考え込むような真面目(まじめ)な顔をした。  そして不思議(ふしぎ)そうに(なや)んだ顔のまま答えた。 「えぇ……わからへん。なんでやろ」

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