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9-6 アキヒコ

「愛やないか! 愛!」  (とおる)は怒ったような声で断言していた。  ええー、あい? と、鳥はアホかみたいな間延(まの)びした口調で相槌(あいずち)を打っていた。 「お前は信太(しんた)を愛してるんや。せやから抱いてもろたら泣くほど()えねん。気持ちええのは体だけやないやろ。ココロでも何か感じてるんやろ?」  (とおる)(するど)(たず)ねると、鳥は、感じてんのかなと信太(しんた)()いてた。そんなんお前しか分からんやろ、ツレに()くな。  ()かれた(とら)は、それに()れまくり、いやあどうやろ、俺にはわからへんと、(とろ)けたような(つら)をした。  死ね。  死んでいい、もうお前は、そんなに鳥が好きなくせに、なんで俺の(とおる)まで食おうとするんや。  確かに俺も、(とおる)という者がありながら、お前の鳥を食いたい気がした瞬間はあった。でも手は出さへんかったで。それがケジメというものやないか。 「ココロでは何を感じてんの?」  考えても解無(かいな)しやったんか、鳥は(あきら)めて(とおる)()いてきた。 「せやから愛やて言うてるやろ。お前はアホか!」 「うん……ごめん。でも俺には、よう分からへん。(へび)の言うとう、愛ってなに? 好きなのと、何が違うんや?」  (にぶ)いらしい鳥を、(とおる)はじろっと(にら)み付けた。  お前、自分から話()っといて、イライラすんのやめろ。 「()たようなもんや。せやけどな、お前は他のと寝ても泣きはせんのやろ。信太(しんた)やから泣くんやろ。そうやないのか」 「考えたことない」  鳥はすかさずそう答えた。平和そうな顔やった。ほんまに考えたことないらしかった。  ていうかお前も無節操(むせっそう)なんか。誰でもええのか。  外道(げどう)はみんなそうなんか。誰彼構(だれかれかま)わず乱交(らんこう)か。  それで俺のことも、(さそ)うような目で見てたんか。  俺は、そんな奴いやや。一途(いちず)な愛がええねん。  (とおる)にそれを要求するほうが頭がおかしいのかもしれへんけどな、目移(めうつ)りせんといてほしいんや。  自分のことは棚上(たなあ)げで、ものすごく()(まま)とは分かってるけど、でも、俺以外の誰も目に入らんようでいてほしい。俺だけ見ててほしいんや。 「考えたことないって……考えろ、ちょっとくらい」  (あき)()てたという顔で、(とおる)が力なくツッコミ入れていた。 「うん……ごめん。でもな、俺は、したくない。しなくていいんやったら」  どことなく、()まなそうにしょんぼりとして、鳥は信太(しんた)の顔色をうかがう目で見つめた。 「他のと、したくない。信太(しんた)兄貴(あにき)とだけしたい。毎日したい」  信太(しんた)はそう言われて、深刻(しんこく)な顔をした。衝撃(しょうげき)受けすぎて(かた)まってるみたいやった。 「それって……わがまま?」 「(ちが)うって。それが愛やないか!」  不思議(ふしぎ)そうに信太(しんた)(たず)ねた鳥に、(とおる)が勝手に返事をしてやっていた。  ちょっと待て、そんならお前はどうなるんや、(とおる)。  テレビとか映画とか見て、ちょっと(この)みの男が出てくると、すぐにごろごろ身悶(みもだ)えて、格好(かっこう)ええわ、抱かれたいって(わめ)いてるやないか。  俺がそれに日頃、どんだけ傷ついてるか、考えたこともないんやろ。  お前より、アホな鳥さんのほうがマシやないか。ずっと一途(いちず)可愛(かわい)げあるわ。なんでお前はああいうふうになられへんのや。 「寛太(かんた)、そんなこと思ってたんか」  ちょっと(ふる)えたような声で、(とら)相方(あいかた)(たし)かめてた。  それに、にこりと(あわ)い笑みで(こた)え、鳥さんは頭に花が咲いてそうな、のんびり声で言った。 「うん……俺、兄貴(あにき)に抱いてもらってる時が、いちばん幸せ」 「それで泣いてんのか」 「うん。そうやと思う」 「寛太(かんた)……」  ひしっと抱き合わんでええねん。  俺は一瞬先に事前(じぜん)のツッコミを内心(ないしん)入れてたけど、結局(けっきょく)(やつ)らは熱く抱き合った。  もうええから。続きは後で別室のほうでやってくれへんか。  一応ここは居間(いま)やから。皆()るから。竜太郎(りゅうたろう)もおるんやから。  お前らのせいとちゃうか、竜太郎(りゅうたろう)が変なのは。  可哀想(かわいそう)に、まだ中一やのに、初恋の相手が俺やなんて、かなり普通路線(ろせん)を外してる。 「見ろ神父、この愛を!!」  あれが好例(こうれい)である、というふうに、抱き合う(とら)と鳥を(あご)(しめ)して、(とおる)は勝ち(ほこ)ったように神父に言うた。  そういう自分もここぞとばかりに俺にぶら下がってるんやから、決して格好(かっこう)のつく態度やない。ただの異常な光景や。  しかもそれを、茶飲み話程度にも意識してない蔦子(つたこ)さんとか、ちょっと()れてるけど(うらや)ましげな竜太郎(りゅうたろう)とか、そのほか海道家(かいどうけ)の自由な仲間たちが()て、神父の常識世界をじわじわ浸食(しんしょく)しようとしてた。 「ですから、その愛ではないです」  しかし気丈(きじょう)神楽(かぐら)神父は持ちこたえた。むしろ鉄壁(てっぺき)みたいやった。  (とおる)が、ぐっと腹に力をこめるのが感じられた。  それが自分の脇腹(わきばら)のあたりにぴったり押しつけられてたもんで。  (とおる)丹田(たんでん)に気をこめて応答(おうとう)した。案外必死で話してるんやわ。 「なんやと、この童貞(どうてい)神父が。自分もやってみてから言え。言うとくけど、アキちゃん以外でやで。ついでに今は気まずいから、信太(しんた)もやめとけ。他にも()るやろ、他の適当なのでやってみろ。この家にはイケメンいっぱいおるから」  確かにそうや。蔦子(つたこ)さんの式神(しきがみ)各種(かくしゅ)とりそろえた男前(おとこまえ)ばっかりやった。  血筋(ちすじ)を感じる。きっと顔で選んだんやな。

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