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9-10 アキヒコ

 気の毒やけど、しょうがない。それが巫覡(ふげき)血筋(ちすじ)(もん)に、神父が仕事を依頼(いらい)するってことの難点や。  土台(どだい)、根っこにある価値観が(ちご)うてる。  それでも協調していこうというんやから、お互い少々(ゆず)り合う他はない。  それでもこっちは、ふうん、そうなんや。そんな神さんもいてはるんやなあ。なるほどね、みたいな軽いノリやねん。  だって神さんなんか、いっぱいいるもんや。そして、それぞれ性質も価値観も違う。  (とおる)水煙(すいえん)なんか見てみ、ぜんぜん違う性格やねん。鳥さんと(とら)もたぶん神の一種やろうけど、そして、うちのおとんすら、今は神のうちやけども、皆ぜんぜん違う性格や。合うのや、合わへんのも()るわ。  それが自然で、自分が好きな神さんを(おが)めばええやんていうのが、俺の感覚やったけど、神楽(かぐら)さんはそうやない。  なんせキリスト教の神さんは、一神教(いっしんきょう)やねん。他の神を(あが)めることを禁じてる。  せこい神さんやで、大きな声では言われへんけど。  俺だけにしとけ、他は見るなて、そういうスタンスやで。  せやけど、そんな神も()るやろ。そんな男もいてるんやから。  俺なんか、まさにそれ。そういうことやから、言いたい気持ちはわかる。  そしてそれ言う時点で、他にも男は()るんやということを(みと)めてる。ほんまに自分が唯一絶対(ゆいいつぜったい)やったらな、言う必要ないねん。  (とおる)も俺がこの世にただひとりの男で、他に選択の余地(よち)がなかったら、浮気(うわき)なんかできへん。(しば)っとく必要はない。  (げき)も男も、俺の他にも一杯(いっぱい)おるねん。俺よりええような(やつ)も中にはおるやろ。それよりアキちゃんがええわって、(とおる)が思うような男にならなあかんねん。  (きび)しい。  それは分かってんのやけどな、でも言うてまうねん。俺だけにしとけ。他のに目移(めうつ)りしたら、(ゆる)さへん、て。  まあ、そんなとこやろ、キリスト教の神さんも。  そう言うたら冒涜(ぼうとく)やと、神楽(かぐら)さんは怒ってたけど、それはもうちょっと先の話。  俺はこのとき、神楽(かぐら)さんからの依頼(いらい)を、すでに()けた形やった。  だって誰が断れる?  お前が断ったら、神戸は滅びるって前置きされて、それでも嫌ですわとは言われへん。  頑張(がんば)りますと、俺は答えた。せやけど、未経験すぎて、一人では到底(とうてい)無理ですと。  心配おへんと、蔦子(つたこ)さんは俺を(はげ)ました。  そのための霊振会(れいしんかい)どす、と。  ……そうやねん。俺は、京阪神(けいはんしん)在住(ざいじゅう)霊能者(れいのうしゃ)の皆さんと、協力しあって頑張(がんば)ることになった。  何人おると思う、霊振会(れいしんかい)の会員。二千五十六名やって。  つまり形式として、ヴァチカンからの依頼(いらい)を受けたのは俺名義やけど、実際に働くのはその、二千五十六名の「力ある者」たちやった。  そして、人によっては、それの連れてる式神(しきがみ)までが、うじゃうじゃ神戸にやってくる。  そんなこんなで、この時期の神戸は、ちょっとした式神(しきがみ)インフレ。まさに異界(いかい)やった。  その(あるじ)である巫覡(ふげき)(たぐい)はもちろんやけど、式神(しきがみ)かて人に近い姿をしてるんやったら、まさか道ばたで寝かすわけにもいかへんわ。  それで、必要やってん。そのための宿が。合宿所(がっしゅくじょ)みたいなな。  しかも神さん()めるわけやから、生半可(なまはんか)なところやと、文句(もんく)出るやろ。高級感あふれる快適なお宿でないとあかんて、そんな無茶苦茶な話でな。  しかし、あるもんや、神戸。ステキなホテルが、山の手の、北野(きたの)のほうに。  最近、新装開店(しんそうかいてん)したばかりやという、そのホテルには、神楽(かぐら)さんのお父さん経由での縁故(えんこ)があった。  ステキなイタリア製家具やアンティークを、いっぱい()うてくれたらしい。それでそのホテルのオーナーさんとも、神楽(かぐら)さんは家族ぐるみで面識(めんしき)があった。  それで、(たの)んでみたんやって。妖怪(ようかい)()めてくれへんかって。  いいですよ、って、それに(こころよ)(おう)じるほうも(おう)じるほうや。一体どんな(やつ)やねんて、俺は(あき)れてた。それがどんな(やつ)かも知らずにな。  俺と(とおる)もホテルに(うつ)れって、神楽(かぐら)さんは言うてきた。  そのホテルが(なまず)(ふう)じの活動拠点(かつどうきょてん)になる。  地元に住まいのある人には強要していないが、俺はなんせ中心人物らしいから、俺はいややでは話にならん。顔出して、挨拶(あいさつ)のひとつもせえと、そういうことらしい。  ほな、しゃあないかと、俺は思った。  仕事は()けたし、それに、鳥さんと(とら)()るこの家は気まずい。  竜太郎(りゅうたろう)も気まずい。  テレビぶっ(こわ)してもうて、蔦子(つたこ)さんにも気まずい。気まずいことだらけ。  そんなら行こか、妖怪(ようかい)ホテル。そのほうが、(とおる)とも二人っきりになれるしなと、そんな(あさ)はかな動機もあって。俺は気軽に決断した。  大体において、俺はそんなもんやねん。俺に限らず、運命の決断なんて、そんなもんなんやろ。  深く考えずに、ほなそうしようかって決めてもうた事で、時に助かり、時に死ぬような目に()うんや。  今回は生憎(あいにく)後者(こうしゃ)のほうやった。  俺は妖怪(ようかい)ホテルで、死ぬような目に()ったんや。  今までの一年足らず、俺が一番恐れてた厄災(やくさい)が、唐突(とうとつ)に降りかかってきた。  俺はそれを脳天(のうてん)にまともに食らい、もう死ぬ、死んだほうがマシや、いっそ殺してくれって、生まれて初めて、一瞬本気でそう思う羽目(はめ)になる。  せやけどそれは、いつかは越えなあかん、人生の(とうげ)みたいなもんやった。 ――第9話 おわり――

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