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10-1 トオル

 アキちゃんが北野(きたの)のホテルに移るというんで、竜太郎(りゅうたろう)はジメジメしていた。親戚(しんせき)の兄ちゃんていうのは、そんなにええもんなんか。  今にも泣きそうなような中一を、また来るからと、苦笑(にがわら)いで(はげ)ましているアキちゃんを横目に見つつ、俺は海道家の門のあたりで、車にもたれて待っていた。  車内の後部座席には、すでに水煙(すいえん)様が鎮座(ちんざ)していた。  相変わらずの(だんま)りで、水煙(すいえん)は朝からアキちゃんを落ち込ませていたけど、それでも口を()気配(けはい)もなかった。  やっぱり(しゃべ)られへんのやろうと、俺は結論(けつろん)した。  おかんの跡取(あとと)りやということで、ヴァチカンからの、どえらい依頼(いらい)を受けたものの、自分に何とかできるもんやろかと、アキちゃんはマジで(なや)んでるようやった。  そら心配もするやろ。大阪の事件とは(くら)べモンにもならんようなデカい山やった。  今こそ水煙(すいえん)様の指導力が問われる時や。そんな時にでも、うんともすんとも言わへんのやから、こいつは(しゃべ)られへんようになったんやと思って間違いないやろ。  アキちゃんて、やっぱり案外鈍いんや。  剣の形をしてるとはいえ、水煙(すいえん)はアキちゃんの(しき)みたいなもんなんやから、命令してみればええのに。  俺を無視するな、話しかけられたら返事しろって、俺にするみたいに、水煙(すいえん)にもビシビシ怒鳴(どな)ればええやん。  そやのに、アキちゃんは水煙(すいえん)には、遠慮(えんりょ)があるみたいやった。  元は、おとんの持ち物で、それを(ゆず)り受けたんやし、伝家(でんか)宝刀(ほうとう)やし古い神様やということで、ビビってんのやろ。  自分のもんになったて言うても、抱いて(よろこ)ばせてやってる(わけ)やなし、剣として使いこなしてやれてるという自信もない。  それに水煙(すいえん)はいつも、つんつんしててお高いしやな、どうにも一方的に世話(せわ)になってる感じがしてる。  俺なら平気でも、アキちゃん、あいつにはデカい態度はとられへんのやろ。  それが水煙(すいえん)鼻持(はなも)ちならんところなんやけど、今となっては好都合(こうつごう)やった。遠慮(えんりょ)してる限り、アキちゃんは水煙(すいえん)に頭ごなしの命令はできへんやろ。こないだみたいに、よっぽどブチキレでもせん限りはな。  うまいこと操縦(そうじゅう)しようと、俺は決心してた。アキちゃんが真相(しんそう)に気づかへんように。  午前中の日射(ひざ)しの中に俺を待たせておきながら、アキちゃんは竜太郎(りゅうたろう)に、須磨(すま)にある水族館(すいぞくかん)に一緒に行くよう約束させられていた。こないだの約束を忘れるなという事らしい。  そんなことしてる場合やないような気がすんのに、アキちゃんは律儀(りちぎ)というか、押しの強い相手に弱いんか、分かった、行くからと、中一に首根っこ(つか)まれてるみたいに承諾(しょうだく)してた。  (あや)しい。なんとなく(あや)しいわ。  まさかと思うが、なんかあったんやろか。事故って帰ってきた日は、勝呂(すぐろ)が出たというんで、俺もすっかりテンパってもうてて、中一にまでは気が回ってへんかったけども、今朝見ると、竜太郎はめそめそ湿(しめ)っぽく朝飯食うてて、どうも(あや)しいねん。  それ以外は特に(あや)しい奴はおらへんかった。イケメンだらけの海道(かいどう)家やったけど、どうもアキちゃんは、保護欲(ほごよく)刺激(しげき)する系に弱いらしい。  怪しいのは竜太郎(りゅうたろう)と、()いて言うたら赤い鳥さんだけやった。  せやけどあいつは信太(しんた)とラブラブで、アキちゃんは少々、痛恨(つうこん)の表情やった。やっぱり(あや)しいんかと、俺はがっくり来たけど、寛太(かんた)は突き抜けるほどアキちゃんに気が無いらしく、にこにこ信太(しんた)(そば)にいた。ええなあ、ラブラブ。  俺、今回ちょっと恋のキューピッドさんやったんと違うか。  そんなつもりはなかったんやけど、うっかりこいつらを幸せにしてもうた。なんということや。他人を幸せにしとる場合やない。  俺の幸せのほうが何万倍も大事やのに。なんで自分とアキちゃんの関係を死闘(しとう)に追い込んでまで、こいつらをくっつけてしもたんか。  まったく、(えん)ていうのは(なぞ)めいたもんや。  俺がアキちゃんにくっついて海道(かいどうけ)家に来てへんかったら、きっと信太(しんた)は今でも同じところをぐるぐる回るコースを続行中やったやろ。  信太(しんた)は明らかに、俺に感謝しているという顔やった。にこにこ愛想(あいそう)はええけど、もう微塵(みじん)(さそ)うようでない。  なんやねんもう。別にそれでええねんけど、俺様のこの美貌(びぼう)に、もうちょっとも食指(しょくし)が動かんのか。  タラシとしては完全に終わったな、(とら)。もはや骨の(ずい)まで赤い鳥さんの(とりこ)になってるんやわ。ほんで、それで幸せなんや。よろしおすなあ、お幸せで。 「じゃあまたな、(とおる)ちゃん。どうせ近々顔合わすやろ」  にこにこやってきて、信太(しんた)は俺にも挨拶(あいさつ)をした。 「お前らは妖怪ホテルには()えへんのか?」 「妖怪ホテルて……。泊まりはせんけど、行くことは行くで。そこが(なまず)(ふう)じの拠点(きょてん)になっとうし、蔦子(つたこ)さんの送り迎えもしてやらなあかんしな」  面白そうに笑って、信太(しんた)は今日は真っ黄色のアロハやった。パイナップルか。今日も(まぶ)しいなあ、お前は。 「また遊んで」  俺は別れの挨拶(あいさつ)がてら言うた。信太(しんた)はそれに、わははと声をあげて笑ってた。 「いや、やめとくわ。お前はヤバすぎ。いちいちあれやと、家壊れるからな」  テレビ壊れてもうたから、今夜はナイター見に、聖地(もう)でやと(とら)は言うてた。

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