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10-3 トオル

 (なら)んで立つと、アキちゃんのほうが上背(うわぜい)があった。  神父は少々小柄(こがら)なほうみたいやったし、アキちゃんは日本人離れした長身やからな。その身長の釣り合い具合からして、二人は嫌な感じにお似合いやった。  俺も、もうちょっと身長伸ばそうかな。アキちゃんと並んだ時に、若干(じゃっかん)やけど、ちっちゃすぎへんかと、急に心配になってきた。  胸に(すが)り付くにはいいんやけどな、並んだ時にオマケみたいに見えへんやろか。  どっちのほうが、アキちゃん好みなんやろかと、ぼやっと考えているうちに、神父の言う、取材なるものが終わったらしかった。  オープンテラスの真ん中の席で、オーナーらしい背広(せびろ)の男と差し向かいで、いかにも神戸の女って感じのマリンルックで巻き髪の女が、にこやかに布張りのノートにメモをとり、それを閉じて立ち上がった。  カメラマンらしい若い男が、それにくっついていて、辺りの風景や、取材を受けてる男の写真を撮っている。  最後に自分に向けてシャッターを切ろうとするカメラマンを、このホテルのオーナーらしい、背広の背を見せてる男は、軽く手をあげて(せい)して、にこやかなような声で言うた。 「申し訳ないですが、写真は出さないでいただけないでしょうか。そういう方針ですので」  やんわりとした口調やったけど、それはやけに、きっぱりとした命令のようやった。  カメラマンの男は、一瞬戸惑(とまど)い顔やったけど、すみませんと言うてカメラを降ろした。  挨拶をして別れた雑誌社の二人は、オーナーを待っていた俺ら三人をガン見しながら通り過ぎ、テーブルの脚にけつまずいたりしていた。  たぶん異様(いよう)やったんやろ。  そらそうや。神父も美形なら、俺もぞっとするよな美貌(びぼう)やし、アキちゃんかてかなりの男前なんや。  それに見覚えもあったんかもしれへん。アキちゃん、狂犬病(きょうけんびょう)(さわ)ぎでは、ずいぶんメディアに顔が売れてもうたからな。  せやけどこの際、そんなことはどうでもよかった。何の害もない。  俺はオープンテラスの真ん中で、立ち上がってこっちを見ている背広の男に目が釘付(くぎづ)けになっていた。  趣味のいい、濃紺(のうこん)のスーツで、赤いポケットチーフが(のぞ)いてて、それが気障(きざ)やねんけど、めちゃめちゃよう似合(にあ)ってたわ。 「こんにちは、中西(なかにし)さん。お話ししていた本間(ほんま)さんです」  神父は相手をすでに知っているふうな態度で、親しげにアキちゃんを紹介した。  背広の男は気さくな笑みで歩み寄ってきて、アキちゃんに握手(あくしゅ)を求めた。  (つや)のある黒髪が色っぽいような、四十代ぐらいの男に見えた。まさに男盛(おとこざか)りというやつか。  アキちゃんは一応の社会的スマイルを見せ、お世話になりますと挨拶(あいさつ)をして、背広の男の握手(あくしゅ)(こた)えた。  二人の手が()れあうのを、俺はなんとなく呆然(ぼうぜん)と見ていた。  そんな俺を、向こうもじっと見てたわ。じいっと見てた。  初対面(しょたいめん)というには、長く見過ぎやった。  そんなに見るなと、俺は思った。その視線に、なんとなく、(するど)い苦痛を(おぼ)えて。  藤堂(とうどう)さんやった。  藤堂(とうどう)さん。  俺がアキちゃんの前に、取り()いてた男。  なんで名前違うんやろかって、俺はくらくらそれを考えてた。  それに、俺の知ってる姿と違う。藤堂(とうどう)さんはもっと()けてた。髪も白髪(しらが)交じりやった。  それは()めれば済む話かもしれへんけど、それでも顔までは若返らんやろ。  以前はどことなく、疲れた死相(しそう)のあった顔には、今は得体(えたい)の知れん生気(せいき)がみなぎってた。  まさかなと、俺は思った。  藤堂(とうどう)さんは死にかけていた。こんなに元気なはずはない。  (がん)やったんや。それもほとんど末期(まっき)の。  俺の力で生きながらえてたけど、去年のクリスマス・イブに俺に捨てられ、もう死んだんやと思ってた。生きてるわけない。  せやけど、どう見ても藤堂(とうどう)さんやった。着てるもんの趣味も、何も気づいてないアキちゃんと、にこやかに世間話(せけんばなし)してる話し口調も、このホテルの内装の趣味も、全部そのまんま、藤堂(とうどう)さんの好みそのもの。  既視感(デジャヴュ)を感じるのも当然やった。俺は藤堂(とうどう)さんが支配人(しはいにん)をやっていた京都のホテルの、この趣味とそっくりそのまんまのインペリアル・スイートで、しばらく()われてたんや。アキちゃんと出会うまでの、半年か、一年近く。  逃げたいと、俺は思ったけど、この場を立ち去る理由がなかった。 「支配人室でお話ししましょうか。ここはもう日射(ひざ)しが暑うなりすぎます」  ロビーに戻る方向を手のひらで示して、藤堂(とうどう)さんはアキちゃんに(うなが)した。  アメリカと、ヨーロッパで修行(しゅぎょう)したんやという、筋金入(すじがねい)りのホテルマンの動きで、一分(いちぶ)(すき)もない接客(せっきゃく)やけど、にこやかな目の奥で、藤堂(とうどう)さんがアキちゃんを値踏(ねぶ)みしてるのが俺には分かった。  アキちゃんのこと、(うら)んでるんか、藤堂(とうどう)さん。  この子はなんも悪くないんやで。  一緒にいてくれ言われて、俺がふらっとついて行ってもうただけ。なんも知らんかったんやで、アキちゃんは。俺に飼い主がいるやなんて、想像もせんかったような初心(うぶ)な子なんや。  ほっといてくれ。(たの)むから、アキちゃんに何も言わんといてくれ。  (あやま)れ言うなら俺が(あやま)るやんか。()まんかったと思うてる。ほんまやで。

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