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三都幻妖夜話(3)神戸編 10-6 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
10-6 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
94 / 928
10-6 トオル
気難
(
きむずか
)
しいような人やったで。くそ
真面目
(
まじめ
)
で、仕事の鬼で、いつも必死で働いたし、
敬虔
(
けいけん
)
なクリスチャンで、奥さんと娘が大事で、夫として父として、善良な信者としての
体面
(
たいめん
)
が大事で、いつも俺とのことを
苦悩
(
くのう
)
していた。 会う
度
(
たび
)
いつも
苦悩顔
(
くのうがお
)
なのを、それは病気のせいやろと、俺は自分に言い聞かせてた。 にこにこ
機嫌
(
きげん
)
のいい時なんて、数えるほどしか見たことないわ。 「俺はそのとき、お前の名前を呼んだらしい。死ぬときもそうやったと、妻はえらい泣いてな。
訳
(
わけ
)
を話せというんで、話してやったら、娘にも
愛想
(
あいそう
)
尽
(
つ
)
かされて、もう出ていってくれと言われたわ。それきり一度も
会
(
お
)
うてない」 それが何でもないことのように、
藤堂
(
とうどう
)
さんは話してた。 あんなに大事にしてたもんを、あんたは全部捨ててきたんか。
棺
(
ひつぎ
)
の中に。 かつては人間やった、自分の
抜
(
ぬ
)
け
殻
(
がら
)
とともに。 「いつ。いつ死んだんや、あんたは」 「二月の終わりごろや。その頃お前は、なにしてた」 じっと見つめてくる
藤堂
(
とうどう
)
さんと向き
合
(
お
)
うて、俺は言葉が出えへんかった。 二月か。何もしてへんわ。アキちゃんと、べたべた抱き合うて暮らしてた。 好きで好きでたまらんで、毎日毎晩やりまくってた。 今ごろ
藤堂
(
とうどう
)
さん死んだかななんて、思いもしてへんかったわ。 「あっけないもんや、人間の一生なんて。手術して、
一時
(
いちじ
)
は持ち直したんやけどな。信じられへん。
療養中
(
りょうようちゅう
)
の
院内感染
(
いんないかんせん
)
で、
風邪
(
かぜ
)
ひいてもうてん。それで
肺炎
(
はいえん
)
なって、三日四日でご
臨終
(
りんじゅう
)
やで。びっくりしたわ、自分でも。あんまりあっと言う間に死んだから」 「それは大変やったな……」 いつ
詫
(
わ
)
びようかと、俺は内心おろおろしてた。
藤堂
(
とうどう
)
さん、俺はあんたに、
酷
(
ひど
)
いことをしたかもしれへん。許してくれとは言わへんわ。ただ、済まないとは思うてる。 せやけどお
互
(
たが
)
い様やないか。あんたも俺に
酷
(
ひど
)
いことをした。 俺があんたをいくら好きでも、あんたは俺を
悪魔
(
サタン
)
扱
(
あつか
)
いで、いつも恐れてた。ご
奉仕
(
ほうし
)
はしてくれても、愛してはくれへんかったやんか。 俺を
獣
(
けだもの
)
みたいに
扱
(
あつか
)
ってた。 俺にも心があるやろうって、ちょっとでも思ったことあるか。 ないやろ。あるはずない。 せやのになんで、死ぬとき俺のこと呼んだりすんの。
嘘
(
うそ
)
や。ぜったい
嘘
(
うそ
)
に決まってる。そんなこと、あるわけないわ。 「
亨
(
とおる
)
」
懐
(
なつ
)
かしく心をくすぐるような、低い
美声
(
びせい
)
で、
藤堂
(
とうどう
)
さんは俺を呼んだ。 そして、昔なら絶対に、そんなことはしなかったくせに、俺の腕を
掴
(
つか
)
んできて、優しく力を込めて、長身の胸に抱き寄せた。 ああ、やめてくれ。
陶酔
(
とうすい
)
のような気分が
湧
(
わ
)
いて、俺は
藤堂
(
とうどう
)
さんの胸を押し返そうとした。 それでも、そんなに、力のない腕やったろうか。 それとも、
藤堂
(
とうどう
)
さんの腕が、前より強くなってたんか。 俺は抵抗しながらでも、結局、
藤堂
(
とうどう
)
さんにキスされた。 キューバ産の
葉巻
(
はまき
)
の香りがしてた。くらっと来るような、大人の男の匂い。 やめてって、俺は何となく震えが来てた。 アキちゃん助けて。助けに来てくれ。 なんでか分からんけど、俺は逃げられへん。 なんでやろ、甘く
唇
(
くちびる
)
を
貪
(
むさぼ
)
ってくる
藤堂
(
とうどう
)
さんを、
拒
(
こば
)
まれへん。
喘
(
あえ
)
ぐような息で、俺はされるがままやった。 なんでかなんて、分からんわけない。 俺はずっとこの人が、好きやった。
未練
(
みれん
)
があったんや。 アキちゃん好きやて言いながら、心のどこかに残ってた。この人への気持ちが。 はっきり決心しないまま、なしくずしに逃げてきてもうた。一緒に
居
(
お
)
るのが、もう
辛
(
つら
)
くて
堪
(
たま
)
らんような気がして。アキちゃんに逃げたんや。 「抱いてやろうか、
亨
(
とおる
)
」 強く
誘
(
さそ
)
う声で、
藤堂
(
とうどう
)
さんは俺の耳に
囁
(
ささや
)
いた。それに甘く
痺
(
しび
)
れて、俺は泣きそうやった。 「
嫌
(
いや
)
や、やめといて」 「まあ、そう言うな。
嫌
(
いや
)
やって顔はしてへん」 苦笑しながら言うてきて、
藤堂
(
とうどう
)
さんは俺をソファに連れて行った。
渾身
(
こんしん
)
の力で
拒
(
こば
)
めば、
拒
(
こば
)
めたはずやと思いながら、俺はよろめく足でついていき、
素直
(
すなお
)
にそこに押し倒されてた。 俺を
組
(
く
)
み
敷
(
し
)
き、
唇
(
くちびる
)
に優しいキスをして、
藤堂
(
とうどう
)
さんは、じっと見下ろしてきた。 「美しいな、お前は。俺はずっと、お前を抱きたかった。
堪
(
こら
)
えてたんや。それをやったら、もう後戻りできへん。お前に
芯
(
しん
)
から、狂いそうな気がして」 なんでそれが、あかんかったんやろ。 俺は狂って欲しかった。 それでもあんたは、
嫌
(
いや
)
やったんやろ。俺を
拒
(
こば
)
んだ。 それが結局、あんたの選んだ、正しい道やったんや。 「なんで今さら、こんなことすんの。俺にはもう、好きな相手が
居
(
お
)
るんや。お前なんか
要
(
い
)
らん」 俺は
怒鳴
(
どな
)
ったつもりやったのに、それは
囁
(
ささや
)
き声やった。
藤堂
(
とうどう
)
さんの目が、
爛々
(
らんらん
)
と光るように見えた。 「あの絵描きの
若造
(
わかぞう
)
のことか。あれのどこがええんや。俺がもっと、愛してやる」
藤堂
(
とうどう
)
さんは確かに、俺が好きらしい目をしてた。 でも結局、それは愛とは違う。
執念
(
しゅうねん
)
や。 その
執念
(
しゅうねん
)
に
応
(
こた
)
えて、俺がこの人をもしまた受け入れたら、いつかは愛してくれるかも。 愛なんて、そんなもんかもしれへんで。やってるうちに胸の奥から
湧
(
わ
)
いてくる。 俺かて最初からアキちゃんのこと愛してたわけやないのかも。 初めはただの欲望で、アキちゃんみたいな力のある
覡
(
げき
)
にくらくら夢中になってもうて、アキちゃん欲しいって
貪
(
むさぼ
)
るうちに、その気持ちが愛に変わってた。 お前が好きやって愛してもらって、それに
応
(
こた
)
えたくなっただけ。どっちが先かわからへん。
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椎堂かおる
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