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10-10 トオル

 俺は(ささや)く声で、すでに(へび)眷属(けんぞく)となった昔の男に命令してた。  藤堂(とうどう)さん、そいつをいてまえ。  俺ほどやないけど、美しいやろ。  (さび)しい夜に抱いて寝るには、まあまあええやろ。  なんといっても童貞(バージン)やしな、それに神父やねんから、こちとら邪悪(じゃあく)外道(げどう)としては、(おか)す楽しみがたっぷりあるやろ。  その話に藤堂(とうどう)さんはくすくすと笑ったが、俺に反論(はんろん)はないようで、自分を(かば)う神父の腕を、逆に背後から(つか)んでた。 「神父様、一緒に来てください。私一人では、とてもこの恐ろしい(へび)から(のが)れられません」  (すが)るような声で話した、それでも笑う気配の藤堂(とうどう)さんに、神父は怪訝(けげん)な顔で()()いた。  そやけどな、もう、時すでに遅しやで。  さよなら童貞神父。  藤堂(とうどう)さんが別室の方へ、神楽(かぐら)神父を引っ張り込むのを、俺は微笑(びしょう)(なが)めたわ。  ()しいなあ。(おか)されるのが、俺やったらよかったか。  それでも、どうしてもそんな気になられへんかったんやもん。  だってアキちゃん悲しむやんか。  それでも()しいことしたかと、余裕(よゆう)()いた心で思い、俺はふと、執務机(しつむづくえ)()せられていた写真立てが気になって、俺は藤堂(とうどう)さんがいつも妻子(さいし)の写真を入れていたそれを、(なが)めに行った。  そっと開いて見てみたら、それは、俺の写真やった。  厳密(げんみつ)には写真ではない。アキちゃんが描いた、俺の絵の写真やった。  確かにあの絵は、執務室(しつむしつ)の写真立てには入らへん。  それに他には、藤堂(とうどう)さんは俺の写真は持ってない。あの頃にはまだ俺は、写真に写らへんかったからな。  (せつ)なそうに、(いと)しげに微笑(ほほえ)みかけてくる、写真立ての中の自分の顔を、俺ははにかんで見つめた。  藤堂(とうどう)さん。愛してくれてありがとう。  俺とはうまくいかへんかったけど、新しい恋でもしてくれ。  いつかお(たが)い幸せになって、別れて良かったって思う日が来るわ。それが運命やった。お(たが)いの幸せに続く、正しい道やったんやって。  その時、(とびら)の向こうから、耳をつんざくような神父の悲鳴がして、ひいっと思って俺は首をすくめた。  (はげ)しいなあ、藤堂(とうどう)さん。優しくしたらなあかんで、バージンやねんから。  それでも悲鳴はしばらく続き、俺は心地よい音楽のように聞こえるその声に、じっと耳を()ませてた。泣き()れたような声やった。  でも、やがて、それに嗚咽(おえつ)に似た(あえ)ぎが混ざり、熱い息を()嬌声(きょうせい)に変わるのを聞いて、俺はにやりと満面(まんめん)の、悪魔(サタン)の笑みやった。  どうやろ、神楽(かぐら)さん。ええやろ、淫行(いんこう)辛抱(しんぼう)たまらんやろ。  藤堂(とうどう)さんな、ほんまに上手(じょうず)やねん。抱いてもろたことはないけど、それ以外はいろいろされたわ。俺も一晩さんざん泣かされた。  愛してようがいまいが、そんなん関係無しに病みつきになるような()さやなあ。あの人の(うま)さは。  百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の俺でもそうやったんやから、バージンの神父なんか(わけ)ないで。あっと言う間に足腰立たんようになる。(のう)(ずい)までどろっどろに()けるわ。  そして散々(さんざん)(しぼ)り取られた後にでも、お前が淫行(いんこう)は悪やっていうんやったら、俺もちょっとは考えてみる。  せやけど多分、俺の勝ちやで。お前は今、そういう声で泣いてるわ。  やめてと泣いてた声が、やめんといてくれって(あえ)ぐ。そんなもんやろ、人なんて。  そこから始まる愛もあるやろ。そうやといいな、藤堂(とうどう)さん。できたら幸せになってくれ。  俺も頑張(がんば)る。あんたとは別の道で。アキちゃんを追いかけて。  必死で追っていって、今度こそ、(すが)り付いてでも(たの)むことにするわ。  俺と幸せになってくれ。いつまでも永遠に。  俺にはお前の他に、一緒に生きていきたい奴はおらへん。一緒にどこまでも、行き着くところまで行こう、って。  それでも()られてもうたらな、きっと俺は死ぬ。それでええねん。生きてもしゃあない、アキちゃんのおらんこの世に、何の意味があんの。  さよなら、藤堂(とうどう)さん。俺もあんたを愛してた。俺が選択しなかった運命の恋人や。  そう結論すると、もう胸に未練(みれん)がなかった。俺はやっと、自分の過去から解放された。  軽くなったその心で、アキちゃんどこやって、俺は追いかけた。  そうして、どこかへ消えた気配(けはい)を目を閉じて(さぐ)るうち、気がつくと俺は(ちょう)()れに変転(へんてん)していた。  真っ黒い(はね)揚羽蝶(あげはちょう)。  金の点が目のように浮かぶ、その漆黒(しっこく)の羽ばたく()れの姿で、神戸の山々から吹き下ろす風に乗って、俺は愛しく光る恋人の白い光の軌跡(きせき)を追った。  アキちゃん好きや、どうかもう一度、俺を抱きしめてって、熱く(いの)りながら。  きっとその抱擁(ほうよう)を与えられたら、俺は溶ける。他の何とも(くら)べものにならないくらいの、深い陶酔(とうすい)()かれて。どろどろ()けてしまうやろ。  そして再び形を()るとき、俺はもう二度と、アキちゃんから離れない、そんな運命の恋人になっている。  それを夢見て、(ちょう)()れはひらひらと()った。(さそ)うように、()じらうように。まっすぐ迷うことなく、愛しいアキちゃんを追いかけて。 ――第10話 おわり――

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