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11-2 アキヒコ

「神戸の道路封鎖(ふうさ)総員退避(そういんたいひ)はできんと言うてはりました」 「何でや。アホやないのか。大災害やとちゃんと言うたか。(つか)いもろくろくできひんのか、お前は」  ぴしゃんと叩きつけるように怒鳴(どな)り、(じじい)はふんぞり返っていたが、(きつね)の耳のある少年はそれに、またやという痛そうな顔をしたきりやった。 「やっぱり先生が直々(じきじき)に行きはらへんと、あかんのやないやろか。(きつね)のお告げやとなあ、現実味がないんですわ、今のご時世(じせい)」 「お前がそんな格好(かっこう)して行くからや」 「伏見(ふしみ)にお参りしてから行って、着替える間も()しんだんやないですか。大急ぎやったんやで。それにどんな格好(かっこう)して行こうが同じですやろ。予言やらお告げやらで大災害があるて言われてますんで、市民を全員退避させてくださいて、そんなアホなですわ、今のご時世(じせい)」  ぶつぶつ言うてる(きつね)(だま)らせる勢いで、大崎茂(おおさきしげる)はばちんと会議テーブルを平手(ひらて)で打った。それに牛若丸(うしわかまる)コスプレはびくりと飛び上がっていた。 「何が今のご時世(じせい)や。馬鹿もんが。ほんならとっとと今時らしい格好(かっこう)でもせえ。(けだもの)(くそ)うてかなわんわ」  まるで憎そうに言う大崎茂(おおさきしげる)(しか)られて、秋尾(あきお)さんは、はいはいとうんざりしたように答えた。  確かに秋尾(あきお)さんやった。その後、その場ですぐまたどろんと化けて、いつものスーツに丸眼鏡(まるめがね)の、ぱっとせんようなレトロな中年男に戻ったんやから、間違いないわ。  秋尾(あきお)さん。どの姿があんたのほんまの姿なんや。何個ぐらい化けネタ持ってんのやろ。何にでもなれんのかな、まさか女子高生とか。気つけなあかん。誰が(きつね)か分からんわ。  スーツに戻った秋尾(あきお)さんには、もう尻尾(しっぽ)はなかった。どう見ても普通の人で、どこにでもいるリーマンみたい。  それが(きつね)化身(けしん)式神(しきがみ)で、にこにこ愛想(あいそう)よく(もち)神楽(かぐら)神父に挨拶(あいさつ)をして、大崎(おおさき)先生の(となり)に席をとった。  その横で、銀髪(ぎんぱつ)に変な目の(じい)さんは、ものすご(えら)そうにふんぞり返ってた。  俺と(とおる)も、まさか傍目(はため)にはこんな感じかと、俺はちょっと反省した。(えら)そうキャラが他人事と思われへんでな。  俺は結局、神楽(かぐら)さんの(すす)めで、いばり(じじい)(もち)の間に座らされた。行き場がなくて、持ったまま来てもうた水煙(すいえん)は俺の(ひざ)の上。神楽(かぐら)さんは(もち)(となり)。そんな感じで、最初の会合は始まった。  予言者を集めて、未来を(うらな)わせていると、大崎茂(おおさきしげる)はまず語った。それにより、日取りはほぼ特定されつつある。  まず(なまず)(あば)れだし、それによって岩戸(いわと)が開く。そして、死の舞踏(ぶとう)が現れる。しかしそれで終わりやのうて、第三の何かが(ひか)えてる。  それは(りゅう)ではないかという説が有力やと、お伽話(とぎばなし)のあらすじでも話すみたいに、()せた海原(かいばら)遊山(ゆうざん)は話した。もちろん、大真面目(おおまじめ)に。  (りゅう)やないかと、そういえば、海道(かいどう)家で朝飯食うてる時に、竜太郎(りゅうたろう)(うらな)っていた。蔦子(つたこ)さんはそれに言質(げんち)を与えなかったけど、異論(いろん)はないような顔をしていた。  (りゅう)なんてもんが、この世に()んのかと、俺は内心そう思っていたけど、蛇神(へびがみ)がいて、天使がいて、不死鳥(ふしちょう)がおるんやったら、そらもう(りゅう)ぐらいおるやろ。今さら(おどろ)くに(あたい)しない。そうなんやろと思ったのに、秋尾(あきお)さんは(おどろ)いていた。 「(りゅう)ですか、先生。ほんまやろか。そんな、どえらいもんが姿(あらわ)すことが、ありえますのんか」 「うるさいな、お前は。いちいち口(はさ)まんでええんや」  ちっと舌打(したう)ちしそうな勢いで、大崎(おおさき)先生は秋尾(あきお)さんを邪険(じゃけん)にしてた。 「はあ、すんません。あんまりびっくりしたもんで」  恐縮(きょうしゅく)したふうに()びて、秋尾(あきお)さんは引っ込んだ。それでもまだ、(おどろ)いたような顔やった。  (りゅう)って、そんな(めずら)しいもんなんか。普通、非・普通の区別は付くけど、非・普通の中でのランク付けが、俺にはまったく分からへん。  秋尾(あきお)さん、あんたも充分(めずら)しいと思うんやけど、()(きつね)(おどろ)く必要ない程度に普通なんか。全く分からん。  (なまず)と、死の舞踏(ぶとう)は普通やと、大崎(おおさき)先生と(もち)は、そんな態度やった。その、あまりに普通らしいスルーされ方にビビって、俺は、死の舞踏(ぶとう)って何ですやろかとは口を(はさ)めなかった。後で秋尾(あきお)さんか誰かに聞こう。  (りゅう)はどう(ころ)ぶやら、問題やなあと、大崎茂(おおさきしげる)(うな)り、そして俺を見た。 「なんでまた、お前みたいな若造(わかぞう)祭主(さいしゅ)に選ばれたんやろかと(なげ)いてたんやけど、そういうことやろなあ」  (なげ)かわしいわという目のまま、大崎(おおさき)先生は俺にそう言うた。 「なんですか、そういうことって」 「なんですかって、お前。秋津(あきつ)の跡取りやろが。お前んちは(りゅう)(しず)める家柄(いえがら)や。(あば)れる(りゅう)が現れたら、それを(なだ)めるために、お(まつ)りしたり、時には()(にえ)を出してきた」  あんぐりしたまま、俺は大崎茂(おおさきしげる)の顔を見た。  ()(にえ)?  ()(にえ)、って、()(にえ)?  (ぶた)の丸焼きとかやのうて、人間の()(にえ)ですか?  って、俺は()いた。()かな分からへん。  そしたら大崎茂(おおさきしげる)はものすごい俺を馬鹿にした顔をした。 「そんなん知るかいな。(わし)秋津(あきつ)の男やないで。お前が知らんのに、(わし)が知るわけないやないか。お前のおとんにでも()け」  ぷんすか怒って、大崎茂(おおさきしげる)(どく)づいた。

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