102 / 928

11-4 アキヒコ

 俺ももし、永遠に()けへん体になってへんかったら、こんなおっさんになりたかったな、みたいな。そんな、永遠の若さがちょっと残念になるような人やねん。  あんまり()めんのは止そう。恋敵(こいがたき)なんやから。  そう思ってみても、初対面(しょたいめん)(ぬぐ)いがたい好印象(こういんしょう)は、そう簡単には消えへんかった。  (とおる)を抱いて横たわっている有様(ありさま)も、寝乱(ねみだ)れてしどけなくはあっても、すごく絵になっていた。  言いたくはないが、お似合(にあ)いのふたりに見えた。  もしかして俺よりも、この人のほうが、(とおる)の横にいて、しっくりくるような絵や。自然にそう思えて、頭が割れそうに痛み、息もできへん。  激怒(げきど)してキレて、その勢いで(とおる)をぶった()ってやりたいと、俺は心底そう願ってたけど、そんな権利は俺にはないわって、そんな気持ちも()いていた。  なんで俺は、(とおる)は俺のもんやって、ずっと信じていたんやろ。  ほんまにそう信じてた。戻った部屋で、抱き合う二人の、あの光景を見るまでは、ちょっとも疑わずに信じてた。  (とおる)は永遠に俺のもの。あいつは俺といられれば、それで幸せなんやって。  自惚(うぬぼ)れやったな。浮気(うわき)()いたり、よそ見をするなって心配したりしてても、俺は内心では思ってた。  俺よりお前を幸せにできる男はおらへん。あんなん何がええねん、俺のほうがええやろ、って、(とおる)が抱かれたいリストを更新(こうしん)するたびに、心の中で思ってた。  何を根拠(こんきょ)に俺は、そう信じてたんやろ。後になって(なや)むと、全然その自信の(みなもと)が分からへん。  抱き慣れたふうな手で、(とおる)を抱いてる中西(なかにし)さんを見て、俺は自分が無粋(ぶすい)に思えた。  突然()み込んできて、愁嘆場(しゅうたんば)(えん)じるアホな餓鬼(がき)。怒る気もせん、(あき)れるわっていう、そういう顔して見られたし、それは俺にも分かってた。  めちゃめちゃ格好(かっこう)悪い。  俺はもう、(とおる)と別れたい。  好きやなくなった(わけ)やない。変わらず好きやけど、でももうつらい。  俺よりもっと、あいつに相応(ふさわ)しい男がおって、そいつと運命的な再会を果たした(とおる)が、もう戻ってはこない。そういう気がして、俺は()てられるんやと思ってた。  それで逃げだすように、その場を去ってた。ほんまに逃げてん。  (いや)やった、その場で()られるんやと、あんまり自分が(あわ)れに思えてん。  自慢(じまん)やないけど、俺もあんまり人に()られたことはない。せやから()れてない。自分のほうが()てられるのにはな。  いつも()きるのは俺のほうが先で、別れたい理由は俺のほうにあった。  お前は不実(ふじつ)やとか、もう愛せないような事をしたとか、そういう些細(ささい)な原因やねん。  さらっと()めてもうて、それっきりもう燃えない。せやから、しゃあない、別れてくれへんかって、そんな理由。  面倒(めんどう)くさいねん。人と付き合うのが。いろいろ気も(つか)う。(さび)しいねんけど、誰かといると(つか)れてしまう。  本当の自分を相手に(さら)す勇気もなくて、(だま)(だま)し付き合うと、いずれはそれに気が(とが)めてくる。  俺は(うそ)をついてる。誠実(せいじつ)でないといけない相手に、毎日(うそ)ついて過ごしてるって、そういう罪の意識で押しつぶされてくる。  そこに些細(ささい)亀裂(きれつ)が入ると、ダムが一本のヒビで決壊(けっかい)するみたいに、なにもかもぶち(こわ)しになって、そこに沢山(たくさん)あったはずの恋も愛も、見る間にどっかに流れていってしまうんや。  相手と別れると俺はいつも、ほっとした。  もう、心配することは何もない。相手に気を(つか)う必要はなくなった。  デート中に女がホテル行きたいと言い、ほな行こかって連れて行き、案内された部屋に、俺にしか見えへん首つり君がぶら下がっている。  そいつが、あのう、首痛いんですけどって、俺に言う。  それを見ながらセックスできる男がおるか。できるわけない。  今日はあかんわ、もう帰ろって、いつ言おう、いつ言おうみたいな、そんなホラーかギャグか分からんような、悲しい想いをする必要もない。  別れれば解決。一人が気楽やって、深く安堵(あんど)して、また気づく。  俺は(さび)しい。一人で()ると、ものすご(さび)しい。  誰か一緒に()ってくれればええのにな、って、その堂々巡(どうどうめぐ)り。  アホみたい。俺は一体、何をやってんのやろ。  きっと、ほんまに俺はヘタレでアホなんや。竜太郎(りゅうたろう)が言うように。  未熟(みじゅく)な俺に、水煙(すいえん)はいつもため息をつく。まだまだやなあ、ジュニアって。  もっと気合いを入れろ本間(ほんま)と、新開(しんかい)師匠(ししょう)は俺に怒鳴(どな)る。  初心(うぶ)な絵やなあと、大崎(おおさき)先生は俺にイケズする。  頑張(がんば)ってるけど、空回(からまわ)りしてる。そんな急には大人になられへん。  立派(りっぱ)な男になりたいけど、でも一瞬で変身できるわけやない。  頑張(がんば)ったところで、当分(とうぶん)(あいだ)の俺は、小僧(こぞう)のまんまやねん。  そんな俺に、(とおる)はそのうち()きるかもしれへん。()きっぽい子やと、画商(がしょう)西森(にしもり)さんも言うてたやないか。  昨日は夢中(むちゅう)で見てたのに、今日には()きる。そしてボロ(くず)みたいに()てるんやって、西森(にしもり)さんは話してた。  それは俺への忠告(ちゅうこく)で、あいつとは(ほど)ほど親しく、深入りせんのがコツですよと、祇園(ぎおん)のお洒落(しゃれ)なおっさんは、訳知(わけし)(がお)で俺に教えた。  余計(よけい)なお世話(せわ)や。俺は(とおる)にとって、他の男とは違う。あいつが俺に、飽きるわけないわって、俺はそれをまともに聞いてなかった。  そうやと信じていたかってん。俺は特別。他とは違う。  そやから(とおる)は俺を、()てたりしいひん。  でも、ほんまのこと言うたらな、いつも怖かったんやで。  昨夜(ゆうべ)はうっとり俺を見ていた(とおる)が、今朝にはボロ(くず)みたいに俺を()てる。そんな日が、今日なんやないかって。

ともだちにシェアしよう!