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11-4 アキヒコ
俺ももし、永遠に老 けへん体になってへんかったら、こんなおっさんになりたかったな、みたいな。そんな、永遠の若さがちょっと残念になるような人やねん。
あんまり褒 めんのは止そう。恋敵 なんやから。
そう思ってみても、初対面 の拭 いがたい好印象 は、そう簡単には消えへんかった。
亨 を抱いて横たわっている有様 も、寝乱 れてしどけなくはあっても、すごく絵になっていた。
言いたくはないが、お似合 いのふたりに見えた。
もしかして俺よりも、この人のほうが、亨 の横にいて、しっくりくるような絵や。自然にそう思えて、頭が割れそうに痛み、息もできへん。
激怒 してキレて、その勢いで亨 をぶった斬 ってやりたいと、俺は心底そう願ってたけど、そんな権利は俺にはないわって、そんな気持ちも湧 いていた。
なんで俺は、亨 は俺のもんやって、ずっと信じていたんやろ。
ほんまにそう信じてた。戻った部屋で、抱き合う二人の、あの光景を見るまでは、ちょっとも疑わずに信じてた。
亨 は永遠に俺のもの。あいつは俺といられれば、それで幸せなんやって。
自惚 れやったな。浮気 に妬 いたり、よそ見をするなって心配したりしてても、俺は内心では思ってた。
俺よりお前を幸せにできる男はおらへん。あんなん何がええねん、俺のほうがええやろ、って、亨 が抱かれたいリストを更新 するたびに、心の中で思ってた。
何を根拠 に俺は、そう信じてたんやろ。後になって悩 むと、全然その自信の源 が分からへん。
抱き慣れたふうな手で、亨 を抱いてる中西 さんを見て、俺は自分が無粋 に思えた。
突然踏 み込んできて、愁嘆場 を演 じるアホな餓鬼 。怒る気もせん、呆 れるわっていう、そういう顔して見られたし、それは俺にも分かってた。
めちゃめちゃ格好 悪い。
俺はもう、亨 と別れたい。
好きやなくなった訳 やない。変わらず好きやけど、でももうつらい。
俺よりもっと、あいつに相応 しい男がおって、そいつと運命的な再会を果たした亨 が、もう戻ってはこない。そういう気がして、俺は捨 てられるんやと思ってた。
それで逃げだすように、その場を去ってた。ほんまに逃げてん。
嫌 やった、その場で振 られるんやと、あんまり自分が哀 れに思えてん。
自慢 やないけど、俺もあんまり人に振 られたことはない。せやから慣 れてない。自分のほうが捨 てられるのにはな。
いつも飽 きるのは俺のほうが先で、別れたい理由は俺のほうにあった。
お前は不実 やとか、もう愛せないような事をしたとか、そういう些細 な原因やねん。
さらっと醒 めてもうて、それっきりもう燃えない。せやから、しゃあない、別れてくれへんかって、そんな理由。
面倒 くさいねん。人と付き合うのが。いろいろ気も遣 う。寂 しいねんけど、誰かといると疲 れてしまう。
本当の自分を相手に晒 す勇気もなくて、騙 し騙 し付き合うと、いずれはそれに気が咎 めてくる。
俺は嘘 をついてる。誠実 でないといけない相手に、毎日嘘 ついて過ごしてるって、そういう罪の意識で押しつぶされてくる。
そこに些細 な亀裂 が入ると、ダムが一本のヒビで決壊 するみたいに、なにもかもぶち壊 しになって、そこに沢山 あったはずの恋も愛も、見る間にどっかに流れていってしまうんや。
相手と別れると俺はいつも、ほっとした。
もう、心配することは何もない。相手に気を遣 う必要はなくなった。
デート中に女がホテル行きたいと言い、ほな行こかって連れて行き、案内された部屋に、俺にしか見えへん首つり君がぶら下がっている。
そいつが、あのう、首痛いんですけどって、俺に言う。
それを見ながらセックスできる男がおるか。できるわけない。
今日はあかんわ、もう帰ろって、いつ言おう、いつ言おうみたいな、そんなホラーかギャグか分からんような、悲しい想いをする必要もない。
別れれば解決。一人が気楽やって、深く安堵 して、また気づく。
俺は寂 しい。一人で居 ると、ものすご寂 しい。
誰か一緒に居 ってくれればええのにな、って、その堂々巡 り。
アホみたい。俺は一体、何をやってんのやろ。
きっと、ほんまに俺はヘタレでアホなんや。竜太郎 が言うように。
未熟 な俺に、水煙 はいつもため息をつく。まだまだやなあ、ジュニアって。
もっと気合いを入れろ本間 と、新開 師匠 は俺に怒鳴 る。
初心 な絵やなあと、大崎 先生は俺にイケズする。
頑張 ってるけど、空回 りしてる。そんな急には大人になられへん。
立派 な男になりたいけど、でも一瞬で変身できるわけやない。
頑張 ったところで、当分 の間 の俺は、小僧 のまんまやねん。
そんな俺に、亨 はそのうち飽 きるかもしれへん。飽 きっぽい子やと、画商 の西森 さんも言うてたやないか。
昨日は夢中 で見てたのに、今日には飽 きる。そしてボロ屑 みたいに捨 てるんやって、西森 さんは話してた。
それは俺への忠告 で、あいつとは程 ほど親しく、深入りせんのがコツですよと、祇園 のお洒落 なおっさんは、訳知 り顔 で俺に教えた。
余計 なお世話 や。俺は亨 にとって、他の男とは違う。あいつが俺に、飽きるわけないわって、俺はそれをまともに聞いてなかった。
そうやと信じていたかってん。俺は特別。他とは違う。
そやから亨 は俺を、捨 てたりしいひん。
でも、ほんまのこと言うたらな、いつも怖かったんやで。
昨夜 はうっとり俺を見ていた亨 が、今朝にはボロ屑 みたいに俺を捨 てる。そんな日が、今日なんやないかって。
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