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11-6 アキヒコ
「う……浮気!?」
「いや……本気かもしれへん。あいつにはきっと、俺より好きな男ができたんや」
絶対そうやって、あと五秒くらいで気絶できそうな気分で、俺は教えた。
勝呂 はそれに、唖然 と目を見開いた。
「そんな……アホな。俺をぶっ殺して、先輩をぶんどっておいて、一年保 たずに浮気……?」
言われてみると、あまりにも酷 い話やった。
すまん勝呂 、アホな俺を許してくれ。
お前をぶっ殺しておいて、そんなオチにしかできへんかった俺の不甲斐 なさを。
「俺にしといたら良かったんや、先輩。俺なら絶対、浮気なんかせえへん。だって……」
何から話したらええかなあ、みたいな、勝呂 は頭の中で話を組み立てているような顔をした。
俺はぼんやりと、それを見つめた。
きっと長い話やで。こいつは前もそうやってん。
慌 てたみたいに、大きな目がきょろきょろ惑 って、何か考えてたと思ったら、演算 終了、みたいな時がきて、それからものすごい長話 。
それも、聞けば聞くほど、主旨 がわからんようになる混乱した話で、結局なにが言いたいんか分からへん。
あんまり長く話すうちに、こいつは話の長さが恥 ずかしなってきて、まあええです、こんな話どうでもええわ、仕事しましょうかって、勝手に照 れて作業に戻る。そういう感じやってん、夏になる前、大学の作業室で詰めてた時も。
あの頃は由香 ちゃんと、極 めて微妙な三角関係におちいり、勝呂 が俺と二人きりで話す機会はほとんど無かった。
でも、全然無かったわけやない。せやのにこいつは、その機会を全て意味不明な長話で無駄 にしていた。
好きやって、一言言えば済 む話を、ものすごく遠回りして、結局、結論まで行き着かへん。そのせいで俺に夏中逃げ回られて、こいつが肝心 の話をできたんは、もう死ぬような時になってからやった。
不器用 や。それが可愛 いって、俺はどこか自分に似てるような、こいつのことを、弟みたいに思ってた。
弟やって、それは、一種の防衛線 やったかもしれへん。そこから先へ行ったら、取り返しのつかないことになる。
俺には亨 が居 るし、その上こいつにも惚 れてもうたら、俺はあまりに不実 。
せやけど、うちのおとんは、妹に惚 れて、子供まで孕 ませたんやで。そしてその子が俺やねん。俺はそういう血を、たぶん受け継 いでる。
こいつは弟みたいと、そんなふうに自己暗示 かけてもな。ああそう、そうかもしれへんな。けど、それが何、みたいな自分も居 るわ。
「先輩、俺はあの後、いっぺん地獄 に堕 ちた」
俺を間近 に見上げて、勝呂 は必死の顔をした。
長い話かと、俺は勝呂 に肩を抱かせたまま、それを見つめ返した。
「俺の罪を浄化 するには、まあざっと、三万年くらいかかると、煉獄 の釜 を炊く天使が言うねん。そんなに時間がかかったら、せっかく綺麗 な体になっても、先輩はもうおらんのやないかって、俺は心配やったんです」
三万年。それはどれくらいの長さの時か、俺には想像つかへんわ。
亨 は俺とあいつが、永遠に生きられると言うてたけど、それが三万年保証 かどうか、わからへん。
せやから、その時にも俺はいるとか、いないとか、俺は勝呂 に返事してやられへんかった。
「そしたら天使がな、こう言うんです。神は万物の創造主 、時間をも創造 なさったお方やから、後で三万年分、巻き戻してもろたらええわって。せやから安心して煉獄 へ行け。お前は顔可愛 いし、歌も上手 いみたいやから、出獄 したら天使になれるように推薦状 書いておいてやるわって」
そんな、お前。どっかで悪い芸能プロダクションの人にナンパされたみたいな話やで。顔可愛いから天使になったんか。世の中、あの世でもこの世でも、結局顔か。
「そしたらまた、先輩に会えるからって言われて、俺は耐 えたんやで。煉獄 の火の中で、三万年」
その話は想像を絶 しすぎてる。
自分の肩をぎゅっと握 ってくる勝呂 の顔の、つるりと白くて傷一つない肌を見下ろし、俺はなんにも考えてなかった。
「仲間にならへんかって、悪魔 どもが誘 ってきたけど、俺は耐えたわ。どうしても先輩に、また会いたかってん」
切なそうに言い、勝呂 は物欲 しそうやった。
こいつが何を欲しがってんのか、俺はよく知ってた。
この夏、俺は嫌と言うほど強く、お前に強請 られた。
抱いてほしい、キスしてほしい、俺のことも愛してくれって。
「蛇 と別れたんやったら、先輩……俺のこと、瑞希 って呼んでください。俺の番 やろ……もう誰も、先輩が気兼 ねする相手はおらんようになった」
確かにそうかも。でもまだ、そうと確定したわけやない。
あいつが俺のとこに来て、さよならアキちゃんと言うまでは。
それともあいつは、もう俺のところには来ないんやろか。
俺はもう、ボロ屑 みたいに捨てられた後か。それをお前が、拾 ってくれるっていうんか。
地獄 に仏 っていうのは、聞いたことあるけど、天使もおるんや。
「俺のこと、まだ憎いですか」
微動 だにせず、ぼけっとしてる俺が、拒 んだと思ったんやろ。勝呂 は悲しげな、苦痛の顔をした。
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