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11-11 アキヒコ

「俺が、()らんのやったらな、ジュニア。もうええから、どこかへ()ってくれ。お前の(へび)が言うように、金属ゴミの日にでも出せ。お前が手放さへんかったらな、俺は永遠にお前のところに()るしかないんや」  俺の肩に重そうに頭をしなだれさせてきて、水煙(すいえん)はぐったりしたまま、そう言うた。 「()らんなんて……そんなことはない」  俺は深く()じ入りながら言い、その苦痛に()えた。  一体、どの(つら)さげて、それを言うかと、水煙(すいえん)は思うてるやろ。 「でも、お前がよそへ行きたいんやったら、どうしたらええか教えてくれたら、お前を誰かちゃんと、ふさわしい(あつか)いしてくれる人のとこに()る。蔦子(つたこ)さんでもええし、新開(しんかい)道場(どうじょう)でもええし……他に誰か、心当たりがあるか」  ()くと考える目になって、水煙(すいえん)はやんわりと俺の手を(にぎ)ってきた。  まだ、ひやりと冷たい手やった。  水煙(すいえん)は物言いたげやったけど、それでも何も答えて()いひんかった。  ああ、そうかと、俺は(さっ)した。そのつもりやった。 「帰りたいか、おとんのところに?」  俺がそう言うと、水煙(すいえん)(あき)らかな、苦しいという顔をした。そして小さく首を横に()って(こば)んできた。 「それは無理やで。アキちゃんは、もう俺を捨てたんや。お前を守ってやってくれと(たの)んで、俺との契約(けいやく)を切ってきた。それがアキちゃんの最後の命令なんや」 「おとんはもう、お前の主人やないのやろ。それでもそんな命令、いつまでも聞いてなあかんのか」  もうその言葉には、お前を(しば)る力はないんやないかと、俺はそういう指摘をしたんやで。  だってそうやろ、その言葉に効力があるのは、おとんが水煙を支配する(げき)やったからで、そうやなくなった今では、ただの言葉や。(いや)なら(いや)やて、無視すればええねん。 「ジュニア、俺はな、アキちゃんが好きやったから言うこときいてやってたんやで。今でも好きや。別れてもうたら、それっきりどうでもええなんて、そんな生半可(なまはんか)な気持ちやなかった」  水煙は一途(いちず)やなと、俺は思った。そして俺のおとんは不実(ふじつ)や。  なんでこいつを俺みたいな、ぼんくら息子にくれてやったんやろ。  もしも、こいつの気持ちを知ってるんやったら、ずっと(そば)に置いてやればよかった。  それともまさか、知らんのやろか。俺のおとんやからな。  ああ見えて、実はめちゃめちゃ鈍感なんか。はっきり言わんと分からんのかもしれへんで。 「おとんは知ってんのか、そういう、お前の気持ちを」  俺が()らん心配をして(たず)ねると、水煙(すいえん)素早(すばや)く首を()って否定し、()れてるような、皮肉(ひにく)のような小声で、さあなと言うた。  やっぱり知らんのやないか。言うたことないんや、こいつは、そのことを。 「言うたらな分からんのやで。俺もそうやし、きっとそうや。おとんも俺とおんなじで、きっと鈍い男やねん。水煙(すいえん)。何やったら俺が言うてやる。おとんに手紙書いて、お前はおとんを好きやから、俺よりおとんと一緒に()りたいんやって、教えてやるわ」  冷えた指で俺の手を(つか)み、水煙(すいえん)(いや)やてまた首を振った。  まだ生々(なまなま)しい傷が、痛々(いたいた)しく見えた。  それでも赤い血やない。何となくその痛みに(さっ)しがつかず、俺は上の空やった。なんとかその傷を、今すぐ治してやる方法はないかと思いつつ。 「アキちゃん……」  可哀想(かわいそう)(かす)れ声で、水煙(すいえん)(つぶや)くようにぽつりと呼んだ。それがあんまり切なそうで、俺はつらかった。  今すぐ、おとんに手紙飛ばさなあかん。上手(うま)く飛んでいくか分からへんけど、俺が水煙(すいえん)にしてやれる事なんか、今はそれしかあらへんし。 「アキちゃん」  水煙(すいえん)は俺の手を(にぎ)り、じっと(すが)るような目で俺を見つめて、もう一度そう呼んだ。 「言わな分からんのか……アキちゃん」  俺にそう呼びかける水煙(すいえん)の顔は、今にも()(くず)れそうな、悲しそうな表情やった。  これは何て綺麗(きれい)な神さんやろかと、俺はそれを(おどろ)いて見た。 「もういい、お前のおとんのことは、もういいんや。あいつは充分苦しんだ。俺の気持ちも知ってたわ。他の(しき)が寄ってたかって、愛してくれって強請(ねだ)るのにも()えた。それでもお前のおとんはな、トヨちゃんが好きやったんや」  手紙が届ける写真の中で、おかんとにこにこ寄り()っているおとん大明神(だいみょうじん)のアホみたいなデレデレ顔を思い出し、俺はぼんやりとした。  そうやろな。好きやなかったら、あんなアホみたいな顔でけへんやろ。  情けないねん。男として、父として、格好(かっこう)良さの欠片(かけら)もないわ。 「お前のおとんは、もう死んだ。秋津(あきつ)当主(とうしゅ)としての(つと)めは果たした。結果、無念(むねん)の負け(いくさ)やったけども、それはもう仕方がない。勝負は時の運、死力(しりょく)()くしたことは確かや。それでほんまに死んでもうたんやから、もう(らく)になってもええやろ。あいつは大好きなトヨちゃんと、もう二人っきりで()りたいんや」  水煙(すいえん)は、今にも涙を流しそうな顔をしていた。  泣いてもええよと、俺はそういうつもりで見たが、水煙(すいえん)は泣きはせんかった。  もしかしたら人型のときには、泣かれへんのやろかと、俺は不思議に思った。剣の時には泣いてたのに、なんで無理なんやろ。 「おかんが好きは、分かるけど……でも、それやとお前はどうなるねん。無責任やないか」 「無責任か。そうかもしれへん。せやけど、そんなもんやろ。俺や他のに遠慮(えんりょ)して、生きてるうちはさんざん我慢(がまん)した。もう知らん、好きにさせてくれって、そういうことなんや。好きにさせてやってくれ」  おとんも男冥利(おとこみょうり)やと思い、俺は健気(けなげ)水煙(すいえん)をじっと見つめた。

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