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11-12 アキヒコ
「アキちゃん」
そんな俺を眩 しさを堪 えるような目で見つめ返してきて、水煙 はまたそう呼んだ。
「俺が嫌いか。先に教えといてくれ。そうやないと俺は、怖くてはっきり言われへん……」
確かに怖いらしい、俺の顔から目を伏 せて背 けるように、水煙 は俺の肩に、なおいっそう顔を埋 めてきた。
「お前の目に映 る、俺は美しい神か。それともただの化け物か。これは醜 い化けモンやって、そう思うてるんやったら、今すぐどこかへ捨ててくれ。人に遣 ろうなんて考えたりせんと、今すぐ窓から捨てたらええんや」
気にするな、そうすれば縁 のある手に辿 り着く。それにもし俺がそのまま、鉄くずみたいに朽 ち果てたとしても、俺が嫌いなお前には、なんの関係もないことやろと、水煙 は切々 とかき口説 くような口調やった。
「お前のことを、醜 いと思うたことなんかないよ。綺麗 やで、お前は。剣の時でも、今も」
俺は正直に心からそう話してた。実際、水煙 は、鬼気 迫 るような美貌 の神やった。確かに異形 ではあるけども、それが醜 くはない。
人ならぬ者だけが持つ、震 いつくような美が、こいつの中にはある。それは研 ぎ澄 まされた刃 の美に似て、あまりにも純粋にで、迂闊 に触 れると切れそうな怖さがあった。
おとんはこの剣を、時には抱いて寝たという。もちろん剣の形のままでやで。なんでそんなことをしたんか。こいつがそれを、頼 んできたんやろか。
水煙 は、お前は綺麗 やという俺の話に、照 れたような顔をした。
でもそれが、淡 い苦痛のあるような、眉間 の皺 といっしょくたやったんで、俺は悩んで、自分の首に擦 り寄 ってくる水煙 の顔を見た。
「照 れ屋 のお前が、そんなこと平気で言うなんて、俺に気のない証拠 やな」
水煙 はまさに切れ者やった。何も言うまでもなく、剣士の心に察 しをつける。
「それでも言わせてくれ。言わんと分からんのやったら。俺はお前が好きや。お前のおとんより、今はお前が好きなんや。捨てんと傍 に置いてくれ。お前の守 り刀 として。それでいい、ずっと永遠にそのままでもええんや。俺をお前のものにしてくれ。愛してほしいんや、俺のことも……抱いて欲しい」
水煙 は俺の腕に抱かれ、震 えながらその話をした。
古い神が震 え、お前が愛しいと自分をかき口説 く。
それは普通なら、昏倒 しそうな出来事やった。とにかく水煙 は、それくらいの美貌 やねん。
その時は前にも増して、恐ろしいほど綺麗 やった。それに心が動かへんのは、鬼か悪魔 や。俺はきっと、そういうモンになったんやと、自分を呪 ってた。
なんにも感じへんかったんや。
水煙 は、可哀想 やなあと思った。
こんなに俺のことが好きやと言うてくれてんのに、俺はそれに、なんにも感じへん。ただ哀れなだけで。
勝呂 と同じ。お前でも良かった。亨 よりは断然 マシやったやろ。
せやのに俺は亨 がよくて、水煙 は二 の次 で。しかもこの切れ者は、そんな俺の心に、嫌 というほど察 しをつけていた。
「言わんといてくれ、アキちゃん。返事は聞きとうないわ。蛇 が好きやは、もうご馳走様 やで。嫌 というほど俺は見た。お前があの蛇 に、そう言うてるのを。もうええわ、あそこまでやられて、自分にもまだ見込みはあると思うほど、俺はアホやない」
ただ知っといてほしかったんやと、水煙 は言うた。俺はお前を想 うてる。その気持ちを知って、受け止めといてほしい。
何を見せられても俺が平気やと、誤解 せんといてほしい。剣にも心はあるんやからと、水煙 は俺を諭 した。いつもよりは力無い、頼 むような口調で。
俺は自分がしてきたことの、その全容 を悟 った。
水煙 が自分を片付けろと、口酸 っぱくして言うてきたのは、目の前でいちゃつかれて胸 くそ悪かったからやない。
こいつは、つらかったんや。 つらかった。
俺もつらかった。亨 が他の男に抱かれて、愛してるような目をしてた。
その腕に抱かれ慣 れたような、くつろいだ雰囲気 で、のんびり足を絡 めてた。
そんなこと俺としかせんといてくれと思うようなことを、あいつは平気でやっていた。それを見せられて、俺は死ぬほどつらかった。
せやからあれは、言うなれば神罰 や。水煙 を苦しめてきた俺に、とうとうその因果 が巡 ってきたんや。
「水煙 ……見てたかどうか、俺は知らんけど、俺にはさっき、新しい式 ができた。お前も知ってる勝呂 やで、大阪で死んだ、あの犬や。あいつと一緒でもええか」
両腕で抱き寄せて、水煙 の目を見て問うと、水煙 は青白くなった顔で俺を見つめ返してきて、こくりと小さく頷 いた。
それは普段の高飛車 が、まるでどこかへ消えてもうたような、素直 で従順 そうな仕草 やった。
「お前をもう、隅 には置かへん。ちゃんとふさわしい、お前が気持ち良う過ごせる場所に置く。約束するわ。俺を許してくれ」
「キスしてくれ、アキちゃん」
それで許すと、水煙 はそれが、一か八かの賭 やというような風情 で訊 ねてた。
犬にもしたんや、俺にもできるやろと、水煙 は悔 やむ口調やった。
やっぱりあれも見てたんか。そんなら俺もおとんと大差ない。右に左に式 を侍 らす、誰憚 らず朝 な夕 なにそれを可愛 がる、どうしようもない男やで。
そんなら水煙 を抱いてやられへん理由があるかと、俺は覚悟 を決めた。
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