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11-13 アキヒコ

 ぐったりと力無い水煙(すいえん)の体を支え、俺はその細く整った(あご)を引き寄せた。唇を開かせて舌を押し入れると、その時の水煙(すいえん)はもう、青いというより白い顔やった。  たぶん上気(じょうき)してたんやろう。血が白いんやから、人でいう真っ赤になった顔は、白い顔やねん。その顔が、俺はものすごく好きやった。  はあはあ(せつ)なく(あえ)いで、(つたな)く答える舌も可愛げがあって、必死に俺に抱かれてる、強く抱いたら(こわ)れそうな華奢(きゃしゃ)な体で、水煙(すいえん)はがたがた(ふる)えてきてた。 「アキちゃん……もうやめて」  水煙(すいえん)はキスから(のが)れようとして、あんまり力のない腕で、俺の胸を押し返してきた。  なんでや、もっとしようと、俺は水煙(すいえん)の逃げる(くちびり)を追いかけた。  お前は俺と、キスしたかったんやろ。(とおる)はいつも、もっとしてくれって強請(ねだ)るけど、お前はそうやないんか。  (とおる)が半年一年かけて、俺に仕込んだあれやこれやを駆使(くし)して、俺は水煙(すいえん)(くちびる)()めた。  だってこいつはキスしかできへんのやし、それならできるかぎり、気持ちよくしてやろうと思って。ただそれだけの、ご奉仕(ほうし)しよかみたいな、そんな気持ちやったんやで。  そやのに水煙(すいえん)は、まるで俺がもっと、身のある()め方をしてるみたいな(もだ)え方やった。  浴槽(よくそう)の水が、(もだ)える水煙(すいえん)の体にかき乱され、ばしゃばしゃと鳴っていた。 「ああ、あかん。もうやめて。なんか体がおかしいわ……」  唾液(だえき)()れた(くちびる)で悲鳴のように教え、水煙(すいえん)()じらう白い顔やった。  どうおかしいんやろと思って、俺は水煙(すいえん)を湯から引き上げた。  ほかほか(あたた)まった青白い体を、バスルームの白い床に横たえて(なが)めても、特におかしいところは無かった。  前に家で見てもうた時と同じ、青い爪先(つまさき)に薄い水かきと(ひれ)のある、いかにも海から来ましたみたいな体をしてて、ついつい興味(きょうみ)で開かせた両脚(りょうあし)の間にも、これといって何もない。  抱こうにも抱かれへん、そんな意地(いじ)の悪い体やったで。  まったく今日は地獄(じごく)みたいな日や。(とおる)に殺され、そのあと勝呂(すぐろ)にお(あず)けされて、さらに水煙(すいえん)我慢(がまん)プレイをさせられる。  俺はもう、ほんまにつらい。男の性欲と愛は、言うたらなんやけど、ほぼ無関係やで。好きや好きやと、やりたいやりたいは別系統(べつけいとう)やねん。  水煙(すいえん)が俺を受け入れられる人並(ひとな)みの体やったら、たぶん俺は我慢(がまん)できへんかったやろ。その場で青白い神を抱いていた。  そしてそれで大満足したかもしれへん。  水煙は綺麗(きれい)やったし、確かにキワモノやったけど、俺を愛してた。  やめてくれと懇願(こんがん)しつつ、もっと抱いてくれという目をしてた。  その目を見れば、鈍い俺でもさすがに分かった。(とおる)が乱れたベッドの中で、俺を見る時の目と似てて。 「もっとキスしてやろか」  ヤワな体を気遣(きづか)いながら、俺がやんわり組み()くと、その重みにか、それとも抱かれた気分のせいか、水煙(すいえん)(あえ)ぐようなため息を()らした。 「やめて。なんや、変になりそうや」  首を()水煙(すいえん)は、(ひたい)に汗をかいていた。(したた)るような水滴(すいてき)が、(きり)を浴びたように水煙(すいえん)の体を包み、(かす)かに(もや)まで発してた。  それはこいつが剣の姿で燃えるときと、良く似てる。  気持ちええわあと、その時は素直(すなお)水煙(すいえん)が、人の形やと素直(すなお)になられへんらしい。  それもしゃあない。水煙(すいえん)はほんまに初心(うぶ)やってん。  一体どんだけ生きてんのか、何千年、何万年、もっとかもしれへんけどな、それでも水煙(すいえん)は、肉感的(にくかんてき)な快感というのを、この時まで感じたことがなかったらしい。  せやからな、初めてやったんや。何というか、その。感極(かんきわ)まるのが。  おかしくなりそう、みたいな水煙(すいえん)が、可愛(かわい)いような気がして、俺は食らいつきたい気分になった。  それでまたキスしてやってん。  水煙(すいえん)の舌は、熱く燃えていた。  そして青い神は、泣くような声で(あえ)いだ。  つるりと何もない肌を()でると、組み()いた足が(ふる)えて(あば)れた。  ここが感じるところらしいという、弱いところが口の中にあって、長々と舌を(から)めるうちに、俺はそれに気がついた。  言うたらあかんかな。それはその、水煙(すいえん)の泣き所やねん。  舌の付け根あたりやで。性感帯(せいかんたい)っていうんですか。疑問形(ぎもんけい)で言う必要はないんやけどな。  そこを()めると、水煙(すいえん)は人のものではない声で、甲高(かんだか)く泣いた。苦しげやけど、苦悶(くもん)するような声やない。こいつは気持ちええんやと思って、俺は手を抜かずに()めた。  そしてそのうち、水煙(すいえん)は悲鳴をあげた。  悲しいような声やった。喉の奥から()れてくる、初めての快楽の声で泣き、水煙(すいえん)は俺に固く抱きついた。  それに抱かれながら、俺は不思議な満足感を得た。  水煙(すいえん)は、(したた)るほどの汗をかき、ぎゅっと眉寄(まゆよ)せた、深く満足した顔してた。  俺はその時やっと、男としての面目(めんもく)を果たしたような気がしてて、それで良かった良かったと、そんな気分やったんや。  激しい波が過ぎた後でも、水煙(すいえん)はぼんやりとしてた。  新しい刺激に、脳と心をかき乱されたような、遠く惑乱(わくらん)された目やった。 「アキちゃん……」  やがて呆然(ぼうぜん)としたふうに、水煙(すいえん)は俺の腕を(つか)んで言った。 「これは、何やろ。むちゃくちゃ(すご)い。(へび)()()な泣いてるやつか」  わからへん。それは人それぞれやろし。

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