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11-16 アキヒコ

 ()たしてそれは、ほんまのことやろか。  (とおる)は俺に、(うそ)はつかれへんのやから、きっと本当のことやろ。  でも、それは()たして、浮気(うわき)ではないと言えるのか。  いや、正直言うたら、微妙(びみょう)なとこやけど、血を吸うのがまずいんやったら、俺もまずい。戻ってきた(とおる)を目の前にして、俺はものすごい打算(ださん)に入ってた。  お前、もしかして、戻ってくる気か、俺のところに。  と、いうことは、俺はお前と別れなあかん(わけ)やない。続投(ぞくとう)。  そういうことなんやったら、俺は(いま)だに、浮気(うわき)したらまずいんやないか。  不実(ふじつ)や言うて、お前に怒られる羽目(はめ)に。  と、いうことは、あれはまずかった。俺はさっき、ここに来る途中の廊下(ろうか)で、突然現れた勝呂(すぐろ)口説(くど)かれ、めちゃめちゃ血を吸うてきた。  それだけでは()きたらず、お前は俺の(しき)になれみたいな事まで、言うてもうたような気がします。  あれは(ゆめ)やったんかなあ。どうやろ。(ゆめ)?  もちろん現実やった。  あいつ一体、突然なにしに来たんや。用もないのに俺の弱った(すき)に付け込むみたいに現れて、(ねら)いどおりに一口()んでいきよった。  いや、()んだのは俺のほうやけど。()とされたんは俺のほうやないか。とうとうやってもうたな、みたいな話やないのか。 「血吸うただけ……?」  俺はそんな諸々(もろもろ)のことを(ふく)めて、思わず口に出していた。  (とおる)はそれが質問やと思ったらしく、うんうんと深く(うなず)いた。 「そうや。せやからな、アキちゃんが誤解(ごかい)してるような、()いで(あば)れるような事は何も無しやったんやで」 「それは浮気(うわき)該当(がいとう)しないと、お前は言うんか。血吸うただけで、服も()いでへんから、それでええやん、みたいな話か。ほんまにそう思うんか」  俺は念押(ねんお)しをした。(とおる)はちょっと、気まずそうな顔やった。 「そう思うかどうかは……アキちゃんが決めて」 「思う」  俺は即決(そっけつ)した。もうそれしかない。  だって、きっと、(かく)し通すってことはできへん。俺はそういうの苦手やし、それに、俺が(だま)ってたかて、水煙(すいえん)暴露(ばくろ)する。そんな予感がするわ。  それより最悪なことはない。俺が秘密(ひみつ)にしてて、それを別の口から暴露(ばくろ)されるなんてことは。 「ほんまに? 許してくれんの? 俺はまたここに、()ってもええか……アキちゃんのとこに」  (とおる)(せつ)なそうに、俺に(たし)かめた。  ごめん、そんな不純(ふじゅん)動機(どうき)()けで。  でももし本当に、お前が俺のとこに戻ってきてくれるんやったら、俺は幸せ。でも情けない。 「どしたんや、アキちゃん。悲しそうな顔して」  自分も泣きそうな顔をして、(とおる)は俺に()いた。その聞き慣れた(なつ)かしい(ひび)きに、俺はくらっと来た。  ()れそう。というか、元々ベタ()れ。そんな(おのれ)自覚(じかく)されてきて、俺も泣きそうやった。 「なんで戻ってくんねん。あっちのほうがええんやないか。大人やし、余裕(よゆう)たっぷりやしな。俺のどこがええねん。(たん)に俺がお前の(げき)やから、他にどうしようもなくて戻ってくるんやないか」 「いや、そんなことない。(うそ)やと思うんやったら、さっき水煙(すいえん)様の言うてた方法で、俺への支配を()いてみたら?」  優しい苦笑で、(とおる)は俺を(さそ)ってた。  これは(わな)やないかと、俺は思った。こいつは俺と切れたくて、そんなことを言うてるんや。  (なわ)()いたら、あっと言う間に飛び去っていくに決まってる。  でも、それを(さそ)うということは、やっぱりお前は俺を捨てたんか。そう思うとめちゃくちゃ(みじ)めやったんやけどな、でも、それと気づかずに、意地(いじ)でもお前を(しば)り付けといたるわって、そんな自分も情けなかった。  せめて最後くらいは、ええ格好(かっこう)しよかって、思ったんやろな。  俺は元来(がんらい)、ええ格好(かっこう)してまう性分(しょうぶん)やから。逃げていきたいんやったら、逃げていけばええよって、そんな(いさぎよ)いふりをして、ほんまのところは逃げんといてくれと思ってた。 「わかった。(とおる)、お前はもう俺の(しき)やない。もう自由やからな、行きたいところへ行け。あの支配人のとこへでも、他のどこへでも、行きたいところへ行ったらええわ」  俺は今、自殺してると、言いながら俺は思った。  それで何か変わったか。変わったような気がする。  俺が(とおる)(しば)っていた何かが、ふっと(ほど)けて、手応(てごた)えがなくなった。そんな不安な感触(かんしょく)があった。  何もない無限の宇宙に、命綱(いのちづな)もなしで、たったひとりで放り出されてもうたような感じ。  (とおる)もそれを、感じたんやろか。にっこりと満面(まんめん)()みやった。  やっぱりお前は、(いや)やったんやな。自分を(しば)り付けてる、俺のことが。  その笑顔にものすごく胸が痛んで、腹立たしいような、(とおる)に済まないような、そんな気分に俺はなってた。 「どこへでも行け」  ()の鳴くような小声で、俺は捨て台詞(ぜりふ)()いていた。それが俺の子供なところやねん。何も言わずに送り出してやれば格好(かっこう)ええのに。どうしてもそれが無理。 「ほな行こか。確かこの近所にな、めちゃめちゃ美味(うま)いインド料理屋あんで。アキちゃん、一緒に行って。目から火が出るような、(から)いカレー食おう」  にこにこしながら、腹減ったような顔で、(とおる)は俺を気軽に(さそ)った。いつもと全然変わらへん、(よだれ)出そうみたいな可愛(かわい)い顔して。

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