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11-18 アキヒコ

 (さび)しかったんや、俺は。お前に()られたと思って。  それに(くや)しかった。もっと強い男に、強い(げき)になって、お前を後悔(こうかい)させてやりたい。あの時、()ってもうて()しかったと、いつか地団駄(じだんだ)()ませてやりたいと、そんな餓鬼(がき)くさい復讐心(ふくしゅうしん)もあったんやと思う。  それに勝呂(すぐろ)水煙(すいえん)を、付き合わせていいかって。いいわけない。  そんなもんは餓鬼(がき)()(まま)。それは分かるんやけどな、秋津(あきつ)元来(がんらい)()(まま)で、ちょっと餓鬼(がき)くさい血筋(ちすじ)やねん。  うちの親みてみ、めちゃめちゃ()(まま)やんか。兄妹(きょうだい)やねんで。でも好きやからって、そんな()(まま)世間(せけん)が許すか。でも知ったことやあらへん。  それで作った息子ほったらかして、ふたりでラブラブ、ハネムーンやで。(あざ)やかなまでに自己中(じこちゅう)や。  俺はそのふたりから生まれた息子なんやで。自己中(じこちゅう)でないわけない。  悪気(わるぎ)はないねん。やってもうただけ。やる前に、一考(いっこう)できへん。全て手遅れ。それが俺のキャラやねん。  どうしようもない男やけどな、ほんまにもう、どうしようもないんやって。  治らへんねん、この病気だけは。遺伝的(いでんてき)なもんなんやから。俺かて(なや)んでんのや。  (とおる)はそんな俺の心をうっかり読んでもうたんか、ほんまにもうお前はどないしたろかという、痛恨(つうこん)の顔をした。  あまりのムカつきと(くや)しさに、指先まで(しび)れたような顔やったけど、それでも(とおる)我慢(がまん)をしてた。なんで我慢(がまん)してんのか、俺にはよう分からんかった。  いつもなら怒るやんか、お前。もう殺さなあかんわって、激怒(げきど)して言うてたやんか。  なんで急に、我慢(がまん)することにしたんや。 「我慢(がまん)せえ、(へび)。方法はある」  教えたくないという気配(けはい)をむんむんさせつつ、水煙(すいえん)が話した。 「抱かんでも、(しき)(したが)えとく方法はある。それで納得(なっとく)するかやけどな」  床暖(ゆかだん)でのぼせてんのか、水煙(すいえん)は赤い、というか、白い顔をしてた。  ぺろりと(かわ)いた(くちびる)()めて湿(しめ)らせ、水煙(すいえん)はまた風呂に()かりたそうな目で、ヴィーナスの誕生みたいなバスタブを見た。 「なんやと。そんなもんあるんやったら、なんでさっさと言わへんかったんや」 「それは……俺にもいろいろ都合(つごう)はあるから」  何となく気恥(きは)ずかしそうに口元に触れ、水煙(すいえん)(めずら)しく目を()らしてた。 「血をやればええねん。(げき)の」 「吸血(きゅうけつ)させろってことか?」  (とおる)はそれさえ(いや)そうに、水煙(すいえん)に聞き返してた。  もう必死なんか、水煙(すいえん)のほうを見ないようにすることも忘れ、床にごろごろしてる青い裸体(らたい)をガン見していた。 「いや。そうやない。勿論(もちろん)、それでもええけど。どっか切って出した血でもいい。それに、(しき)が皆お前みたいに、人の精気(せいき)を吸わな死ぬような体質とは限らへん。俺なんかは別に平気やで、鉄やもん」  けろっとして、水煙(すいえん)はそう自白した。  平気なん……? お前。  俺はてっきり、お前も(とおる)とおんなじで、誰かの精気を吸わんかったら、いつか消えてまうんやと思うてた。  それで俺が欲しいんやって、可哀想(かわいそう)やなあって、そう思って(なや)んでたのに!  そんな俺からも、水煙(すいえん)は目をそらしてた。 「せやから、そういう、安定した性質のやつを探すか、植物系がええわ。トヨちゃんとこの(まい)みたいにな。あいつは水やっときゃええんやから」 「水やっときゃええのに、あの女、アキちゃん(ねら)いなんか!?」  亨は心底(あき)れたという声やった。 「何を言うねん、お前かて、血吸やええだけやのに、毎晩ジュニアとやっとるやないか。もっと食えるんやったら食いたいんが人情やろが」  水煙(すいえん)は説教くさかったが、それは疑いようもない外道(げどう)どもの本音に聞こえた。  ついさっき、水煙(すいえん)に食いたいので食われてもうた俺としては、それを秘密にしておいてくれるのか、それが少々心配の(たね)やった。  水煙(すいえん)は俺に、血をくれと言えば済む話のはずやった。  血ぐらい、いつでも飲ませてやったで。指の先でもちょっと切って、流れ出てきたやつを()めさせてやればええんやろ。そんなん、別に、ケチることない。  でもそんな話、されたことない。つまりこいつは、それやない別物のほうがええなあと、思ってたわけやろ。  つまりその……いつも(とおる)が飲んでるアレか。興味(きょうみ)あったんか、水煙(すいえん)。  言うのが遅い。それとも、それって、俺の自意識(じいしき)過剰(かじょう)妄想(もうそう)か。 「でもまあ、血が無難(ぶなん)やわ。簡単やし、少しで(せい)もつく。いくらジュニアが好きモノでも、十人二十人相手に毎晩は無理や。それでも時々血をやるだけやったら、別に何でもないやろ」  献血(けんけつ)手帳作ろうか。好きモノ言うな。俺はぼんやりと心の中でだけ、そんなツッコミ入れていた。  そして思った。ほんなら、俺のおとんはなんで、式神(しきがみ)とやってたん。  実はそれが好きやったってこと。それとも献血(けんけつ)だけでは満足でけへんようなのを、いっぱい()うてたってことか。  それは(たず)ねなくても、水煙(すいえん)(とおる)に話していた事を聞けば分かった。 「アキちゃんも他愛(たあい)もないのには、時々血をくれてやるだけで済ませてた。それでも神様級となると、心理面での信頼関係が重要になってくる。そのための方法は他にもあるやろけど、一番簡単なのは、寝ることや。せやからな、お前が絶対あかんて頑張(がんば)ってる限りは、ジュニアはお前より強い(しき)は飼われへんのや。お前が強うなるしかない」  くどくど(ひび)く口調になって、水煙(すいえん)はいかにも(いや)そうに(とおる)に教えてやっていた。 「わかった。俺、頑張(がんば)るわ」  決意を感じる言い方で、(とおる)(うなず)いた。 「頑張(がんば)るんか。頑張(がんば)らんでええのに。どっか行けばええのに」  めちゃめちゃ正直に、水煙(すいえん)は本音を()いてた。

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