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11-19 アキヒコ
もしも亨 が戻ってきてなかったら、俺はこいつとどうなってたんやろ。
いつか、宇宙系の愛の世界に引きずり込まれてたんやろか。
「良かった。それで解決や、アキちゃん。どうしても式 が欲しいんやったら、飼 うてもええけど、自分の血で面倒みられるやつだけにしなさい」
お前はおかんか、みたいな口調で、亨 は俺に言い、ぎゅっと胸に抱きついてきた。
それで肩の荷が降りた、みたいな雰囲気 やった。
その時、伝わってきた安堵 の深さを感じ、俺はこいつが案外ひどく悩 んでいたことを悟 った。
そんなの、俺はお前だけでいいって、ずっと言うてきたのに。なんで悩んでたんやろ。
隠 してるつもりでも、バレバレやったんか。もっと式 欲しいみたいな、俺の血の悪い癖 が。
「アキちゃん、惚 れるんは、俺だけにしてくれるか……お願いや、俺だけにして。俺はきっと、強い式 になる。他に見劣 りせんような、立派 な神様になってみせるから」
抱きついた俺に、縋 る目をして亨 は頼 んだ。
俺はその、いつにない健気 さに、胸が詰 まった。
「アホか、そんなん気にせんでええねん。お前はもう俺の式 やない。俺のツレやろ。そんなこと気にせんと、幸せに生きとったらええねん」
結婚しよう、みたいな、そんなノリやったんやけどな。
でも、あかんやん。こいつ男やねんから。それは無理やろ。普通に考えて。
あかんあかん、つい常識にとらわれてもうてた。
自白 するけど、実は俺には結婚願望があった。
それはたぶん、おかんの影響 やった。
子供の頃から、大人になったらお母さんと結婚しよかと言われ、それを目指して男を磨 いてた。いつか立派な一家の主として、おかんを守っていくんやと、そういう方向性で頑張 ってきた。
そんな俺が、おかんとは結婚できへんと気がつき、それを諦 める方向性で頑張 るようになった以後も、ただ何となく好きで付き合うという、先々の展望 のない恋愛は、どうしてもできへんかった。
この女は俺にとって、おかんの代わりになるやろか。秋津 の跡取 りの嫁 として、やっていけるような女か。
いつか俺と結婚して、一途 で貞淑 な妻として、俺を愛してくれるやろかって、そういう基準で選んでたと思う。
つくづく俺は、旧家 のボンボンやったわけや。そんなもん知らんと意地を張りつつ、しっかり家を背負ってた。それが身に染 み付いた、俺の思考回路やったんや。
おかんを越 える女はおらへんと、そういう結論になってもうてから、俺には亨 がおかんの代わりやった。そんな妙な図式があって、頭ん中でいろいろ変なふうに繋 がりまくり、俺は意識のものすごく深いところで、こう思ってた。亨 と結婚したいって。
ほんならアレや。こいつは女にもなれるんやから、ちょっと済まんけど性転換 してくれへんかって頼 んで、俺は晴れて秋津 の嫁 を得 る。そしてハッピーエンドみたいな、そんなコースもあることはある。
しかしやな。俺にとって、秋津 登与 、つまり俺のおかんは、この世でただ一人の女やった。
おとん大明神 もそう言うてたやろ。憶 えてないか。
お登与 は自分にとってただ一人の女やったから、式 は全部男やったって。血も凍 るような普通でない話や。
そうやねん。俺はな、おとんの息子やった。そっくり同じ一分の一のコピーみたいなもん。見た目も同じなら、性格や嗜好 までそっくり同じの、分身の術 。腹違いの時間差双子 みたいなもんやった。
せやから、俺はな、今さらもう隠 さへんけど………………亨 が男やから好きなんや。
あかんで、口に出すと胃に来るな……。
しかし普通に考えて、男とは結婚できない。相矛盾 するそのふたつの都合 を、どのように解決するか、どっちを捨てるか、激 しくアホみたいな激 しいジレンマやったな。
そしてそれはその時、のんきに葛藤 してていいような課題 ではなかった。いろいろな意味で。
水煙 が素 っ裸 でごろごろして形のいいケツを晒 し、亨 が俺にうっとり抱きついている、そんなヴィーナスの誕生 みたいな世界に、さらにまだ新たな気まずさが加わろうとしていた。
その時すでに三度目の、もう見慣れてきた例の白い光の爆発が、また突如 として始まった。
俺と亨 は目を眇 め、水煙 は平気でそれを見上げていた。
始めは白い一点やったもんが、押し広げられるように拡散 してきて、その中から天使が現れる。
しかしそれは、天使というにしては、純白 の羽根 がほとんど全て抜 け落ちた、痛々 しいような骨の翼 を背に負 った、勝呂 瑞希 の姿やった。
それを見るなり、亨 はホラーでも見たように、ぎゃあっと叫 んだ。
なんでか知らんが、亨 は勝呂 が怖いらしい。痛い目に遭 わされたことがあるからやろか。
向こうは向こうで亨 が苦手らしく、俺と抱き合っている亨 を見るなり、ぎょっとしたように一歩退 き、そこで水煙 を踏 んづけかけて、ぎろりと睨 みつけられ、またぎょっとしてた。
「先輩……なんやこれ」
「戻ってきたんか」
勝呂 が言う、なんやこれって、今のこの場の状況そのもののことらしい。
確かに異常。
でももう俺はそれに慣 れてもうてて、客観的 な判断ができてへんかった。
勝呂 はあぜんと焦 った顔で、真っ青な宇宙人をじろじろ見下ろしていた。
でも、お前も水煙 のこと、とやかく言われへん程度には奇抜 な姿になってきてるで。
「いや……まだです。言い忘れたことがあったんで。でも、その……蛇 はなに?」
俺の抱いてる亨 を指して、勝呂 瑞希 は真面目 に訊 ねた。
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