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12-1 トオル

 真っ赤な薔薇(ばら)の花びらが()るベッドの上で、(はだか)で汗かくアキちゃんに(またが)って、なるべくゆっくりと俺の中に()んでやると、低く(こら)えたような苦しげな(あえ)ぎが聞こえた。  アキちゃんの、上に乗るのは久しぶりやった。  熱が入るとアキちゃんは、自分が()かずにいられへん性格で、しかもそれが近頃(ちかごろ)は、めちゃめちゃ(はげ)しい。あっという間にいかされて、アキちゃんも俺の中で()てている。  それはそれで、情熱的でええんやけど、俺は今夜はゆっくりやりたかったんや。  色んな意味で今日は、危機を乗り越えた。アキちゃんは俺に()られたと思い、俺はアキちゃんに捨てられかけた。永遠を(ちか)い合った(なか)にしては、えらいあっさりと大ピンチやったな。  それでも俺とアキちゃんの間には、強い(きずな)があるんやって、そう思えるようなオチがつき、俺はほっとしていた。  せやのに、一難(いちなん)去ってまた一難(いちなん)。これが俺らの定番(ていばん)や。息つく間もない大冒険(だいぼうけん)。 「(とおる)……動いてええか」  ()らされた声でアキちゃんが、懇願(こんがん)するように俺に(たず)ねた。  根元まで()んでやったきり、全然動かへん俺に、アキちゃんは我慢(がまん)できへんかったらしい。  アキちゃんはなんでか、えらい欲求不満(よっきゅうふまん)()まってて、俺はそれがなぜかは()えて()かへんかった。  聞いたらきっと、またキレそうになる話やって、何となく(さっ)しはついてたからな。  知らんふりして今は、抱き合ってたい。そんな気分やねん。  あの後、二人っきりで飯食いに行って、美味(うま)いカレー食って、のんびり北野(きたの)デートして、異人館(いじんかん)とか見て、たまたまやってた他人の結婚式を横目に(なが)め、戻ったホテルの部屋でしこたま酒飲んで、酔った勢いで楽しく新婚さんベッドでいちゃついた。  そして今はこうして、またひとつの体に。いわゆるアレやな、仲直りエッチ。 「あかん、アキちゃん。我慢(がまん)せなあかん。今夜は俺がリードするし、寝といて、大人しゅう、マグロのように」  胸から腹を()でられつつ命令されて、アキちゃんはかすかに悲鳴やった。  そこはかとなく、(また)いだ(あし)がわなないている。  アキちゃんは今、めちゃめちゃやりたいらしい。 「つらい。せめて動いてくれ」  ほんまにつらそうな声で言い、アキちゃんは俺の(もも)(つか)んできた。  小さく悶絶(もんぜつ)するアキちゃんを、俺は可愛(かわい)いなと思いつつ、それでもまだ()らした。我慢(がまん)プレイやで。うふっ、て思いながら。  気持ちええわあ。アキちゃんが俺の中に()る、この瞬間が一番幸せ。  ずっとこの時が、続けばええのに。  俺も今日という今日は、いつもに()して、やりたい気持ちでいっぱいやった。めちゃくちゃ(もだ)えて、一緒に(のぼ)()めたい。アキちゃん好きやって、(さけ)びたい。 「あかんあかん、我慢(がまん)やで」  自分を(さと)して、俺はアキちゃんの胸に()()った。  (とろ)けるような甘露(かんろ)(にお)う。それは(げき)としてのアキちゃんの持つ、(さそ)うような何かで、俺はいつもと変わらずそれに幻惑(げんわく)されている。  せやけど昨日までとは違う。俺はもう、アキちゃんの下僕(げぼく)やのうて、ただの恋人やった。  俺を使役(しえき)する、強い呪縛(じゅばく)は消えていた。  アキちゃんが、俺を解放する言葉を言って、(しき)ではなくした。  ずっと(そば)に置いてくれ、俺をアキちゃんのものにしてって、俺はアキちゃんにいつも強請(ねだ)って、アキちゃんはそれに、ずっと(そば)にいてくれ、俺だけのものになれって、俺に命じた。  それは知らず知らず、アキちゃんが俺を支配するための呪文(じゅもん)のようなもんやったんや。  でもそれを、二度と再び口にはしないやなんて、そんなことが可能やろか。  俺にはできへん。アキちゃんの(そば)に、ずっと()りたい。また、アキちゃんのものにしてほしい。  お前は自由や、どこへでも行けって言われた、そんな言葉ひとつで、ぷつりと途切(とぎ)れてもうた目には見えない糸があるようで、俺は切ない。  それがなくても、俺がアキちゃんのものでいられるかどうか、心配で。 「(とおる)……いじめんといてくれ」  もう限界(げんかい)、という顔で、アキちゃんは俺を見上げて(たの)んだ。  そして苦しそうに目を伏せ、花の散ってる新婚さんベッドに顔を押しつけた。 「なんで上に(かがみ)あるんや……見てもうたわ」  アキちゃんは、くよくよ言うた。(へび)()まれる自分を見てもうて、激しく()えた、って、そういう感じでは全くない。  むしろ逆、ということは、俺にはよく分かってた。自分の中で、ちょっともう可哀想(かわいそう)なほどになっているアキちゃんの、固い張りつめ具合を感じれば。 「そのための(かがみ)やんか。目開けて、よく見とけ。自分のめちゃめちゃ燃えてる顔を」  笑ってアキちゃんの(ほほ)に手をやり、俺はまた上を向かせた。  アキちゃんは(まぶ)しいような(つら)そうな目で、俺の顔と、その後ろに見えている、心憎(こころにく)天蓋(てんがい)(かがみ)装飾(そうしょく)を見上げてた。  そろそろ()めようかと思い立ち、俺がそのまま動いてやると、アキちゃんは(うめ)いてまた顔を(そむ)けた。

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