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12-2 トオル

 とても見てられへんていう感じやった。つまらんな、アキちゃんは初心(うぶ)すぎて。  でも、そこがええねん。  ゆっくりやろうと思ってたのに、アキちゃんが好きすぎて、俺も(はげ)しかった。アキちゃんは(こら)えきれずに(あえ)いでた。 「(とおる)、早いわ……もっと、ゆっくりやってくれ」 「いつも俺のこと、めちゃめちゃ()めてるくせに」  押し(とど)めようとして、俺の腰を抱くアキちゃんを、甘く(うら)んで(にら)み、俺は(ゆる)さへんかった。  だっていつもそうや、アキちゃんは、俺が()すぎて悲鳴でも、もっともっと()めてくる。たまにはそれのお返しを。 「あ……、あかんて、いってまうやん」  弱いなあって、()じ入る口調で、アキちゃんは小さく悲鳴やった。  それがめちゃめちゃ可愛(かわい)く思える。もっと()くしてやりたいって、俺もますます燃えてきて、アキちゃんを()め上げた。  それにアキちゃん、マジで、ひいってなってたわ。 「(とおる)……っ、あかん、(すご)すぎ」 「()えやろ? 俺もめちゃめちゃ()えわ……アキちゃん好きや、愛してる。もっと感じて」  ()れるベッドから、薔薇(ばら)芳香(ほうこう)が立った。  今ちょうど、早咲(はやざ)きしはじめる薔薇(ばら)(さか)りで、()まれたばっかりらしい花の香りは、ものすごく濃厚(のうこう)()っぱらいそうなぐらい。  北野(きたの)デートから戻ったら、部屋にやたらといいワインとシャンパンが差し入れられてて、ただでさえ笑えるほどロマンチックやった新婚さんベッドに、赤い薔薇(ばら)がまき()らしてあった。  それがまるで血のようで、俺は気分を()き立てられて、めちゃめちゃ燃えた。  どうやら上首尾(じょうしゅび)やったようやなと、俺は昔の男の戦果(せんか)を空想した。  ああ、どんなんやったやろ、藤堂(とうどう)さん。きっと、めちゃめちゃ()かったやろ。もしも抱いてもらってたら。  でももう、そしたら俺は、ここでこうしてアキちゃんと抱き合ってはいられへん。アキちゃん俺を、許してくれへんかったやろ。  我慢(がまん)しといて良かったわ。目先のエサに狂ってもうて、ほんまもんのご馳走(ちそう)に、お(あず)けくらうとこやった。永遠に。  アキちゃん、離さんといてて、俺は心の中でだけ、そう()り返した。  いつも言うてた、いつものお強請(ねだ)りを、今しばらくは心の中でだけ。  俺をアキちゃんのものにして、もう一度俺を、アキちゃんの(しき)にして。誰にも切れへん強い(くさり)で、アキちゃんに(つな)いでおいてくれ。  そして永遠に俺を、アキちゃんの奴隷(どれい)のままにしておいて。  でもそれは、今は言うたらあかん。(のど)(かぎ)りに(さけ)びたいとこやけど、今は我慢(がまん)や。  それには(わけ)がある。  それはこれから話すけど、ちょっと待ってて。アキちゃんがもう、ほんまにいきそう。  早いわ、めちゃめちゃ早い。最速記録更新やないか。どんだけ我慢(がまん)しとったんや、この浮気者(うわきもん)。ちょっといっぺん、出さしてやらなあかん。 「(とおる)、ごめん、もうあかん」 「わかってる、わかってる……」  泣きそうに言うアキちゃんが、ちょうど具合(ぐあい)良くいけるように、俺は好みの速さでやってやった。  アキちゃんの体のことは、俺が世界でいちばん(くわ)しいで。アキちゃんは、速いテンポがお好みで、狂いそうに()めたい、そして、()められたい。  いつもみたいに速くやると、アキちゃんは(のぼ)りはじめた。そして俺も不覚(ふかく)ながら、けっこういきそうやった。  やばいなあ、このまままた、最速記録更新ちゃうか。  気持ちええわあ。どないしよ。もういってまうか。また二回戦やればええねん。  阪神どうなったんかなあ。何でこの部屋、テレビないんやろ。藤堂(とうどう)さんのアホ。  ああもういきそう。アキちゃんも俺も。最高に幸せで、骨までとろとろ。 「あ……っ、いく、アキちゃん、俺もいく」  飛びそうなってる俺にびっくりして、アキちゃんは俺の腰を(つか)まえた。ほんまにふわりと体が浮いてた。まるで無重力の宇宙でやってるみたいに。  ああもういきそう、って(さけ)ぶ、昇天(しょうてん)寸前(すんぜん)の俺を(つか)まえて、アキちゃんは()いてくれた。  その(はげ)しさに(うれ)しい悲鳴を上げて、俺は()ってた。  ご臨終(りんじゅう)です。故人(こじん)はほんまに、アキちゃんが好きな(へび)でした。  お前をひとりで()かせはしないって、アキちゃんは追ってきた。そして深く交わって、アキちゃんが愉悦(ゆえつ)(きわ)めるその瞬間に、強く抱き寄せられて、俺は(あえ)いだ。幸せすぎて。  アキちゃんの体は、ほんまに死んだ訳やない。絶頂(ぜっちょう)(ふる)えただけ。  でもそれが、いつかほんまに死の(ふる)えに(おそ)われるんではと、俺は怖くて、それに(ふる)えた。快楽と恐怖の、その両方に(さいな)まれて。  俺がそう思うのには、もちろん(わけ)がある。それを話そう。  時はまた少々、過去に(さかのぼ)る。  俺とアキちゃんが、北野(きたの)デートに出かける前。(みな)くそ悪い犬が天界(てんかい)に帰り、俺とアキちゃんと水煙(すいえん)様が、バスルームに残された時点(じてん)まで。  アキちゃんは男を上げた。何とはなしに俺は、そんな気がしてた。  ちょっと前まで、俺だけに夢中(むちゅう)みたいやったのに、平気で浮気(うわき)する余裕をぶちかますとは。大したもんやないか。  神様三人手玉(てだま)にとって、えらいもんやなあって、腹が立つやら、(あき)れるやら、ちょっと感心(かんしん)するやらやった。  俺が()らん()に、何があったか知らんけど、きっと知らんほうがええような事やった。  水煙(すいえん)様の首の傷を、ぺろぺろ()めさせられてるアキちゃんを見て、俺はそれを確信(かくしん)したわ。

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