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12-3 トオル

 もう()かへん。アキちゃん、なにがあったんやって、永遠に()かへんことにする。  水煙(すいえん)様はアキちゃんの暴言(ぼうげん)が化けた針金(はりがね)みたいなもんに、三日も首を()められてもうて、ぐうの()も出えへんかったらしい。  それは一種の(のろ)いなんやと本人が話してた。言葉にも力があるんやから、迂闊(うかつ)に何でも絵に描いたらあかんのと同じで、ろくに自分の力のコントロールもできへんような子が、キレて(わめ)いたりしたらあかんのやって。  言霊(ことだま)信仰(しんこう)や。日本には昔から、そういうのがある。  不吉(ふきつ)なこと言うてもうたら、それが実現する。名前には、その持ち主を支配する力があるから、(まこと)の名を(っかう)して通り名を使う。  大人になるときに幼名(ようみょう)を捨てて、新しい名前になったりするのも、名前に力があるという考え方かもな。  そういう思想はなにも日本独自のモンではなく、世界中いたるところにある。呪文(じゅもん)(とな)えたら魔法が使えるとか、そういうのかて一種の言霊(ことだま)なんやで。  ヨーロッパの王族とか貴族には、本名がやたらと長い名前のやつが時々おるけど、それは(のろ)いをかけられへんようにするためや。  西欧(せいおう)には、人を(のろ)う魔法をかける時の呪文(じゅもん)は、一息(ひといき)(とな)え終わらんかったら効力(こうりょく)が出ないという考え方がある。  せやから肺活量(はいかつりょう)限界(げんかい)()えて長い名前にしとけば、(のろ)われへんやろうという、合理的かつ科学的な発想なんやろ。魔法はあると、信じていた時代の人たちの発想や。  現代にはもう、そういう信仰(しんこう)(うす)れてる。  世の中にはそうそう、(まこと)の名を持ってるやつはおらんやろ。  それでも子供のころに、名前を(りゃく)して愛称(あいしょう)にしたりするのんは、その子の(まこと)の名を秘密にしておいて、神やら鬼やらに(さら)われんようにするための親の愛や。  アキちゃんかて、本名は暁彦(あきひこ)やけど、おかんにはアキちゃんアキちゃんて呼ばれてるやんか。  そやのに、おかんは説教(せっきょう)するときには、暁彦(あきひこ)、って鬼みたいな顔して怒鳴(どな)ってるわ。  それは勿論(もちろん)、息子を支配したろうという、おかんの(のろ)いやで。  そんなんせんでも完全に支配されとんのにな。ほんまにどうしようもないマザコン野郎(やろう)やないか。あれだけは一生治らん病気やで、絶対に。  浮気(うわき)もきっとそうやと、俺はジトっと見ながら思った。不治(ふち)(やまい)やねん。  確かに俺は自己(じこ)都合(つごう)により、吸血(きゅうけつ)浮気(うわき)(ふく)まれへんという話に合意(ごうい)はしたで。しましたけどもや。怪我(けが)治さなあかんからって、首を()めるのは、浮気(うわき)(ふく)まれへんのか、(はげ)しく疑問(ぎもん)です。  アキちゃんはアホやから分かってへんのや。せやけど見ろ、あの水煙(すいえん)様の、いかにも勝ち(ほこ)ったような顔を。俺は(くや)しい。 「アキちゃん、ちょっと痛いわ。もっと(やさ)しゅうやって」  ぞっとするよな猫なで声で言って、水煙(すいえん)はバスタブの中でごろごろしながら、うっとりとアキちゃんに首の傷を()めさせていた。  アキちゃんはそれに肩を抱かれ、おとなしくご奉仕(ほうし)してやっていた。  確かにな、そういう力があるよ。()めれば傷が治るよ。  たぶん唾液(だえき)に何かそういう魔力があんねん。蝦蟇(がま)の油みたいなのか。  そう思うと最高に微妙(びみょう)やけどな。イメージ的にな。  でもまあ、あれも妖怪変化の一種やから。近縁種(きんえんしゅ)なんかもしれへんで。  勘弁(かんべん)してくれやわ。なんでこんなに美しい俺が、ぶっさいくなカエルと親戚(しんせき)やねん。  今や俺の仲間になって、その能力やなんかをいろいろ受け()いだはずのアキちゃんにも、そんな治癒(ちゆ)能力があるはずやけど、何も今、それを(ため)す必要ないんとちゃいますか。  水煙(すいえん)なんかほっといたらええねん。放置(ほうち)完治(かんち)するって、どうせ。人外(じんがい)やねんから。  にやにや笑った薄青い顔で、水煙(すいえん)様は首筋を()めるアキちゃんの舌の感触(かんしょく)に、ぞくぞく来てるらしかった。  そら気持ちええやろ。この俺様が直々(じきじき)仕込(しこ)んだ舌技(ぜつぎ)は。  まったく、なんということや。宇宙人をよがらせるためにアキちゃん調教(ちょうきょう)したんとちゃうで。自分が(よろこ)ぶためやないか。  それが何で俺はお(あず)けで、風呂(ふろ)で自分の男が宇宙人といちゃついとるのを見とらなあかんのや。  イラつく。ものすごイラつくわ。 「あ……っ」  甘い声して、水煙(すいえん)(あえ)いだ。  ちょっと待てお前。ほんまに気持ちええんとちゃうやろな。 「ごめん、痛かったか」  アキちゃんは白い血に()まった舌を引っ込め、済まなさそうに水煙(すいえん)()びてやっていた。  アホか、お前はほんまにアホなんやないですか。痛いんやと思うたんか。 「平気やで。(ほう)っといても、そのうち治るのに。ジュニアは(やさ)しいなあ」  にこにこしながら上機嫌(じょうきげん)に宇宙人は()めていた。  お前さっきアキちゃんて言うてたで。ちょっと本音(ほんね)出てたんとちゃうか。  俺はむすっと洗面台のそばの籐椅子(とういす)に足組んで座り、大理石(だいりせき)化粧台(けしょうだい)頬杖(ほおづえ)ついてた。  俺は不満ですというのを、全身で表現してみたつもりや。  そやのにアキちゃんは全く気づかずやで。  戻ってきたのは失敗やったか。藤堂(とうどう)さんにしといたら良かったわ。 「ほんまに治るわ」  それがびっくり、みたいに、アキちゃんは俺を()り返ってわざわざ言うた。  それは悪気のない顔で、朝、目玉焼き焼こうとしたら(たまご)双子(ふたご)やったわ、ちょっと見てみて、みたいな口調(くちょう)やった。

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