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12-4 トオル

「そら治るやろ。そういうもんやねん。もうええやん、アキちゃん。水煙(すいえん)も放置でオッケイて言うてんのやから、お言葉に甘えて、俺らはインド料理食いに行こうな」  強請(ねだ)る口調で答え、俺は不満ななりに、精々(せいぜい)可愛(かわい)い声で言うといた。 「そうはいかんやろ。怪我(けが)したまま剣の形に戻すのも可哀想(かわいそう)やし」  俺のほうを見て反論しているアキちゃんの肩に(すが)りついたまま、水煙(すいえん)は俺に、にやありと笑ってみせてくれた。  なんやねん、もう。貝殻(かいがら)ん中なんか入りやがって。グラタンかお前は。 「アキちゃんがやることないやないか」  ぷんぷんしながら俺は言うた。アキちゃんはそれに、気まずそうな顔をした。 「お前が嫌やっていうから俺がやるしかないんやないか」 「そら嫌やわ。そんな宇宙系の血()めて、変な病気にでもなったらどないすんねん」  ますます、ぷんぷんしてきて、俺は(こら)えきれずに、ガーッと怒鳴(どな)った。  アキちゃんはますます気まずそうやった。 「そんな変な味しいひんで……」  何となく首をすくめて、後ろめたそうに言うアキちゃんの言葉に、俺はピンと来て、そしてカチンと来た。 「美味(うま)いんか」  美味(うま)いんや、きっと。くっそ。(ゆる)(がた)い。  水煙(すいえん)はあんな邪悪(じゃあく)な性格でいながら、れっきとした神なんやから、その血は美味(うま)いはずや。神威(しんい)に満ちている。  アキちゃんの血が、そこらの人間のと(くら)べものにならん美味(びみ)なのも、アキちゃんが(げき)として、強い力を持っていて、天地(あめつち)(あふ)れんばかりの加護(かご)を受けてるからや。  持ってる力が強いほど、その血も肉も美味(うま)いし、食いでがあるもんやねん。外道(げどう)としてはそうや。  むかつく。水煙(すいえん)。いったいどんな味やねん。  グルメな俺としては、お味見(あじみ)したい。でも絶対嫌や。恋敵(こいがたき)の血を吸うなんて。 「どんな味なんや?」  不思議(ふしぎ)そうに、水煙(すいえん)はアキちゃんに(たず)ねた。  アキちゃんは首をかしげ、今まで食ったことあるもんのリストを頭んなかで()ってるような顔をした。  やがて、ああ、あれやという顔で水煙(すいえん)に向き(なお)り、そして、こう言うた。 「クルフィーみたいな味」  やめろ! それは俺の大好物やないか! これから食いに行くんやないか!  絶対(いや)や、これから先、いつまでこいつと顔付き合わせてなあかんか知らんのに、水煙(すいえん)美味(うま)いんや、美味(うま)いんやって思いながら()りたくない。  そんなん、変な世界すぎ! 「クルフィーって、なんや?」  水煙(すいえん)は、ほんまに知らんらしい口調でアキちゃんに()いてた。 「アイスやで。食うたことないか?」 「ないなあ。俺は、もの食うたことがない」  水煙は、ちょっと(うらや)ましそうに答えた。 「そうか。考えてみれば、そうやろな。お前、最近まで人型になったことないんやもんな」  アキちゃんは考え込むような気配で話し、それからまた俺のほうを振り向いた。 「なあ、こいつ、何か食えると思うか?」  知らんやん、そんなこと!  食わんでええねん。今まで食わんでも無事(ぶじ)やったんやから。()えてエサを与える必要ないやん。 「食うてみたいか、水煙(すいえん)」  ()かんでええやん。俺はそう思うのに、アキちゃんは水煙(すいえん)(やさ)しかった。  どうもおかしい。アキちゃんちょっと、水煙(すいえん)(やさ)しすぎへんか。もともと(やさ)しいところもある性格やけども、今まで水煙(すいえん)にはここまで気遣(きつか)ってへんかった。  これは一種の罪滅(つみほろ)ぼしか。自分の迂闊(うかつ)な発言で、水煙(すいえん)に痛い目みせてもうて、それがよっぽどショックやったんやろか。  それにしても(あや)しい。絶対(あや)しいわ。 「ものの試しや。なんか食うてみたい」  にこにこ答える水煙に、アキちゃんはまた首を傾げた。 「そやけど、いきなりカレーというのはなあ……」 「ちょっと待てや、アキちゃん。まさか連れて行こうというんか。インド料理屋に? その、びしょびしょで、全裸(ぜんら)の、真っ青で、(ひれ)ついてる宇宙系を? 非常識すぎるやろ」  俺は怒鳴(どな)った。指摘(してき)してやらんかったら、アキちゃんはマジで水煙(すいえん)を連れて行きそうやったんや。  一体、どないなってんの。あんなに普通にこだわってた男が、(しゃべ)る剣でも変やて言うてたくせに、なんで青い宇宙人連れて出かけようなんて思うんや。 「そうやなあ……」  アキちゃんは、俺の話に済まなそうにそう答え、水煙(すいえん)を見つめた。  水煙(すいえん)はそれにちょっと、(こま)ったような、悲しいような顔をした。  な、なに、なんやろ、この空気。  俺ちょっと、(となり)の部屋いっとこか、みたいな。そんな気を(つか)わされるような、この独特の空気。 「まあ、しゃあないな。どうする、水煙(すいえん)留守番(るすばん)しとくか、それとも、剣に戻って、一緒に行くか?」  アキちゃんはそれを、(やさ)しく(たず)ねた。俺が(まゆ)ひそめてんのも気づかずに。  気づいてるんは、むしろ水煙(すいえん)様のほうで、俺はあいつがまた、どんなに勝ち(ほこ)るやろかと、身構(みがま)えて待った。 「留守番(るすばん)しとくわ、ジュニア。二人で行っといで」  つるりと黒い、ガラス玉みたいな目を細めて笑い、水煙(すいえん)はそれを許した。  なんや、道を(ゆず)られたようで、俺は(みょう)な気がした。  そういやさっき水煙(すいえん)は、勝呂(すぐろ)が現れたときに、こう言うてた。  俺が一番、水煙(すいえん)が二番で、犬はその次やって。  あいつ、いつの間に、俺に負けたんや。

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