123 / 928

12-5 トオル

 めちゃめちゃ張(は)り合(お)うてたくせに。俺のこと、邪魔(じゃま)モン扱(あつか)いして、アキちゃんから引き離(はな)そうみたいな話ばっかりしとったくせに。  なんやろ。これも何かの作戦なんやろか。用心しとかなあかん。  ほな行くわと別れを告げるアキちゃんの手を、水煙(すいえん)は名残(なごり)惜(お)しげに掴(つか)み、ちょっと切(せつ)ないという顔をした。  俺はそれを見て、胸騒(むなさわ)ぎがしたんや。  お高すぎて足萎(な)え萎(な)えの水煙(すいえん)様がまさか、一歩踏(ふ)み出す勇気を振(ふ)り絞(しぼ)ったんやないかと。 「着替えてくるわ」  水浸(みずびた)しの水煙(すいえん)様に抱きつかれたせいか、アキちゃんの服は濡(ぬ)れていた。  でも、考えてみたら、俺がここに戻ってきたときにはもう、濡(ぬ)れてたような気がするわ。  そう。まるで、びしょ濡(ぬ)れの相手と抱き合ったみたいにな。  それに気づくと、目のやり場に困(こま)り、俺はバスルームを出ていくアキちゃんの背に張(は)り付いて透(す)ける白い布地の、強い指で掻(か)きむしられたような皺(しわ)から、慌(あわ)てて目を逸(そ)らしてた。  それが誰の指か、想像するだに苦(にが)い。  でも、とにかく服は着てたんやと、俺は安堵(あんど)したり、嫌(いや)な汗をかいたりしてた。 「命拾(いのちびろ)いしたな、水地(みずち)亨(とおる)」  バスタブのへりにもたれて、青い肌の宇宙人が俺に呼びかけてきた。  水煙(すいえん)が、俺の名を呼ぶのは、これが初めてやなかったか。 「俺は本気で、お前をぶった斬(ぎ)ってやるつもりやったんやけど、ジュニアはほんまに優(やさ)しいなあ。お前を斬(き)るのは無理やった。俺が殺(や)ったら、お前の魂(たましい)は永遠に俺に囚(とら)われる。そんな権利は自分にはないと、ジュニアは思ったようや。まあ単純な話、お前が可哀想(かわいそう)やったから、斬(き)られへんかったんやな」  心地よさそうに湯に浸(つ)かり、水煙(すいえん)は濡(ぬ)れた青い指で、自分の髪(かみ)のような、ゆらめく触手(しょくしゅ)かイソギンチャクかみたいな何かを撫(な)でた。  そんなキワモノの姿はしてても、こいつは綺麗(きれい)やと俺は怖かった。  俺より綺麗(きれい)やと、まさかアキちゃんは思うやろか。 「教えてくれ。なんで、うちの坊(ぼん)を裏切(うらぎ)ったりしたんや。何でそんなことができる。お前はアキちゃんに、夢中(むちゅう)やったんやないんか」 「夢中(むちゅう)やで。今かてそうや。それに裏切(うらぎ)ったりしてへんわ。前の男は、俺の下僕(げぼく)やで。それが変成(へんせい)の途中(とちゅう)で止まってもうてたんで、仕上(しあ)げてやっただけや」  俺の話を、水煙(すいえん)は黒い大きな目で、じっと興味(きょうみ)深(ぶか)そうに聞いていた。 「なるほど。そいつはお前の、言うことを聞くんか」 「さあ。知らん。多少は聞くやろ。俺の血で出来(でき)た奴(やつ)なんやから」  せやけどもう、藤堂(とうどう)さんに何ぞ我(わ)が儘(まま)言うてやろうとは思わへんわ。  あれはその、愛してくれない男への、あてつけみたいなもんやった。  今はそんなことする必要はない。だってアキちゃんが俺を、愛してくれるもん。 「ふうん。つまりそれが、お前の能力なんや。怪我(けが)治したり、蝶(ちょう)に変転(へんてん)したりするのも含(ふく)めて、お前はそういう奴(やつ)なんやな」  だから何。  水煙(すいえん)は、えらい納得(なっとく)したように、独(ひと)り言(ごと)みたいに話してたけど、俺には居心地(いごこち)の悪い話やった。  間(ま)の悪いとこ、こいつに見られた。ばつ悪いわ。 「いろんな奴(やつ)がおるわ、式(しき)になる奴にも。基本はみんな、主人になる覡(げき)が好きで来る。お前ひとりしか相手にしたらあかんていうんやったら、ジュニアはきっと、大変な思いをするやろ。それに敢(あ)えて耐(た)えようというんや。肝心(かんじん)のお前がジュニアを裏切(うらぎ)ってもうたら、何の意味もない。無理(むり)やと思うんやったら、早々(そうそう)に誰かに譲(ゆず)って、潔(いさぎよ)く身を引いてくれ。一人しかおらん大事な跡取(あとと)りや、傷物(きずもの)にせんといてくれ」  いつものような意地悪(いじわる)さのない、真面目(まじめ)な口調(くちょう)で、水煙(すいえん)は俺を諭(さと)した。  顔をしかめて、俺はそれを聞いた。  なんやねん、急に、改まったみたいに。どうせ、いつもの話やないか。アキちゃん諦(あきら)めて、俺によこせって言うんやろ。  水煙(すいえん)のひそひそ話す声は、なおも続いた。 「今回、秋津(あきつ)が請(う)けた仕事は、ほんまやったら数百年に一度の大仕事なんや。ニ十年前に、トヨちゃんが済ませたばかり。それで秋津(あきつ)には、目立った式(しき)は今はおらん。もともと先の戦(いくさ)のせいで、神と呼べるようなのは、全部逝(い)ってもうた後やった。式神(しきがみ)は、特にデカい力のあるやつは、そう簡単には増えへん。それでもジュニアはようやってるほうや。お前といい、あの犬といい……」  こいつは何を言いたいんやろ。  全然、話が見えへんわって、俺はさらに身構(みがま)えた。どんなイヤミを言うつもりなんやろ、この宇宙人。 「あのな、水地(みずち)亨(とおる)。お前は今まで、誰かの式(しき)やったことはないんやろ。あの犬もそうや。せやから、あいつも知らんのやろ。鯰(なまず)封(ふう)じにはな、生(い)け贄(にえ)が要(い)るんや。人間でもいい。しかし、それやと、ものすごい数の人間食われる。巫覡(ふげき)はそれを防ぐために居(お)るんや。せやからな、生(い)け贄(にえ)として、鯰(なまず)に自分の式(しき)を食わせるんや」  水煙(すいえん)がひそひそ話す内緒(ないしょ)の話に、俺はちょっと腰(こし)が抜(ぬ)けかけた。  だって、それ、どういう意味。  アキちゃんが、秋津(あきつ)の跡取(あとと)りで、今回その鯰(なまず)とかいう奴(やつ)と戦わされる。  戦う覡(げき)であるアキちゃんの、式(しき)は俺だけ。  覡(げき)は自分の式(しき)を、鯰(なまず)に食わせるんやって。  つまり、アキちゃんは、俺を生(い)け贄(にえ)として、鯰(なまず)に食わせる。

ともだちにシェアしよう!