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12-5 トオル
めちゃめちゃ張 り合 うてたくせに。俺のこと、邪魔 モン扱 いして、アキちゃんから引き離 そうみたいな話ばっかりしとったくせに。
なんやろ。これも何かの作戦なんやろか。用心しとかなあかん。
ほな行くわと別れを告げるアキちゃんの手を、水煙 は名残 惜 しげに掴 み、ちょっと切 ないという顔をした。
俺はそれを見て、胸騒 ぎがしたんや。
お高すぎて足萎 え萎 えの水煙 様がまさか、一歩踏 み出す勇気を振 り絞 ったんやないかと。
「着替えてくるわ」
水浸 しの水煙 様に抱きつかれたせいか、アキちゃんの服は濡 れていた。
でも、考えてみたら、俺がここに戻ってきたときにはもう、濡 れてたような気がするわ。
そう。まるで、びしょ濡 れの相手と抱き合ったみたいにな。
それに気づくと、目のやり場に困 り、俺はバスルームを出ていくアキちゃんの背に張 り付いて透 ける白い布地の、強い指で掻 きむしられたような皺 から、慌 てて目を逸 らしてた。
それが誰の指か、想像するだに苦 い。
でも、とにかく服は着てたんやと、俺は安堵 したり、嫌 な汗をかいたりしてた。
「命拾 いしたな、水地 亨 」
バスタブのへりにもたれて、青い肌の宇宙人が俺に呼びかけてきた。
水煙 が、俺の名を呼ぶのは、これが初めてやなかったか。
「俺は本気で、お前をぶった斬 ってやるつもりやったんやけど、ジュニアはほんまに優 しいなあ。お前を斬 るのは無理やった。俺が殺 ったら、お前の魂 は永遠に俺に囚 われる。そんな権利は自分にはないと、ジュニアは思ったようや。まあ単純な話、お前が可哀想 やったから、斬 られへんかったんやな」
心地よさそうに湯に浸 かり、水煙 は濡 れた青い指で、自分の髪 のような、ゆらめく触手 かイソギンチャクかみたいな何かを撫 でた。
そんなキワモノの姿はしてても、こいつは綺麗 やと俺は怖かった。
俺より綺麗 やと、まさかアキちゃんは思うやろか。
「教えてくれ。なんで、うちの坊 を裏切 ったりしたんや。何でそんなことができる。お前はアキちゃんに、夢中 やったんやないんか」
「夢中 やで。今かてそうや。それに裏切 ったりしてへんわ。前の男は、俺の下僕 やで。それが変成 の途中 で止まってもうてたんで、仕上 げてやっただけや」
俺の話を、水煙 は黒い大きな目で、じっと興味 深 そうに聞いていた。
「なるほど。そいつはお前の、言うことを聞くんか」
「さあ。知らん。多少は聞くやろ。俺の血で出来 た奴 なんやから」
せやけどもう、藤堂 さんに何ぞ我 が儘 言うてやろうとは思わへんわ。
あれはその、愛してくれない男への、あてつけみたいなもんやった。
今はそんなことする必要はない。だってアキちゃんが俺を、愛してくれるもん。
「ふうん。つまりそれが、お前の能力なんや。怪我 治したり、蝶 に変転 したりするのも含 めて、お前はそういう奴 なんやな」
だから何。
水煙 は、えらい納得 したように、独 り言 みたいに話してたけど、俺には居心地 の悪い話やった。
間 の悪いとこ、こいつに見られた。ばつ悪いわ。
「いろんな奴 がおるわ、式 になる奴にも。基本はみんな、主人になる覡 が好きで来る。お前ひとりしか相手にしたらあかんていうんやったら、ジュニアはきっと、大変な思いをするやろ。それに敢 えて耐 えようというんや。肝心 のお前がジュニアを裏切 ってもうたら、何の意味もない。無理 やと思うんやったら、早々 に誰かに譲 って、潔 く身を引いてくれ。一人しかおらん大事な跡取 りや、傷物 にせんといてくれ」
いつものような意地悪 さのない、真面目 な口調 で、水煙 は俺を諭 した。
顔をしかめて、俺はそれを聞いた。
なんやねん、急に、改まったみたいに。どうせ、いつもの話やないか。アキちゃん諦 めて、俺によこせって言うんやろ。
水煙 のひそひそ話す声は、なおも続いた。
「今回、秋津 が請 けた仕事は、ほんまやったら数百年に一度の大仕事なんや。ニ十年前に、トヨちゃんが済ませたばかり。それで秋津 には、目立った式 は今はおらん。もともと先の戦 のせいで、神と呼べるようなのは、全部逝 ってもうた後やった。式神 は、特にデカい力のあるやつは、そう簡単には増えへん。それでもジュニアはようやってるほうや。お前といい、あの犬といい……」
こいつは何を言いたいんやろ。
全然、話が見えへんわって、俺はさらに身構 えた。どんなイヤミを言うつもりなんやろ、この宇宙人。
「あのな、水地 亨 。お前は今まで、誰かの式 やったことはないんやろ。あの犬もそうや。せやから、あいつも知らんのやろ。鯰 封 じにはな、生 け贄 が要 るんや。人間でもいい。しかし、それやと、ものすごい数の人間食われる。巫覡 はそれを防ぐために居 るんや。せやからな、生 け贄 として、鯰 に自分の式 を食わせるんや」
水煙 がひそひそ話す内緒 の話に、俺はちょっと腰 が抜 けかけた。
だって、それ、どういう意味。
アキちゃんが、秋津 の跡取 りで、今回その鯰 とかいう奴 と戦わされる。
戦う覡 であるアキちゃんの、式 は俺だけ。
覡 は自分の式 を、鯰 に食わせるんやって。
つまり、アキちゃんは、俺を生 け贄 として、鯰 に食わせる。
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