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12-7 トオル
俺は最後に見た時に、なんでかゴスロリ入ってた舞 のことを、ぼんやり思い出していた。
おかんはあの寒椿 の精 のことを、ほんまの娘のように可愛 がってたんやで。そやのに舞 まで生 け贄 にしようとしてたんか。
恐 るべき、非情 の血筋 やないか。
「トヨちゃんは、手持ちの式 を全部投入したんや。仕方 なかった。一人二人で済むような、力のある式神 がもう居 らんかったんや。全部アキちゃんが戦 に連れていって、一人も戻って来んかった。俺以外」
それで秋津 の家には式神 が居 らんのや。
海道 家にはあんなに沢山 イケメン居 んのに、なんで、おかんには舞 しかおらんのやろうって、実はちょっと疑問 やった。
おとんも言うてたわ、秋津 には蛇 一匹 やって。つまり俺しか居 らへんかったんや。
それでもいけると、おとんは思うてた。鯰 封 じはもうこの先何百年かは無いもんやと、思うてたからやろう。
それがまさか、おかんとハネムーン行ってコスプレしてる間に、こんなことなってまうなんて。それに気づきもせんかったとは、神さんいうてもヘタレやな。
予知 能力 があんのは分家 のほうだけなんや。知ってたらさすがに行かんやろ。未熟者 の息子を放置 して、世界一周コスプレ旅行には。
「あの犬やったら申し分ない。一匹で足りるわ。どうせ大して腹減ってないはずや、たらふく食うて寝たとこやったんやから」
「そうやろか。あいつ、大したことないで、水煙 。勝呂 はほんまにただの犬にちょっと毛生 えたようなもんやで」
俺が前の感触 で言うと、水煙 はまた、くすくす笑 うてた。
「いいや。いつまでも、前の俺やと思うなよやで。あいつはお前より上や。三万年生きたらしいわ。煉獄 で」
「嘘 やん。あれから一ヶ月そこらやで」
思わず口尖 らせる俺に、水煙 は面白そうな顔をして、意地悪そうにバスタブの水を指先でびしゃりと俺の顔に跳 ねかけた。何をすんねん、コノヤロウ。
「まだまだ初心 やなあ。時間を操 る神も居 るんや。あの犬を従 えてる神は、そういう種類のやつや。三万年分連れ戻したんや。せやから、あいつは今では俺と似たような大年増 やで」
「なんという執念 や、三万年を経 ても未 だに追い縋 ってくるとは……」
腕で顔を拭 いつつ、俺は勝呂 瑞希 に改めて舌を巻いてた。
しつこい。何てしつこい奴や。蛇 のようにしつこい俺を、そのしつこさで驚 かすとは。相当しつこい。あいつはよっぽど、アキちゃんが好きなんや。
呪縛 を受けてたわけやない。あいつはアキちゃんの式 やなかったんや。三万年もの間、ひと目も会わず、それでもアキちゃんのことを想 い続けていたわけやから、あいつの気持ちはほんまもんなんや。
「犬にしとこか。お前を生 け贄 にして、犬を残すという手もあるわ」
水煙 は明らかにイケズな声で、俺に訊 ねた。
俺にはそれに、素直 にオタオタしていたわ。
「マジで言うとんのか、この、鬼畜生 が!」
「冗談や。それは無理やねん。心配するな」
嘲笑 ってんのか、苦笑 してんのか、はっきり分からんような中間 の笑 みで、水煙 は、死の恐怖に苦しみ悶 える俺を眺 めてた。
「なんで無理やねん。お前、なんでもやりそうや。血も涙 もないんやろ」
それに平気なんや。自分が生 け贄 にされてもかまへんて、そういう顔してた。
それはお前がアキちゃんの式 やからやろ。何か、今さら悔 しいわ。
俺はもうアキちゃんと、なんの縁 もない、ただの居候 。せやのにお前は見えない絆 で強く繋 がれている。
死んでも本望 やって、うっとりそう思えてるんやろ。ビビってる俺がアホみたいに見えるやろ。
「無理や。ジュニアは犬に口説 かれたけどな、抱く気にならへんて断ってたわ。お前がええんやって、水地 亨 。もしもお前か犬か、どっちかを生 け贄 にせなあかんようになったら、あの子は泣く泣くでもまた犬を殺して、お前を生かすやろう。こないだもそうやったみたいにな」
それが事実やというふうに、水煙 は淡々 と話してた。
励 ますようでは全然なかった。悔 しそうでも、悲しそうでもないし、俺と争うつもりもないみたいやった。
諦 めてる。そんな顔やった。
その諦 めの顔は、ちょっとばかし、絶望 に似 てた。
俺は諦 めるのには慣 れているって、そんな顔やったな。
きっとそんな顔して、お高く生きてきたんやろ。古い神様やからな、面子 があるわ。俺や犬みたいに、自分を愛してくれって泣きわめくような、そんな無様 な真似 はせんのやろ。
それでも俺と争ってた。その程度 には、お前もアキちゃんのこと好きなんやなあ。
「水煙 」
「なんや」
浴槽 の縁 に手をかけて、そこから覗 くと、青い宇宙人は俺を見下ろす目やった。
「お前が偉 そうでないと、気色 悪いわ」
「言われんでも偉 そうにするわ」
つんと済まして、水煙 は答えた。確かに偉 そうやった。
「アキちゃんに、何されたんや」
恐 る恐 る訊 ねてみると、水煙 は横目 にじろりと俺を睨 んだ。
「別に何も。キスしただけや」
それが何や、何か文句 あんのかという上から目線で、俺は激 しく静かに威嚇 されてた。
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