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12-9 トオル

 なんというかやな、俺はその意気(いき)に感じ入った。  元々なあ。俺って素直(すなお)やん?  そうやなあって、思たんや。  俺も水煙(すいえん)も、アキちゃん好きやのご同類(どうるい)。言わばアキちゃん同好会(どうこうかい)の会員一号二号みたいなもんやないか。  せやから仲間やん?  すごいなあ、水煙(すいえん)兄さん、マジすごい。さすがは秋津家(あきつけ)伝来(でんらい)のご神刀(しんとう)や。勉強なるわあ。意地悪(いじわる)してもうて、ほんますんません。  まあええか、キスしただけならまあええか。俺も藤堂(とうどう)さんとしたし、そこまでは(ゆる)そうかって、俺は(めずら)しく寛大(かんだい)な気持ちやった。  でも実は、俺は分かってた。これは俺のパターンやねん。  トミ子の時もそうやった。相手が敗北を認めて道を(ゆず)ってくれさえすれば、俺は誰も殺したりせえへん。憎みもしない。  俺はただ、アキちゃんが好きなだけやねん。誰にも邪魔(じゃま)せんといてほしい。ただそれだけなんや。別に誰とも争いたくなんかない。  人が俺を悪魔(サタン)やと憎んで追い立てるから、俺も悪魔(サタン)になるんや。  愛し合えればそれでいい。アキちゃんがいっぱい愛してくれれば、俺もいつか、イイ子になれるかも。誰が見ても神様みたいな、そんな(やさ)しい(へび)に。  話(つか)れてすうすう寝てる青い宇宙人を水底(みなそこ)に見て、俺はそんなことを思ってた。  アキちゃん遅いな。着替えすんのにどんだけかかっとんねん。  しゃあない奴や、まさか盗み聞きしてんのとちゃうやろな。  そう思って、俺がバスルームのドアをバーンと開き、そこにある居間(いま)()けて、もうひとつ(となり)のような仕切(しきり)(かべ)(うら)にあるベッドのほうまで探しに行くと、アキちゃんはそこに(うつぶ)せに(たお)れてた。  星のような銀色の刺繍(ししゅう)のある、()ける天蓋(てんがい)がついた、真っ白いひらひらの新婚さんベッドに。  ヘッドボードを()めるように、山ほど置いてある白いサテンのクッションに、真珠(しんじゅ)ついてる。模造(フェイク)やろうけど、あたかも海辺のお城やで。いかにも神戸や。  ものすごいホテルやな。絶対ウケるで、恋で脳みそグデングデンになったカップルとか、少女趣味のオバハンとかに。  ハジケたなあ、藤堂(とうどう)さん。()()けてんで。絶対笑いながら作ってるよ。  しかしアキちゃんにウケるはずはない。ぴくりとも動かへんかった。  あまりのベタな世界観にショックを受けて、アキちゃん気絶(きぜつ)したんかと思った。  せやけど、そうやなかった。アキちゃんはビビってたんや。  わざとか無意識か、引きこもり用の(まゆ)めいた結界(けっかい)まで()っていて、俺がおおいと呼びかけても、聞こえへんんのか、しばらく反応せえへんかった。  しょうがないから、俺はベッドに()い上がっていって、アキちゃんの(となり)に寝てやった。ついでにケツも()でた。それでやっとアキちゃんはびっくりしたように顔を上げた。 「うわっ、(とおる)か。な、なにをやってたんやお前は……」  アキちゃんは顔青かった。 「何って……水煙(すいえん)(しゃべ)っててん」 「何を(しゃべ)ってたんや。お前、あいつと(なか)ええんやったか?」 「(なか)? まあ、今は、悪くはないよ。おんなじ男に()れた(なか)やないか」  俺が真面目(まじめ)に教えてやると、アキちゃんは見てるだけでわかるぐらい、ごくりとはっきり(つば)を飲んでた。 「何か、言うてたか、水煙(すいえん)」 「キスしたけど、どんな感じやったか、忘れたて言うてたわ。アキちゃんは、(おぼ)えてんのか。どんな感じやった」  俺がゆっくり()くと、アキちゃんはますます遠い目をした。 「俺も……忘れた」  めちゃめちゃ後悔(こうかい)してる顔して、アキちゃんは小声(こごえ)で答えた。  可愛(かわい)いなあ、アキちゃんは。反省してんのか。  俺なんか、ぜんぜん反省してへんのになあ。  もう藤堂(とうどう)さんとキスすることはないやろけど、でも後悔(こうかい)はしてへんで。  それでも誰かにアキちゃん(ゆず)ろうって、ぜんぜん思えへん。せやから俺は図々(ずうずう)しいんやろなあ。 「水煙(すいえん)な、寝てるで。今のうちに、(めし)行こか」  もうとっくに昼過ぎてるし、アキちゃんのことやから、律儀(りちぎ)腹減(はらへ)ってんのやろ。  二人っきりで歩きたい。ええでえ、晴天(せいてん)の午後の北野坂(きたのざか)。  うまい(めし)もあるし、ケーキ屋もあるし、ジャズ喫茶(きっさ)とかまであるで。  そこでアキちゃんとのんびりしたい。 「怒ってへんのか」  おかんに(しか)られた子供みたいに、アキちゃんは俺の顔色うかがう目をしてた。  それがあまりにも可笑(おか)しなってきて、俺はにやにや笑ってた。 「怒ってへん。激辛(げきから)カレーと、水煙味(すいえんあじ)のアイス食おか」 「変な言い方すんなよ。意識してまうやないか」  何を意識すんねん、このアホが。  しかしまあ、そんな(わけ)で、俺はアキちゃんに無理矢理腕を組ませて、楽しくお出かけしてきたわけ。  アキちゃんは北野(きたの)の空気を、気に入ったらしいわ。  海道家(かいどうけ)にいた時には、あんなに神戸にムカついてたくせに、アキちゃんの気が変わったんは、山の手の窓から見える遠い海の色が好きやったかららしい。  海の絵描きたいなぁ、って、またそんなこと言うて、ぼけっと海見てた。  こいつはほんまにアホな子や。絵さえ描いてりゃ幸せやねん。  それが何の因果(いんが)か、予言(よげん)された救世主(きゅうせいしゅ)。  なんも知らんと安請(やすうけ)()いして、まさに命がけで(いど)羽目(はめ)になる。  何の(えん)もない赤の他人どもを(すく)うため、せっかく戻った可愛(かわい)い犬を(なまず)に食わせ、下手(へた)すりゃ自分も(りゅう)に食われる。  そこまで(ふく)めての予言(よげん)やったんか。  あの神楽(かぐら)という神父や、予言(よげん)を伝えにきてた勝呂(すぐろ)はそれを知ってたんか。  蔦子(つたこ)さんや竜太郎(りゅうたろう)は、そんな未来を(うらな)いの中に()てたんか。  俺は正直、世間(せけん)(うら)んだ。

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