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12-10 トオル
俺はアキちゃんがいなくなったら生きてられへん。
それでも平気なやつはごまんと居 るんや。そんな子おるって知りもせえへん。せやから心も痛まへん。
巫覡 やら式神 やら鯰 やら、そんなもんは迷信 と、信じもせんと助けられてる。
そんなやつらのために、なんで俺のアキちゃんが死ななあかんのや。
絶対ありえへん。いざとなったら俺は、アキちゃん連れてトンズラこくから。
さよなら 神戸!
災害で滅亡 した街 はなにもお前がこの世で初めてやない。
ソドムやゴモラやポンペイほどの、退廃 の罪を犯 した街 やないけど、救 う神がおらんなら、それもしゃあない。
俺にはずっと好きな街 やった。
それでもそれが俺からアキちゃんを、無理矢理 奪 うっていうんやったら、もう好きやない。お前ももう、殺さなあかんな。
そう思って不安に駆 られると、背が怖気 立つような神戸の夜やった。
汗に濡 れたアキちゃんの体を抱くと、それはまだ生気 に満ちていた。
たったの二十一年しか生きてへん。たとえ儚 い命の人間様でも、今時のご時世 、死んでもええような歳 やないやろ。
それでもアキちゃんのおとんは、この歳 にはもう死んでいた。
水煙 はそれを看取 った奴 や。
それが言うんや、もうアキちゃんを死なせはしないと。
俺はあいつの怨念 に、賭 けるしかない。
ひとたび醜 く争えば、憎ったらしい恋敵 やけど、ほんのちょっと構図 を変えて見れば、俺とあいつは運命共同体 やった。
いうなれば家族。無事に事が済んで、のんきにまた出町 の家に戻れる日が来たら、あいつにも一緒に萬養軒 のカレーを食わしてやろう。
それまでちょっとずつ慣 らさなあかんと、俺は水煙 にもエサをやることにした。
「アキちゃん、水煙 なあ、神棚 もええけどさ、でかい水槽 買 うてやったら?」
一発 抜 いた満足感で、ごろごろ並 んで横たわりつつ、俺はアキちゃんに耳打 ちをした。
アキちゃんはそれに、びっくりした顔をした。
「お前がそんなこと言うなんて……」
「なんやねん。優 しいやろ」
間近 に鼻を付き合わせて俺が凄 むと、アキちゃんはビビったように頷 いた。
「優 しい……いい考えやと思うけど…………でも、ええのか?」
「水槽 掃除 とエサやりはアキちゃんがしてや」
俺はぜったいやらへんからなって、断固 とした姿勢 を示 しつつ、俺はアキちゃんの胸に寄 り添 った。
ほとんど条件反射 みたいに、アキちゃんはそんな俺を抱き寄せた。
いつものことや、抱き合って酔 って、だらだら話して眠る。そんな幸せが永遠に続く。それがアキちゃんと俺の物語。そうでないと嫌 や。
「亀 かメダカかグッピーか……水煙 は」
「似 たようなもんやって。あいつ風呂 の底で寝てたやんか」
水煙 が居 るもんで、風呂 でやれないばかりか、風呂 に入られへん。
幸 い西欧 趣味 の派手 なホテルやったもんで、バスタブはジャグジーでお遊び用、その横に電話ボックスみたいなガラス張りのシャワーブースが別にあって、せやから体は洗えんねんけど、寝てる水煙 の横でこっちは素 っ裸 なんやから、めちゃめちゃ緊張 するわ。
シャワーも二人で入れんことはない。
いやあ、変な話、海の向こうにはその狭 っ苦しいシャワーブースで一発やるのが萌 えるという、そんな人々もおるんやけどな、アキちゃんは生憎 NG出してた。
だってな、まあ、横に人型 水煙 おったらなあ、さすがに変やと気付くわな、うちのドのつく鈍感の、迂闊 な鬼畜 ジュニアでもな。
邪魔 やなあ、人型 水煙 、て感じやけどな、あいつのためにはそのほうがいい。
邪魔 なくらいでないと、アキちゃん気がつかへんからな。あいつにも心があるわってことを。
「お前がそれでええんやったら、そうしよかな。帰ったら」
そう言うアキちゃんの小声 は、学校帰りに犬拾ってきてもうた小学生男子そのものやった。
すがりついた胸でにやりとしてから、俺は身を起こし、頬杖 ついてアキちゃんの顔を覗 き込んだ。
「そうしてやり。あいつも喜ぶやろ。それにリビングの飾りにもなるわ。顔綺麗 やからな」
シャワー浴びつつ、思わずじっと貝殻 のバスタブを覗 き見してたアキちゃんを、俺は思いっきりつねってやってた。
どこをかは敢 えて言うまい。めちゃめちゃ痛いところをや。
アキちゃんは情けなそうに苦笑した。
「お前は怖いし、時々死ぬほど意地悪 やけど、でも悪魔 やないな」
ちょっと恥 ずかしそうに、アキちゃんは俺の性格についてコメントしてた。
あんまり意外な話の向きで、俺はアキちゃんを見つめ、思わず真顔 になっていた。
「そうやろか……悪魔 にかて、時には優 しい一面 ぐらいあるってだけかもしれへんで」
「そうかもな」
じっと俺を見て、アキちゃんはいつもの、眩 しそうなような、俺が好きやという顔をしていた。
「そんなら俺は、お前が悪魔 でもええわ。お前が好きや、お前が何でもええわ」
のんびり言うアキちゃんの話に、俺は何かを堪 えて目を伏 せた。
それは涙 かもしれず、アキちゃん好きやていう激情 かもしれへん。
とにかく堪 えがたく爆発 しそうな熱い何かやった。
それを愛と、人は呼んでるんかもしれへん。
アキちゃんは俺に、愛とは何かを教える男。
そんなアキちゃんを、俺は守りたい。
「なあ、アキちゃん。もう一回やろ」
「えぇ……?」
アキちゃんは照 れ臭 そうに聞き返してきたけど、それは拒否 ではなかった。
俺は微笑 んでアキちゃんを抱き、アキちゃんは俺を抱いた。
キスすると、極上 のワインとシャンパンと、赤い薔薇 の匂 いがした。
前の男が振 り撒 いた、花の褥 の上に寝て、今の男とキスをする。そんな俺はどうしようもない不実 な蛇 か。
そうでないなら、バージンロードを送られて、次の男に手渡される花嫁 みたいなもんやった。
ところがこれは全然、清純派 からほど遠い、淫売 みたいな奴 なんやけど、それでも花嫁 なんて大体そうやろ。
初夜 にバージンのやつなんか居 るんか。おらへん。おるか。おらへんことにしといてくれへんか。
アキちゃんが俺の、初 めての男やったらよかった。
俺は初 めてそう思い、そして、そんなこと思った相手は、アキちゃんが初 めてやった。
俺はアキちゃんが好きで好きでたまらへん。
神か鬼かは定 かでないけど、それだけは、はっきりしていた。
俺は本間 暁彦 に取り憑 いている蛇 。永遠に。死にも誰にも分かたれず。
理由はただ、俺が彼を、愛しているからやった。
――第12話 おわり――
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