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13-1 アキヒコ

 神楽(かぐら)さんと中西(なかにし)支配人(しはいにん)の話をせなあかん。  なんで俺がと思うけど、俺が聞いた話や。しゃあないわ。  俺はその翌朝、水煙(すいえん)(さや)を探していた。  到着(とうちゃく)した日の刃傷(にんじょう)沙汰(ざた)の時、俺はその前にいた会議室で水煙(すいえん)(さや)から抜き放ち、そのまま抜き身で持って出た。  ほんで、何やかんや。  以来、水煙(すいえん)はずっと人型のままでいたし、その時に(さや)がどうなってんのか、俺にはよう分からんかった。  あれは服みたいなもんで、別に無いなら無いでええんやろか。  それでも剣に戻った時に、抜き身のままやと危ないし。投げ捨ててきた(さた)を、ほうっとくわけにもいかへん。もしも消えずに残ってるんやったら、回収しとかなあかん。  他に()くあてもなく、俺はフロントのロビーにいる綺麗(きれい)なお姉さんに、会議室に忘れ物をしたんやけどと、それが届いてないか一応()いた。  普通の人にはあれは見えへん。せやから届いてるわけないんやけど、念のため。  そしたらお姉さんは、なんと、(さや)行方(ゆくえ)を知っていた。  会議室から皆出て行った時、最後に残ったんは(もち)みたいな例の神父やった。  神楽(かぐら)さんの上司(じょうし)かな、みたいな(じい)さんや。  その人が、これ忘れ物なんやけどと彼女に(さや)を持ってきて渡し、その後、(もち)行方(ゆくえ)()きに来た神楽(かぐら)さんが、俺に渡すということで、(さや)を持ってったらしい。昨夜のことや。  そして神楽(かぐら)さんは今朝、朝飯前(あさめしまえ)の庭におるらしい。  何でも知ってるみたいなお姉さんに、そう教えられ、俺はそれまでの話に、重要な情報が(ふく)まれていることに気がついていた。 「見えたんですよね。(さや)」  つかぬことやったけど、俺は()えきれず()いた。  いかにもホテルのフロントの美人という感じの、長い()(がみ)を低めのポニーテールにした、(こん)のスーツに白ブラウスのひらひら(えり)(まぶ)しいお姉さんは、にっこりと微笑(ほほえ)み、はい、と答えてくれた。  (さや)が見えるということは、中身も見えるということや。  つまりこの人、あの時俺が、抜き身の剣持ってフラフラしてたのが、ちゃんと見えてたんや。  それに気付いて、俺はその場でぶっ倒れそうになった。  普通でないところを見られてしもたわ。(しん)からご乱心(らんしん)のところを。こんな綺麗(きれい)なお姉さんに。  しかもこの人も、ちょっと普通やない。水煙(すいえん)が見えるやなんて、ただ者ではないんや。 「お客様、()()りますが、ロビーや通路での危険物のお持ち歩きはお(ひか)えくださいませ。他のお客様のご迷惑(めいわく)になりますので……せめて(さや)(おさ)めていただいた状態でお願いします」  申し訳なさそうな気まずい顔で、お姉さんは(やさ)しく俺を(しか)った。  なんで今さらそれを言うんか。あの時のお前は、怖すぎてとても言われへんかったと、言外(げんがい)にそう言われてる気がして、俺はさらに目眩(めまい)がしてきた。 「はい……すみません」  もうしません。  俺はそう、フロントのお姉さんに約束(やくそく)をした。  どうでもいい。フロントの美人なんて。  俺にはもう、どうでもええはずや。  (とおる)がおるし、俺はどうせ、女より男のほうがええような変態(へんたい)なんやから。しかも抜き身の剣を(にぎ)りしめた(おに)形相(ぎょうそう)で、ホテルのロビーを平気で横断できるような、まともでない男や。  悲しい。どうでもいいはずやのに、美人のお姉さんに(かげ)でドン引きされていたという、その事実に俺は傷つき、またフラフラしながらロビーを渡った。  今度は、中庭から出られるという外庭の、どこかにいる神楽(かぐら)さんを(さが)すために。  神楽(かぐら)さんは、外庭にある薔薇園(ばらえん)にいた。そういうものがあるんや、このホテルには。  もともとあったらしい。中西(なかにし)さんがこのホテルを前の持ち主から引き取った時にはもう、ホテルの呼び物のひとつとして、そこそこ広い庭園(ていえん)がくっついていたらしい。  それが秋を待つ今、これから満開へ向けて()き始める時期で、綺麗(きれい)剪定(せんてい)された薔薇(ばら)だらけの煉瓦敷(れんがじ)きの庭には、いろんな色の花が()き始めていた。  神楽(かぐら)さんはその中の、血のように真っ赤な花が()薔薇(ばら)の木の前にいた。  鉄の花切り(ばさみ)(ちゅう)に浮かせて持ったまま、ぼけっとして突っ立ってた。  その左手には一本、目の前の木から切ったらしい花が(にぎ)られてたけど、痛くなかったんか。薔薇(ばら)には(するど)いトゲがあったし、神楽(かぐら)さんはその(くき)を平気で(にぎ)りしめていた。  おはようございますと、声をかけてええもんかどうか、なんでか(まよ)うような姿(すがた)やった。  今までに見たのと、何かが違うと思って、ちょっと離れた遠目(とおめ)から、俺は神楽(かぐら)さんをじっと(なが)めた。  (とおる)よりいくぶん背は高いけど、外人みたいな割には、小柄(こがら)なほうやと思う。  それはたぶん神楽(かぐら)さんが半分、日本人やからや。  顔立ちや見た目には、それはあんまり出てへんのやけど、血は確実に半分混ざってる。この人がそれを、ずっと無視(むし)してきただけのことでな。  その朝の神楽(かぐら)さんが、なんか雰囲気(ふんいき)(ちが)った一番の理由は、神父(しんぷ)の服を着てへんからやった。  いつもなら黒い僧服(そうふく)に、白いカラーのついてる(れい)制服(せいふく)のようなもんを着てたけど、この朝は別にどうということもない、白いシャツを着てた。  高めの(えり)の、仕立(した)てのいい服で、俺は神父さんにも普段着のときと仕事着のときがあるんやと、その時には深く考えへんかった。

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