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三都幻妖夜話(3)神戸編 13-1 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
13-1 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
129 / 928
13-1 アキヒコ
神楽
(
かぐら
)
さんと
中西
(
なかにし
)
支配人
(
しはいにん
)
の話をせなあかん。 なんで俺がと思うけど、俺が聞いた話や。しゃあないわ。 俺はその翌朝、
水煙
(
すいえん
)
の
鞘
(
さや
)
を探していた。
到着
(
とうちゃく
)
した日の
刃傷
(
にんじょう
)
沙汰
(
ざた
)
の時、俺はその前にいた会議室で
水煙
(
すいえん
)
を
鞘
(
さや
)
から抜き放ち、そのまま抜き身で持って出た。 ほんで、何やかんや。 以来、
水煙
(
すいえん
)
はずっと人型のままでいたし、その時に
鞘
(
さや
)
がどうなってんのか、俺にはよう分からんかった。 あれは服みたいなもんで、別に無いなら無いでええんやろか。 それでも剣に戻った時に、抜き身のままやと危ないし。投げ捨ててきた
鞘
(
さた
)
を、ほうっとくわけにもいかへん。もしも消えずに残ってるんやったら、回収しとかなあかん。 他に
訊
(
き
)
くあてもなく、俺はフロントのロビーにいる
綺麗
(
きれい
)
なお姉さんに、会議室に忘れ物をしたんやけどと、それが届いてないか一応
訊
(
き
)
いた。 普通の人にはあれは見えへん。せやから届いてるわけないんやけど、念のため。 そしたらお姉さんは、なんと、
鞘
(
さや
)
の
行方
(
ゆくえ
)
を知っていた。 会議室から皆出て行った時、最後に残ったんは
餅
(
もち
)
みたいな例の神父やった。
神楽
(
かぐら
)
さんの
上司
(
じょうし
)
かな、みたいな
爺
(
じい
)
さんや。 その人が、これ忘れ物なんやけどと彼女に
鞘
(
さや
)
を持ってきて渡し、その後、
餅
(
もち
)
の
行方
(
ゆくえ
)
を
訊
(
き
)
きに来た
神楽
(
かぐら
)
さんが、俺に渡すということで、
鞘
(
さや
)
を持ってったらしい。昨夜のことや。 そして
神楽
(
かぐら
)
さんは今朝、
朝飯前
(
あさめしまえ
)
の庭におるらしい。 何でも知ってるみたいなお姉さんに、そう教えられ、俺はそれまでの話に、重要な情報が
含
(
ふく
)
まれていることに気がついていた。 「見えたんですよね。
鞘
(
さや
)
」 つかぬことやったけど、俺は
耐
(
た
)
えきれず
訊
(
き
)
いた。 いかにもホテルのフロントの美人という感じの、長い
巻
(
ま
)
き
髪
(
がみ
)
を低めのポニーテールにした、
紺
(
こん
)
のスーツに白ブラウスのひらひら
襟
(
えり
)
が
眩
(
まぶ
)
しいお姉さんは、にっこりと
微笑
(
ほほえ
)
み、はい、と答えてくれた。
鞘
(
さや
)
が見えるということは、中身も見えるということや。 つまりこの人、あの時俺が、抜き身の剣持ってフラフラしてたのが、ちゃんと見えてたんや。 それに気付いて、俺はその場でぶっ倒れそうになった。 普通でないところを見られてしもたわ。
芯
(
しん
)
からご
乱心
(
らんしん
)
のところを。こんな
綺麗
(
きれい
)
なお姉さんに。 しかもこの人も、ちょっと普通やない。
水煙
(
すいえん
)
が見えるやなんて、ただ者ではないんや。 「お客様、
恐
(
そ
)
れ
入
(
い
)
りますが、ロビーや通路での危険物のお持ち歩きはお
控
(
ひか
)
えくださいませ。他のお客様のご
迷惑
(
めいわく
)
になりますので……せめて
鞘
(
さや
)
に
納
(
おさ
)
めていただいた状態でお願いします」 申し訳なさそうな気まずい顔で、お姉さんは
優
(
やさ
)
しく俺を
叱
(
しか
)
った。 なんで今さらそれを言うんか。あの時のお前は、怖すぎてとても言われへんかったと、
言外
(
げんがい
)
にそう言われてる気がして、俺はさらに
目眩
(
めまい
)
がしてきた。 「はい……すみません」 もうしません。 俺はそう、フロントのお姉さんに
約束
(
やくそく
)
をした。 どうでもいい。フロントの美人なんて。 俺にはもう、どうでもええはずや。
亨
(
とおる
)
がおるし、俺はどうせ、女より男のほうがええような
変態
(
へんたい
)
なんやから。しかも抜き身の剣を
握
(
にぎ
)
りしめた
鬼
(
おに
)
の
形相
(
ぎょうそう
)
で、ホテルのロビーを平気で横断できるような、まともでない男や。 悲しい。どうでもいいはずやのに、美人のお姉さんに
陰
(
かげ
)
でドン引きされていたという、その事実に俺は傷つき、またフラフラしながらロビーを渡った。 今度は、中庭から出られるという外庭の、どこかにいる
神楽
(
かぐら
)
さんを
探
(
さが
)
すために。
神楽
(
かぐら
)
さんは、外庭にある
薔薇園
(
ばらえん
)
にいた。そういうものがあるんや、このホテルには。 もともとあったらしい。
中西
(
なかにし
)
さんがこのホテルを前の持ち主から引き取った時にはもう、ホテルの呼び物のひとつとして、そこそこ広い
庭園
(
ていえん
)
がくっついていたらしい。 それが秋を待つ今、これから満開へ向けて
咲
(
さ
)
き始める時期で、
綺麗
(
きれい
)
に
剪定
(
せんてい
)
された
薔薇
(
ばら
)
だらけの
煉瓦敷
(
れんがじ
)
きの庭には、いろんな色の花が
咲
(
さ
)
き始めていた。
神楽
(
かぐら
)
さんはその中の、血のように真っ赤な花が
咲
(
さ
)
く
薔薇
(
ばら
)
の木の前にいた。 鉄の花切り
鋏
(
ばさみ
)
を
宙
(
ちゅう
)
に浮かせて持ったまま、ぼけっとして突っ立ってた。 その左手には一本、目の前の木から切ったらしい花が
握
(
にぎ
)
られてたけど、痛くなかったんか。
薔薇
(
ばら
)
には
鋭
(
するど
)
いトゲがあったし、
神楽
(
かぐら
)
さんはその
茎
(
くき
)
を平気で
握
(
にぎ
)
りしめていた。 おはようございますと、声をかけてええもんかどうか、なんでか
迷
(
まよ
)
うような
姿
(
すがた
)
やった。 今までに見たのと、何かが違うと思って、ちょっと離れた
遠目
(
とおめ
)
から、俺は
神楽
(
かぐら
)
さんをじっと
眺
(
なが
)
めた。
亨
(
とおる
)
よりいくぶん背は高いけど、外人みたいな割には、
小柄
(
こがら
)
なほうやと思う。 それはたぶん
神楽
(
かぐら
)
さんが半分、日本人やからや。 顔立ちや見た目には、それはあんまり出てへんのやけど、血は確実に半分混ざってる。この人がそれを、ずっと
無視
(
むし
)
してきただけのことでな。 その朝の
神楽
(
かぐら
)
さんが、なんか
雰囲気
(
ふんいき
)
違
(
ちが
)
った一番の理由は、
神父
(
しんぷ
)
の服を着てへんからやった。 いつもなら黒い
僧服
(
そうふく
)
に、白いカラーのついてる
例
(
れい
)
の
制服
(
せいふく
)
のようなもんを着てたけど、この朝は別にどうということもない、白いシャツを着てた。 高めの
襟
(
えり
)
の、
仕立
(
した
)
てのいい服で、俺は神父さんにも普段着のときと仕事着のときがあるんやと、その時には深く考えへんかった。
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椎堂かおる
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