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13-3 アキヒコ

 神楽(かぐら)さんが一歩(おそ)かったのは、出がけに()()められたからやった。  血を吸う外道(げどう)が、もう一度キスをと(さそ)い、それを神父は(こば)めへんかった。その長い足止めのせいで、(もち)が帰る前に(つか)まえられへんかったという事らしい。  それは良かったと、感想を()べるべきかもしれへん。今や血を吸う外道(げどう)のご同類(どうるい)として、幸せに暮らしている俺としてはな。  せやけど神楽(かぐら)さんにとっては、そんな簡単な話ではない。  (もち)は帰った、もうおらん。(たよ)って(すが)り付こうという気でおるのに、ちょうどいい相手がおらへんわと、動転(どうてん)した頭で(こま)りに(こま)って、はっと目についたのが、フロントの美人のお姉さんが、つい今し方、(もち)から(あず)かったばかりでその場にあった、俺の忘れ物の(さや)やった。  それはきらきら(かが)いて美しく、神聖なもんやと神楽(かぐら)さんの目には(うつ)ったらしいわ。  そらそうやろな。水煙(すいえん)(さや)やから、神のものであることは事実やわ。  ただし神楽(かぐら)さんが好きな神さんとは、またちょっと違うで。  水煙(すいえん)は、神威(しんい)はあるけど、神楽(かぐら)さんが期待するような神聖(しんせい)さはないやつやで。  キスしたら、気持ちようなって、いってまうような(やつ)なんやで。  それがまた俺には何とも(たま)らず可愛(かわい)(やつ)なんやけど、でも神楽(かぐら)さんにはそうやないでしょ。  しかしそんなこと、分かるわけもない。そうや、本間(ほんま)さんが()るやんかと、神楽(かぐら)さんは考えたらしいわ。  なんで俺。  つまり神楽(かぐら)さんは誰でもいい状態やった。とりあえず目についた(やつ)(すが)り付こうという、そういう感じやった。  そういう人やってん。気が弱いというかやな、何かに(たよ)りたい。  (ひざまず)いて(いの)りたい。素直(すなお)に言うこときいていたい。  お前は可愛(かわい)いイイ子やなあって、()められたい。  それで安心してたいと、そういう性分(しょうぶん)の人やってん。  つけ込みやすい人なんやわ。  それをかつては悪魔(サタン)につけ込まれ、その後はヴァチカンの神やら、神の代理人やらに(たら)し込まれてた。  そして三段オチの最後には、血を吸う外道(げどう)(たぶら)かされようとしていた。  あかん、それは背徳(はいとく)と、(あらが)ってはみせるものの、助けてくれと(たよ)った相手が俺というんでは、もう終わったようなもんや。  だって神楽(かぐら)さんはその時すでに知ってたはずやで。俺かて悪魔(サタン)()()かれてる。  それから(すく)ってくれるっていう話やったんやないんですか。神楽(かぐら)さんが。  少なくとも海道家(かいどうけ)居間(いま)では、そう言うてたで、あんた。  淫行(いんこう)(さそ)う悪い(へび)から、俺を助けてくれるって。 「相談て、なんですやろか」  (はさみ)薔薇(ばら)を持って突っ立っている、顔面(がんめん)蒼白(そうはく)神楽(かぐら)さんと向き合って、俺は最高に気まずく(たず)ねた。  神楽(かぐら)さんはどこ見てんのか(さだ)かでないような青い目で、俺を見つめていた。食い入るような視線(しせん)やったわ。 「あなたの(へび)は、血を吸いますか」  単刀(たんとう)直入(ちょくにゅう)やったな。  俺は一瞬(なや)んだ。この質問には、答える義務(ぎむ)があるのかと。  この時には俺はまだ、神楽(かぐら)さんは真面目(まじめ)な神父さんやと信じてたもんやから、また俺に、(とおる)と切れろみたいな話をするんかと、(けむ)たい気まずさやったんや。  せっかくのご親切やけど、俺にはそんな気はない。死んでも離せへん。  (とおる)が俺を捨てるというんでなければ、俺は(とおる)と別れたりはしない。  昨日今日会ったばかりのあんたが、何を言おうが関係あらへん。俺は悪いことしてるわけやない、好きな相手と抱き()うてるだけ。  愛してるねん、ほっといてくれって、そういう覚悟(かくご)で受けて立ってた。 「吸いますけど、時々ですよ。それで別に、死ぬ訳やないし。特に支障(ししょう)もないです」  自分も外道(げどう)になってまうだけ。  それは()えて言わずにおいた。  でも、ほんまにそれだけやで。ちょっとエロなってきて、自分も血吸いたくなって、怪我(けが)してもすぐ治ってもうたり、()めただけで人の怪我(けが)治せたり、少しキレやすくなったかな、キレたとき普通やないかなみたいな気はちょっとするけども、それはキレへんようにすればええだけなんやし。  他はまあ、バレへんかったらええんやないですかって、俺は頭の中でそういう処理(しょり)をしていた。  だっていくらエロくても平気やん。(とおる)はさらにエロエロなんやから。むしろ喜ぶくらいやで。  水煙(すいえん)には好きモノ呼ばわりされるけど。  正直ちょっと傷ついた。でもその傷で死ぬわけやない。(へこ)んでまうだけ。 「支障(ししょう)、ないんですか」  必死の形相(ぎょうそう)(たし)かめてくる神楽(かぐら)さんに、俺は(うなず)きながら、何か変やなと思った。  神楽(かぐら)さんは、いつもと違う。なにが違うんやろと俺は(なや)み、その次の台詞(せりふ)を聞いて、(わけ)を理解した。  神楽(かぐら)さんは早口に、俺にこう言うた。 「支障、ないって、それはちょっと、変やないですか。だって血を吸う悪魔(サタン)なんですよ。奴らは仲間にしようとして血を吸うとうのやないですか。なんともないんですか、本間(ほんま)さん。なんで平気なんや」  教えてくれって、(さけ)ぶのを(こら)えたような押し殺した早口で、神楽(かぐら)さんは()いた。  どう聞いても、あんたは地元の人間やっていう、そんな神戸(なま)りで。  あんた。話せるんやん。生まれた土地の(なま)りを。  なんで今まで標準語(ひょうじゅんご)やったんやろ。 「なんで、って……なんでですやろ。俺にも分からへんけど……神楽(かぐら)さん、なんで神戸弁(こうべべん)?」  俺がついつい指摘(してき)すると、神楽(かぐら)さんはもともと青かった顔を、さらにさっと青ざめさせて、(はさみ)を持ったままの手を口元にやり、手の(こう)(くちびる)(ふさ)ぐような仕草(しぐさ)をした。

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