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13-4 アキヒコ

「いえ、何でもないです。これは古い(くせ)なんです。動転(どうてん)してまして、つい」  ()ずかしいところを見られたと、神楽(かぐら)さんはそんな、痛恨(つうこん)の表情でうつむいた。 「質問に、答えてください。本間(ほんま)さん」  お願いやという口調で言われ、それがまたカッチカチの標準語(ひょうじゅんご)アクセントやったんで、俺はなんとなく神楽(かぐら)さんが気の毒になった。  なんでこの人、そんなこと()くんやろって思って。  それは悪やと、必ず助けてやるからって、なんでもう言わへんのやろ。  それに何で、神戸弁(こうべべん)()ずかしいんや。神戸の人やったら、そんなん別に普通やろ。ここの出身なんやから。 「何で平気かって……別に、大した変わりもないですし。学校行けるし絵も描ける。それにあいつと、ずっと一緒(いっしょ)()れる体になったんやったら、それでええかなって。その程度(ていど)にしか思ってへんのですけど」  少々()れつつ答える俺を、神楽(かぐら)さんは見るからに、あわあわして(にら)んでた。  えらいもん見てもうたわ、変態(へんたい)と話してもうたっていう、そんな顔されてたで。  俺はそれにも内心傷ついた。自分がどんだけマトモな線から遠く離れてもうてるか、それを再確認できたしな。  神楽(かぐら)さんは俺を()り切るように、ぐっと顔を(そむ)けて、真っ赤な花の咲く薔薇(ばら)の木のほうへ向き直ると、なんかやけくそみたいな手つきで、()いてた花の(くき)にばしっと(はさみ)を入れた。 「どれくらい吸われると、仲間になってしまうんですか」  泣きそうな声で、神楽(かぐら)さんは()いてきた。  俺はさすがにそのへんで、おかしいと思った。  まるで相談されてるようやったんや。  確かに、相談したいという事で始まった会話やったけど、神楽(かぐら)さんは俺がどれくらい吸われて、どれくらい仲間になってるかを()いてるわけやない。  心配してんのは、自分の体のことやないかって、そういう雰囲気(ふんいき)がした。 「吸われたんですか……?」  そんなアホな、まさか(とおる)がこいつの血を吸うわけはないと思えて、俺は(けわ)しい顔になった。  まさかそんな、神楽(かぐら)さんは(とおる)趣味(しゅみ)からほど遠い。どことなくナヨそうやし、あいつの好きなおっさんでもない。  どっちか言うたらあいつと同系統(どうけいとう)の、抱かれて(あえ)ぐタイプやないかって思い、俺はそれにも傷ついた。  ごめんやで神楽(かぐら)さん、そんなこと思ってもうて。  俺は確かに変態やわ。もっと怖い目で(にら)んでいいです。  それが何となく気持ちいい。そんな変な感じがする人やねん。  怖いねんけど、ぞくっとするねん。神楽(かぐら)さんの綺麗(きれい)な顔で、きっと青ざめて(にら)まれると。  まさか(とおる)もそんな、新しい世界に目覚(めざ)めてもうたんか。あいつこういうのとも、やってみよかという気になったんか。  もはや全方向(オールレンジ)対応(たいおう)やな、(とおる)警戒(けいかい)せなあかん領域(りょういき)がでかくなりすぎて、俺は死にそうや。おちおち道も歩かれへんやんか。 「す……吸われました。でも、一回だけです、それは、一回だけ」  神楽(かぐら)さんは、めちゃめちゃ言い訳くさかった。  それは、って、他には何を何回やったんや。  俺は頭を(なぐ)られたようなショックを受けてた。一難(いちなん)()ってまた一難(いちなん)。こんどは金髪(きんぱつ)の神父と(とおる)(めぐ)って刃傷沙汰(にんじょうざた)かと、頭クラクラしてきたわ。 「(とおる)があんたの血を吸うたっていうんですか!」 「あの人ではないです!!」  俺よりもっとキレてるような口調で、神楽(かぐら)さんは(さけ)ぶ俺に(さけ)び返してきた。めちゃめちゃ怖かった。はいすいませんて、思わず()びたくなる怖さやった。 「え……ほな、誰です?」  妖怪(ようかい)ホテルや。考えてみれば、外道(げどう)なんかここにはたっぷり()るわ。  他にも血を吸うようなのが、いても変やない。俺は早合点(はやがてん)してた自分に気付いて()じ入った。俺には(とおる)が世界一、せやからちょっと意識しすぎやな。 「誰でも、いいです」  ものすご強い声で、俺はこっちに背を向けたまま項垂(うなだ)れている神楽(かぐら)さんに牽制(けんせい)された。詮索(せんさく)するなという声やった。  (たよ)りなげに見える神楽(かぐら)さんの白い首筋(くびすじ)に、血を吸う(きば)()(あと)やと思える、赤い小さな傷が、ふたつ並んで残されていた。  それはもう治りかけていたけど、神楽(かぐら)さんが時々(さわ)りでもするんか、赤く()れてきていた。 「何を、どれくらいしたら、人ではなくなるんですか」  (ふる)えてんのかみたいな背中して、神楽(かぐら)さんは小声で()いた。  それに俺はどぎまぎしてきた。お前はもう人ではないんやろと言われてる気がしたし、それが気まずく()ずかしくもあり、そして質問された事への答えも、よう分からへんかった。  そんなん、考えてみたことない。  いつのまにか、(とおる)の仲間にされていた。その課程(プロセス)は、ばくぜんとは理解してたけども、ここで神楽(かぐら)さんに答えたくなかった。  だって言えるか、朝っぱらから、白シャツ(さわ)やかな清純派(せいじゅんは)みたいな人を相手にしてやで、ときどき(とおる)のを()めてやった時にアレ飲んでたからかなあなんて、微笑(ほほえ)みつつ言えるか。言えるようになったら俺もほんまもんの外道(げどう)やわ。  せやからしゃあない、俺は途中(とちゅう)のあれやこれやは全部省略して、最終工程(さいしゅうこうてい)についてだけ話した。 「相手の血を()めるか飲むかしいひんかったら、完成しないようですよ」  (とおる)はそんなことを言うてた気がする。ただキスしたりするだけでも、ちょっとずつは混ざってくるけど、それやと決定的なとこまでは行かへんし、(きわ)めてゆっくりやから、本当に人外(じんがい)()とそうと、そういう意図(いと)でやるんやったら、何度か血を飲ませなあかんもんらしい。

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