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13-6 アキヒコ
ただ違ってたのは、俺ん家 がそれを大歓迎 する巫覡 の家柄で、神楽 さんちは厳格 なカトリックやった。
両親は一般人で、常識にとらわれまくりで頭ガチガチやった。非常識にとらわれすぎてる、うちのおかんやおとん大明神 とは真逆 やわ。
なんで二股 かけへんねん、男でも女でもええから式 とやりまくれみたいな、そんな話になるわけないわ。
でもそんな当たり前の一般家庭が、地獄 みたいなこともある。神楽 さんにとってはそうやった。常識外れの自分のことを、ずっと恥 やと思うてきたんや。
俺はそんな生い立ちに、ある意味同情を禁 じ得 ない。顔綺麗 やからやないで。自分と似てるからやで。
浮気 やないで。俺は神楽 さんにそんな気はない。あったらあかんと思う。それについては後述 参照 。
「なぜまだ奇蹟 が起きるんでしょうか」
俺がそれに答えられると思ってるような目をして、神楽 さんは俺に縋 りつこうかという勢 いやった。
「なぜって……それが神楽 さんの力やからでしょ?」
「でももう童貞 やないです」
人間て必死で他のことに気をとられてると、真顔 で何でも言えるんやな。正気 やったら言えへんような事でも全然平気やわ。
「淫行 したのになんで奇蹟 が起きるんやろ。そんなん教義 に合わへんわ。悪魔 の誘惑 に打ち勝てれば別ですよ。イエス・キリストですら悪魔 に誘惑 されることはあったんや。それを乗り越えて神の子になったんです」
えええ、そうなんや。どんな悪魔 やったんやろ。顔綺麗 やったんかなあって、俺はそういう男です。信者やないもん。
「でも……僕は……その、乗り越えてません。全然」
そうなんや。全然。全く。百パーセント乗り越えてないんや。
ほな、もう、ええやん。そんな神さん、やめときなはれ。相性 悪いんやないやろか。禁欲 できへんのやったら、そんな我慢 させへん神さんにしといたら、どないですやろ。
うちの神さんなんて、禁欲 なんかさせないですよ。むしろ、したら怒られる。アキちゃんつれないなあって、悲しい顔されるもん。
それに、そもそも、そんなことに何か意味あるんですか。
溜 めて。溜 めて、溜 めまくりみたいな、そういう事なんか。
そうかもしれへんけど、何もそこまでして溜 めへんでも、力は湧 いてきますよ。だって、ほら。湧 き出る泉 か井戸 やから。むしろ溜 めるとヤバいかもやで。
「関係、ないんとちがいますか。俺は全然、童貞 やないけど、力は普通に使えてるみたいやし。うちのおかんも、おとんも、親類筋 の蔦子 さんも、別にバージンやないけど、巫覡 としてやっていくのに、何の問題もなかったみたいですよ?」
だって。言われたことないもん。禁欲 しろって。
親が言うような事やないやろけど、うちの親なら言うに決まってる。それがほんまに必要なんやったら平気で言うやろ。
それでも言わへんのやから、関係ないねんて。我慢 したところで、何の関係もない。
覡 としての能力には。穢 れてもうたらアウトなんていう、そんな神聖な力やないねん。何かもっと、アバウトな……。
「そんな馬鹿な……」
神楽 さんは、何や、へたり込みそうな顔してた。
そりゃそうやろうなあ。これまでの二十二年か。ずっと信じてきた世界が、目の前で崩 れ落ちようとしてたんやからなあ。カルチャーショック受けるよなあ。
「本間 さん……僕はこれから、どうしたらええんやろ。教会に戻ろうという、勇気はありません。せやけど、このままここに、ずっと居るわけにはいかへん。こんな宙 ぶらりんのままでは……」
神楽 さんは、何事にもきっぱり白黒つけたい人やった。神父として神聖なる教会に属 するか、それとも悪魔 の虜 として俗界 に身を置くか、どっちかにせなあかんと思ったらしい。
その中間はない。アバウト禁止。それが神楽 さんの世界観。
「いや、あの、神楽 さん、一回くらいで、そこまで思い詰めることないんやないですか。神父やめようとか、そういうのは。長い人生、そんなこともありますよ。犬に噛 まれたんやと思って、気を取り直して、やり直してみはったら……」
俺はにわかな人生相談に焦 りまくり、月並 みなことを言うてみた。
「一回……くらいや、ないです」
神楽 さんはもう目が据 わってた。わなわな来てた。動転 が極 まっていたらしい。
一回やない、何回も何回もやって、俺に話した。話してはならんような事もちょっと口走っていた。
俺には朝から拷問 みたいやった。神楽 さんの指から血はまだしたした滴 り落ちてるし、それがめちゃめちゃええ匂 い。そのうえ美貌 の真顔 で猥談 されて、俺はもう走って逃げたいくらいやった。
水煙 の鞘 、早う返してくれ、神楽 さん。
さっさと戻って、亨 にちょっと頼 もうかと思うんで。
朝やけど、一発やろかって。
我慢 しろって、あいつは言わへんやろ。そんな冷たい奴やないもん。
神楽 さんは、後 ろからされるとめちゃめちゃ悦 かったらしい。ほんまにもう泣きそうなくらい悦 えんやって。
もうお終 いだみたいな話でな、俺も泣きそうやった。
そうか。確かにそういう手もあるな、最近やってへんな、後ろからは。
だって亨 の顔見てやりたいんやもん。せやけどたまにはええな、せっかくそんな話なんやから。
とにかく神楽 さんバージョンでは想像せんとこ、したらあかんわと自分を戒 め、俺は亨 のことを考えることにした。
でも、ほんまにな、そんな話せんといてくれよ。どんだけ動転 してんねん。
それに相手は誰なんや。そこまで聞いたら知りたいわ。無遠慮 な好奇心 かもしれへんけど、知りたいのが人情 やろ。
それでも神楽 さんは相手が誰かは話してへんかった。
そしてそれは、聞くまでもなかった。
なんせ、本人がご登場やったから。
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