134 / 928

13-6 アキヒコ

 ただ違ってたのは、俺ん()がそれを大歓迎(だいかんげい)する巫覡(ふげき)の家柄で、神楽(かぐら)さんちは厳格(げんかく)なカトリックやった。  両親は一般人で、常識にとらわれまくりで頭ガチガチやった。非常識にとらわれすぎてる、うちのおかんやおとん大明神(だいみょうじん)とは真逆(まぎゃく)やわ。  なんで二股(ふたまた)かけへんねん、男でも女でもええから(しき)とやりまくれみたいな、そんな話になるわけないわ。  でもそんな当たり前の一般家庭が、地獄(じごく)みたいなこともある。神楽(かぐら)さんにとってはそうやった。常識外れの自分のことを、ずっと(はじ)やと思うてきたんや。  俺はそんな生い立ちに、ある意味同情を(きん)()ない。顔綺麗(きれい)やからやないで。自分と似てるからやで。  浮気(うわき)やないで。俺は神楽(かぐら)さんにそんな気はない。あったらあかんと思う。それについては後述(こうじゅつ)参照(さんしょう)。 「なぜまだ奇蹟(きせき)が起きるんでしょうか」  俺がそれに答えられると思ってるような目をして、神楽(かぐら)さんは俺に(すが)りつこうかという(いきお)いやった。 「なぜって……それが神楽(かぐら)さんの力やからでしょ?」 「でももう童貞(バージン)やないです」  人間て必死で他のことに気をとられてると、真顔(まがお)で何でも言えるんやな。正気(しょうき)やったら言えへんような事でも全然平気やわ。 「淫行(いんこう)したのになんで奇蹟(きせき)が起きるんやろ。そんなん教義(きょうぎ)に合わへんわ。悪魔(サタン)誘惑(ゆうわく)に打ち勝てれば別ですよ。イエス・キリストですら悪魔(サタン)誘惑(ゆうわく)されることはあったんや。それを乗り越えて神の子になったんです」  えええ、そうなんや。どんな悪魔(サタン)やったんやろ。顔綺麗(きれい)やったんかなあって、俺はそういう男です。信者やないもん。 「でも……僕は……その、乗り越えてません。全然」  そうなんや。全然。全く。百パーセント乗り越えてないんや。  ほな、もう、ええやん。そんな神さん、やめときなはれ。相性(あいしょう)悪いんやないやろか。禁欲(きんよく)できへんのやったら、そんな我慢(がまん)させへん神さんにしといたら、どないですやろ。  うちの神さんなんて、禁欲(きんよく)なんかさせないですよ。むしろ、したら怒られる。アキちゃんつれないなあって、悲しい顔されるもん。  それに、そもそも、そんなことに何か意味あるんですか。  ()めて。()めて、()めまくりみたいな、そういう事なんか。  そうかもしれへんけど、何もそこまでして()めへんでも、力は()いてきますよ。だって、ほら。()き出る(いずみ)井戸(いど)やから。むしろ()めるとヤバいかもやで。 「関係、ないんとちがいますか。俺は全然、童貞(バージン)やないけど、力は普通に使えてるみたいやし。うちのおかんも、おとんも、親類筋(しんるいすじ)蔦子(つたこ)さんも、別にバージンやないけど、巫覡(ふげき)としてやっていくのに、何の問題もなかったみたいですよ?」  だって。言われたことないもん。禁欲(きんよく)しろって。  親が言うような事やないやろけど、うちの親なら言うに決まってる。それがほんまに必要なんやったら平気で言うやろ。  それでも言わへんのやから、関係ないねんて。我慢(がまん)したところで、何の関係もない。  (げき)としての能力には。(けが)れてもうたらアウトなんていう、そんな神聖な力やないねん。何かもっと、アバウトな……。 「そんな馬鹿な……」  神楽(かぐら)さんは、何や、へたり込みそうな顔してた。  そりゃそうやろうなあ。これまでの二十二年か。ずっと信じてきた世界が、目の前で(くず)れ落ちようとしてたんやからなあ。カルチャーショック受けるよなあ。 「本間(ほんま)さん……僕はこれから、どうしたらええんやろ。教会に戻ろうという、勇気はありません。せやけど、このままここに、ずっと居るわけにはいかへん。こんな(ちゅう)ぶらりんのままでは……」  神楽(かぐら)さんは、何事にもきっぱり白黒つけたい人やった。神父として神聖なる教会に(ぞく)するか、それとも悪魔(サタン)(とりこ)として俗界(ぞくかい)に身を置くか、どっちかにせなあかんと思ったらしい。  その中間はない。アバウト禁止。それが神楽(かぐら)さんの世界観。 「いや、あの、神楽(かぐら)さん、一回くらいで、そこまで思い詰めることないんやないですか。神父やめようとか、そういうのは。長い人生、そんなこともありますよ。犬に()まれたんやと思って、気を取り直して、やり直してみはったら……」  俺はにわかな人生相談に(あせ)りまくり、月並(つきな)みなことを言うてみた。 「一回……くらいや、ないです」  神楽(かぐら)さんはもう目が()わってた。わなわな来てた。動転(どうてん)(きわ)まっていたらしい。  一回やない、何回も何回もやって、俺に話した。話してはならんような事もちょっと口走っていた。  俺には朝から拷問(ごうもん)みたいやった。神楽(かぐら)さんの指から血はまだしたした(したた)り落ちてるし、それがめちゃめちゃええ(にお)い。そのうえ美貌(びぼう)真顔(まがお)猥談(わいだん)されて、俺はもう走って逃げたいくらいやった。  水煙(すいえん)(さや)、早う返してくれ、神楽(かぐら)さん。  さっさと戻って、(とおる)にちょっと(たの)もうかと思うんで。  朝やけど、一発やろかって。  我慢(がまん)しろって、あいつは言わへんやろ。そんな冷たい奴やないもん。  神楽(かぐら)さんは、(うし)ろからされるとめちゃめちゃ()かったらしい。ほんまにもう泣きそうなくらい()えんやって。  もうお(しま)いだみたいな話でな、俺も泣きそうやった。  そうか。確かにそういう手もあるな、最近やってへんな、後ろからは。  だって(とおる)の顔見てやりたいんやもん。せやけどたまにはええな、せっかくそんな話なんやから。  とにかく神楽(かぐら)さんバージョンでは想像せんとこ、したらあかんわと自分を(いまし)め、俺は(とおる)のことを考えることにした。  でも、ほんまにな、そんな話せんといてくれよ。どんだけ動転(どうてん)してんねん。  それに相手は誰なんや。そこまで聞いたら知りたいわ。無遠慮(ぶえんりょ)好奇心(こうきしん)かもしれへんけど、知りたいのが人情(にんじょう)やろ。  それでも神楽(かぐら)さんは相手が誰かは話してへんかった。  そしてそれは、聞くまでもなかった。  なんせ、本人がご登場やったから。

ともだちにシェアしよう!