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13-8 アキヒコ

 もしかして、この人は、俺とご同類(どうるい)なんやないかと、ふっとその時実感したわ。  (とおる)外道(げどう)()とされた。それで血を吸う化け物に。  神楽(かぐら)さんの血には、うっとり来るような甘い(にお)いがする。美味(うま)そうやなあって、(よだれ)出そうな、そんな(にお)いやねん。  それに夢中(むちゅう)になりそうやって、中西(なかにし)さんの目は語っていた。  (とおる)のスプリンクラー攻撃にはもう(つか)れた。後はお前に(まか)せたと、そんな気配で、中西(なかにし)さんは熱病サバイバル後の顔やった。 「本間(ほんま)先生は、(とおる)から聞いた話で、俺が不能(ふのう)やと思っておいでなんや。()たへん男やと、そういうふうに聞いてるからな」  それが全然何でもないと、中西(なかにし)さんは平気な顔してぺらぺら話した。  それを聞きつつ、神楽(かぐら)さんはぎょっとしたような驚愕(きょうがく)の顔になっていた。  それでも何も言わへんかった。たぶん言えへんかったんやろ。コメントしづらい話すぎて。 「そうやろか、(よう)。それはほんまの話かな。いっそ、そうやったらいいのになあ。そしたらお前も、泣くような目に()わんで済んだやろ」  くすくす笑って、中西(なかにし)さんは、自分のシャツを(つか)んで立っている神楽(かぐら)さんの手をとって、傷口のある指を(なが)めた。 「怪我(けが)してますよ、神父様。お気の毒やな」  (はた)で聞いてるこっちまで、幻惑(げんわく)されそうな声で言い、中西(なかにし)さんは神楽(かぐら)さんの指を()めた。  (くわ)えて小さく吸ううちに、神楽(かぐら)さんはつらそうな顔をした。  たぶん気持ちよかったんやろ。そんな感じの、必死で(こら)える顔してた。  手の平の、(とげ)の傷まで綺麗(きれい)に食われ、その手を返してもらえる(ころ)にはもう、神楽(かぐら)さんは赤い顔してて、指には傷がなかった。そこに()みてた血ごと全部、外道(げどう)に食われてもうたみたいに。 「皆様、そろそろ朝食(ブレイクファスト)を」  俺を見て、中西(なかにし)さんは(ほが)らかなホテルマンの声で教えた。中庭のほうで、そろそろ(めし)が食えるやろという話を。  晴天(せいてん)の朝やった。空気は暑すぎず、(すず)しすぎず。外で(めし)食うには最高の日和(ひより)やろ。  そんなことしようと、思ったことがない。朝飯(あさめし)は家ん中で食うもんで、外で食うなんてことは、俺は考えたこともない。  朝飯(あさめし)のことを、ブレイクファストと呼ぶこともない。朝飯(あさめし)朝飯(あさめし)でええやん、なんでそんな外国かぶれしたような呼び方せなあかんのか。  しかし(とおる)に言わせれば、それは中西(なかにし)支配人(しはいにん)洒落(しゃれ)みたいなもんらしい。  朝食のことを言うブレイクファストとは、元々断食(だんじき)明けの最初の食事のことを意味するらしい。断食(ファスト)終了(ブレイク)するから、ブレイクファストやねん。  我慢(がまん)の時代はもう終わり。そろそろ好きに生きようかって、そういう意味やったらしい。  藤堂(とうどう)さんは大人やわと感心しきりの(とおる)に、俺がむかっとしたことは言うまでもない。  そやけどその時には、そんなもん知らん。(めし)か、と思っただけの(にぶ)教養(きょうよう)低い俺に、元・藤堂(とうどう)さんがにやりとしたことも、なんのこっちゃと思うだけ。 「(よう)着替(きが)えておいで。血糊(ちのり)べったりで、はしたない。礼拝堂(チャペル)の花なんかもうええよ。もうとっくに早朝(そうちょう)礼拝(れいはい)ていう時間やないやろ。中庭で(めし)食うて、一人で退屈(たいくつ)なんやったら、本間(ほんま)先生に付き合ってもらえばいいよ」  部屋で昼まで寝ててもええし、温水プールで泳いでもええし、何なら海で船遊び(クルーズ)でも。好きなように、遊んでおいでと(ゆる)中西(なかにし)さんは、余裕(よゆう)ありありの、ご主人様みたいな口調やったわ。  俺にはありえへん。好きなように遊ばせたら何するか分からへんもん。(とおる)は。  首に(なわ)つけて家に(つな)いどきたいのが本音(ほんね)やもん。  そんな事、(うそ)でも言う余裕(よゆう)はないわ。  でも中西(なかにし)さんは、ほんまに好きにしてええよという雰囲気(ふんいき)やった。  それに神楽(かぐら)さんは、ちょっと苦しいという顔をした。 「(すぐる)さんは……」  (すぐる)さんやで! 俺ちょっと反応しすぎか!  だってあの(とおる)でさえ、この人のこと、藤堂(とうどう)さんて呼んでたんやで。  俺んとこ来て、名前を聞いて、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)やと俺が名乗ると、(とおる)はちょっと遠慮(えんりょ)がちに、暁彦(あきひこ)か、アキちゃんでええかと聞いた。  変やなあ、おかんみたいやと俺は()ずかしかったけど、別にええよ、お前の好きに呼べばええやんと答え、(とおる)はそれに、何かを満たされたような、(せつ)ない(うれ)しそうな顔をした。  もしかして、あいつの藤堂(とうどう)さんは、好きに呼べとは(ゆる)してくれへん男やったんかもしれへん。  まあ、そら、意味深やからな。こんだけ年の離れた相手に、ファーストネームで呼ばれるというのは、何かあるんやって感じがむんむんするもんな。  でも、もう、ええんや。元・藤堂(とうどう)さん。もう何とでも好きに呼べなんや。  それとも、そういうふうに呼べと、神楽(かぐら)さんに言うたんかもしれへん。だって昨日()うたときには、中西(なかにし)さんて呼んでたもん。  (とおる)があかんかったのは、あいつがスプリンクラー攻撃をするような鬼やったからか。それとも、何か他の理由があったんか。  俺は知らん。詮索(せんさく)もしいひん。知ってもしゃあないんやもん。  でも何となくこの人は、藤堂(とうどう)さんやった(ころ)にも、ほんまは(ゆる)してやりたかったんやないかと、そんな気配(けはい)(にお)ったわ。

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