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三都幻妖夜話(3)神戸編 13-10 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
13-10 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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13-10 アキヒコ
藤堂
(
とうどう
)
さんがもっと、
自制心
(
じせいしん
)
のない男やったら、俺は
亨
(
とおる
)
と出会ってなかった。 そして
神楽
(
かぐら
)
さんは、
中西
(
なかにし
)
さんと出会ってなかった。 みんなそれぞれ、違う道で幸せやったかもしれへん。
亨
(
とおる
)
は
藤堂
(
とうどう
)
さんと、俺は
勝呂
(
すぐろ
)
瑞希
(
みずき
)
と、そこそこ幸せにやってたかもしれへんのやけど、でも、
神楽
(
かぐら
)
さんは違う。 間違いなく今のコースが幸せコース。そんな気がした。 今はまだ、つらそうな
葛藤
(
かっとう
)
した顔で、
動転
(
どうてん
)
しまくってる
神楽
(
かぐら
)
さんやけど、お前は可愛いと
褒
(
ほ
)
められた時、
堪
(
たま
)
らんという顔をした。 この人のためなら、命でもなんでも投げ打つと、そんな感じの
崇拝
(
すうはい
)
する目やで。
神楽
(
かぐら
)
さんは新しい神を見つけたらしい。ただし
悪魔
(
サタン
)
やけど。 うっかりまたもや
悪魔憑
(
あくまつ
)
き。せやけどもう、
悪魔祓い
(
エクソシスト
)
は
要
(
い
)
らんらしい。 「どしたんや、
遥
(
よう
)
。着替えに行っておいで。それともキスしてもらうまで待ってんのか」 意地悪い
訊
(
き
)
き方で、
中西
(
なかにし
)
さんは首を
傾
(
かし
)
げた。 それに
神楽
(
かぐら
)
さんは真っ赤になった。
雷
(
かみなり
)
にでも打たれたみたいにびくっとして。 たぶん待ってたんやろ。無意識に。 してやりゃええのに。なんでしいひんの。 俺ならしないけど。しないけどやな、客観的に見ると、
意地悪
(
いじわる
)
だということは理解できる。
亨
(
とおる
)
にもっと、キスしてやらなあかん。あいつも時々あんな、
切
(
せつ
)
なそうな目で俺を見てる。
神楽
(
かぐら
)
さんは
恥
(
は
)
ずかしすぎてキレたみたいな足取りで、顔を真っ赤にして、持ってたまんまの
薔薇
(
ばら
)
を三本、ほとんど振り回すような
荒
(
あわ
)
っぽさで
掴
(
つか
)
んだまま、ずかずかと
庭園
(
ていえん
)
を出ていった。 俺には一言の
挨拶
(
あいさつ
)
も無しやった。 あのう。もう誰も憶えてないやろけど、
水煙
(
すいえん
)
の
鞘
(
さや
)
は。返してくれへんのかな、
神楽
(
かぐら
)
さん。俺は一応、そのために来たんやで。 でももう
神楽
(
かぐら
)
さんは完全に忘れてるみたいやった。 そんな背を見送りながら、俺は
神楽
(
かぐら
)
さんの背に、何かむらむらした緑色のものがくっついているのを見つけて、我が目を
疑
(
うたが
)
った。 それはどうも、一般人には見えへん種類のもんや。どう見ても
薔薇
(
ばら
)
の木やった。
蔓
(
つる
)
というか、
棘
(
とげ
)
のある
薔薇
(
ばら
)
の木の枝の、もつれて
絡
(
から
)
み合うようなのが、うっすら
透
(
す
)
けてる
幻影
(
げんえい
)
のように、
神楽
(
かぐら
)
さんに取り付いていて、真っ赤な血のような花を
咲
(
さ
)
かせてた。 「なんやろ、あれは。
妙
(
みょう
)
なもん
背負
(
せお
)
っていったな……」
呆
(
あき
)
れて笑う声で、
葉巻
(
はまき
)
を
銜
(
くわ
)
えた
中西
(
なかにし
)
さんが俺に
訊
(
き
)
いた。 「見た感じ……
薔薇
(
ばら
)
やないですか。
背後霊
(
はいごれい
)
みたいなもん?」 俺はおずおず答えた。変な話やと思われるんやろなと
気後
(
きおく
)
れしつつ。 人にはときどき、
霊
(
れい
)
が取り
憑
(
つ
)
いてることがある。悪い
霊
(
れい
)
のときもあるけど、その人を気に入って、守ってやろうと
憑
(
つ
)
いてる
霊
(
れい
)
のこともある。 俺が昔付き
合
(
お
)
うてた彼女の肩に、見えへんカナリア止まってたことがあるし、時には雨雲みたいなもんがくっついてて、そいつが来ると必ず雨降るみたいな雨女もおったわ。 デートは毎回、雨天決行やで。悪さはしいひん。ただ
居
(
お
)
るだけ。 そいつが好きでついてくるんや。追い
祓
(
はら
)
おうと思えば
祓
(
はら
)
えるやろけど、そんな必要はない。満足したら消えてまうやろし、ずっといたとしても、背後に
薔薇
(
ばら
)
が見えるだけやしって、俺は
中西
(
なかにし
)
さんに説明した。 「背後に
薔薇
(
ばら
)
? 花が見えんのか? 少女漫画か」
中西
(
なかにし
)
さんは
葉巻
(
はまき
)
を持った指を、しばらく宙でわなわな震わせてたけども、とうとう
我慢
(
がまん
)
しきれんというノリで、突然爆笑しはじめた。 よっぽど
可笑
(
おか
)
しかったんやろ。想像したら
可笑
(
おか
)
しいわ、確かにな。
神楽
(
かぐら
)
さんはあんな、男か女か分からんような
美貌
(
びぼう
)
やし、それが
金髪
(
きんぱつ
)
碧眼
(
へきがん
)
で、なんとなく暗い
憂
(
うれ
)
い顔して、しかも背景に
薔薇
(
ばら
)
なんやで。
冗談
(
じょうだん
)
としか思えへん。 そんなに笑ってええんかっていうほど、中西さんは軽く身を折って爆笑していた。まさに
悶絶
(
もんぜつ
)
やった。きちんとセットされてた
髪
(
かみ
)
まで乱れた。 そこまで
可笑
(
おか
)
しいか。
可笑
(
おか
)
しいよなあ。俺は笑うの我慢したけど、ほんま言うたら一緒に笑いたかった。でもあまりにも微妙な関係すぎたんや、俺と
中西
(
なかにし
)
さんやとな。 「
祓
(
はら
)
いましょうか。多分誰か
親類
(
しんるい
)
に、やり方知ってる者がいると思うんですけど」 「いや、いいです、いいです。あのままで。面白いから。あれは本人にも見えてんのやろか」 それはどうやろ。
神楽
(
かぐら
)
さん、
水煙
(
すいえん
)
が見えてて
鞘
(
さや
)
まで持てたんやし、
背後霊
(
はいごれい
)
ぐらい、いたら見えるんちゃうか。 今は気がついてないんやろけど、いくら背後や言うたかて、そのうち気がつくと思うけどな。少なくとも、また会った時に中西さんがそれを見て、
吹
(
ふ
)
いてもうたら、すぐ気付くやろ。 「面白い奴や。ほんまに、からかい
甲斐
(
がい
)
がある……」 それが
愛
(
いと
)
しいという目で、
中西
(
なかにし
)
さんは
神楽
(
かぐら
)
さんの消えたほうを見送っていた。 それはまだ、実を言うと、恋に
溺
(
おぼ
)
れた目ではなかったんやけど、ジェットコースターで言うたら、さあ一気に降るぞみたいな一番高い
坂
(
さか
)
を、からから上っていく
途中
(
とちゅう
)
。 いつか一気に
舞
(
ま
)
い降りる。ふわっと一瞬浮くような、心地よくて怖いみたいな、無重量の世界へ。それにこれから敢えて、身を
任
(
まか
)
せてみようかみたいな、そういう予感のする目やったわ。
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椎堂かおる
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