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13-14 アキヒコ
「助けてくれジュニア。蛇 に殺される……!」
あーんして迫 ってくる亨 から、水しぶきを上げて逃げながら、水煙 は俺に助けを求めた。
水ん中やと剣に戻られへんらしい。そやけど這 い出すほどの力が出ないんか、水煙 は蛇 に襲 われる袋 のネズミやった。
俺はさすがに我 に返 った。新しすぎる世界に呆然 と立ちすくんでる場合やないわ。
水煙 の口を開かせようとジタバタやってる亨 を羽交 い絞 めして、俺は止めた。
「もう行こう、中庭で朝飯 やし、朝のうちに食おう。朝飯 は朝食えって、中西 さん言うてたで」
「誰や、中西 さんて」
マジで憶 えてないらしい口調で、亨 はバナナを突き刺 したフォークを握 ったまま、俺ごと籐椅子 に戻った。
背もたれから肘掛 まで全部、明るい色のラタンで編 まれたでっかい椅子 で、ふたりで座ってもまあまあいけた。亨 は俺の膝 の上やったけど。
「藤堂 さんや!」
「話したんか、藤堂 さんと? アホちゃうか、アキちゃん。もうやめといて、喧嘩 なんて」
「してへん、喧嘩 なんて。世間話 しただけや」
それどころか進路 相談 乗ってもろたわ。そんな自分のアホさを確かに感じ、俺は苦い顔やった。
「世間話 て……何話したんや」
亨 はちょっと不安そうな顔をして、俺を振 り返 った。
きっとあるんやろうな、スプリンクラー攻撃に類 する、それかもっと悲惨 な、お前が俺に知られたくない話が。
「なんもない。大した話してへん。お前をよろしくって言われたわ、幸せにしてやってくれって」
その話を聞いて、亨 は胸が騒 いだような顔やった。
それで何でか、亨 は自分でフォークのバナナを食ってた。ちょっとやけ食いみたいやった。
「余計 なお世話 やわ。幸せになれはお前やろ。どっちか言うたら俺より向こうがよっぽどピンチやで。人の幸せ気にしてる場合やないやんか。俺はアキちゃんとこで幸せなんやで?」
バナナ食いながら、ぷんぷん言うてる亨 はすねてるみたいやった。
「幸せそうやったで。そこそこ」
「誰と!!」
亨はどう見ても必死やった。なんでお前、必死なんや。
「誰とって……言うてええんかな。神楽 さんとやで」
「やっぱそうか。どうせそうやと思うたわ。あいつもそうか、結局 顔やねんな。顔さえよけりゃ何でもええんや。なんでそうやねん、俺が惚 れる男はなんでみんな面食 いなんやろ、アキちゃん」
めちゃめちゃ綺麗 な顔で怒って、亨 は俺に真面目 に訊 ねた。
返答 しづらい。なんか、俺と中西 さん、二人分まとめて責 められてるようで。
「それは……分からへんけど。しゃあないんちゃうか。お前ぐらい顔が良ければ、寄 ってくんのも、そういうのばっかりになるんやないか」
「どうせあいつは、顔がなければ俺なんて、どうでもええような、薄情 な男やで。アキちゃんだけや、俺を愛してくれるんは」
そうやろか。俺はあの人も、お前のこと、まあまあ愛してたんやないかと思うけど。
でもそれは、もう終った話にしといてもらわな困 るんや。俺はあの人と喧嘩 したくないし、お前とずっと一緒にいたい。それに神楽 さんかて気の毒やないか。
「俺とあの破戒 神父 、アキちゃんはどっちが美しいと思う」
なんで知ってんの、破戒 したって。
俺は怖 くなって、亨 の質問に苦笑した。
まさかお前の差 し金 なんか。そんな無茶苦茶なことって、あってええもんやろか。でももう、結果オーライかなあ。
「俺にはお前のほうが綺麗 に見えるよ」
それはほんまの話やで。別にお世辞 で言うたわけやない。
神楽 さんも確かに美人やけどな、俺にはいつでも亨 が一番。それが何でかは分からへんけど、たぶん、愛してるからやないか。
「そうやろ。そうやと思うたわ。アキちゃん大好き」
亨 はうっとり満足そうに笑い、フォークを投げ捨て俺にキスしようとした。
そこに、ごほんごほんと水煙 の咳払 いする声がして、亨 は唸 った。いかにも忌々 しそうに。
「邪魔 やなあ……水煙 」
「竜太郎 や、蛇 。竜太郎 の話を忘れるな」
まるでコーチのように、水煙 は亨 にひそひそ教えた。それに亨 は、あ、そうやったみたいな顔をした。
「水族館 行こか、アキちゃん。中一と。俺もう、誘 っといたから」
強引 すぎる話やった。
俺が部屋を出ている間に、亨 は海道 家に電話を一本入れたらしい。
そしたら鳥が出て、今日は蔦子 さんが三ノ宮 に用事で出るので、そのついでに信太 が竜太郎 を北野 まで送れるやろうという話をしたらしい。
竜太郎 当人 が行きたい言うてるらしいし、蔦子 さんも好きにしなはれと許 したらしい。ゆるい親やで。
「行くのはええけど……留守 にしててええんかな、俺」
「平気や、ジュニア。何かあるなら電話一本で呼び戻せるんやから。ずっと詰 めとく必要はない」
水煙 がそう言うんで、そんならええかなと、俺は思った。
八月ももう半 ばやし、竜太郎 の絵は夏休みの宿題やて言うんやから、時間ある時にさっさと終らせてやらんと可哀想 かな、と。
でもなんで、こいつらが、竜太郎 の絵のことを、気にしてたんやろか。
亨 と水煙 は、にこにこしていた。仲 がいいとは言い切れないまでも、悪そうではなかった。
折 に触 れてぶつかってばっかりいたような気がする亨 と水煙 が、にこにこ穏 やかにしててくれるんやったら、俺はそのほうが良かった。
だってこれから、ずっと永遠に一緒にやっていくんやから。ずっと永遠にやで。
それを思うと、勝呂 はいつ戻ってくんのかと、急に気が重くなってきた。
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